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緑茂の戦い

■緑茂の戦い、第1回
 運陽原
 海原砦の東に位置するその平原では今、理穴軍本隊と開拓者の連合軍とアヤカシたちが対峙していた。
 魔の森の力なのか大アヤカシの力なのか、徐々に数と力を増すアヤカシたちに理穴軍は苦戦。そこで開拓者の軍と協力して一旦海原砦まで撤退し、体勢を整えることにしたのだ。
 作戦は至って単純。
 理穴の弓兵隊がまず敵軍に向けて一斉射撃。その後に開拓者軍と本隊でもまだ余力のある部隊が足止めのために突撃。食い止めてる間に本隊は撤退を開始する。
 連合軍の部隊は大きく分けて三つ。中央にてアヤカシ軍に攻撃を仕掛ける反撃隊、包囲されることを防ぐために展開する左翼隊と同じく右翼隊。どの隊が押し負けても撤退が失敗する可能性が高いが、逆に言えば全ての隊がうまく機能すれば被害を最小限に抑えることができる。
 そして今、弓兵隊による一斉射撃が開始されていた。
 空を覆うほどの矢が運陽原上空へと飛来。それらは緩やかな弧を描いた後、重力の力を借りてアヤカシたちの頭上へと一気に降り注ぎ、アヤカシたちの動きが鈍る。同時に開拓者たちも一斉に攻撃を開始する。

●反撃の狼煙。
 戦場中央―――そこは最も混戦する場所。どれほど連携を取る事を念頭においていたとしても、押し寄せる圧倒的なまでの敵の波にそれらがうまく機能しない場合が多い。だが今回ここに集まったのは主に無頼者。
「はーっはっは、どきな雑魚ども! あたしの前に立つんじゃないよ!」
 心底楽しそうな笑みを浮かべながらも、悪来 ユガ(ia1076)はその手に持った長槍を振り回しては敵を粉砕していく。元々開拓者の中でも個性の強い者たちを集めたユガの部隊【悪来党】。その突出した個性のせいか、隊の面子の戦場での華々しさは目を見張るものがある。
「ふふ、こちらも負けてられませんね‥‥行きますよ!」
 そう言って体躯に見合わぬ豪快な斬撃を繰り出すのは那木 照日(ia0623)。普段の姿はとても頼りなく思える照日だが、戦場での照日は別格。その女性的な容姿も相まって、まるで舞っているかのようにも見える程美しく、それでいて豪快だ。
「照日! そろそろ一旦引き上げだよ!」
 鞘から滑り出される刀を横一文字に薙ぎながら声を掛けたのは虚祁 祀(ia0870)。照日とは公私共に信頼しあう仲である祀は、照日率いる部隊【日輪】の一員。そしてここ中央の役割は一撃離脱の繰り返し。
 再度二刀を振り抜いた照日は目の前の敵から一瞬距離を取る。
「わかりました! 他の皆さんにも伝えてあげてください!」
 敵を見据えたまま応える照日に祀は「わかった!」と一声。
 照日は自分より更に敵陣側で闘う井伊 貴政(ia0213)の方へと駆け寄ると、その背で二刀を構える。
「撤退ですよ?」
「えぇ」
 応えた貴政は少し息が荒い。最前線で戦っていればその緊張感は並大抵のものではないだろう。
「皆で‥‥無事に帰りましょう!」
「勿論です!」
 誰しもが掲げた勝利の文字―――だが全員が無事に、生きて帰ってこそ真の勝利。それを胸に照日と貴政は再び敵陣の中へとその身を躍らせた。
「一時撤退の合図が出たでござるよー!」
 叫んだ紅蓮丸(ia5392)は仲間に声が届いたのを確認すると再び地を蹴って別の部隊の傍へと高速で移動する。彼の役割は伝令。それも、前線での部隊間の連絡だ。一瞬での移動を可能とするシノビならではの役割だ。
 勿論その役目はシノビだけではない。
「撤退やぁ〜! ここは一旦引くでぇー!」
「一旦引いてくれ! すぐまた戦闘に入る、今無理をするな!」
 大法螺貝を吹き鳴らし、『後退』と書かれた旗を振りながら駆けていくのは八十神 蔵人(ia1422)。そして大声で叫ぶのは更級 翠(ia1115)。仲間と無事に戻りたい―――その思いはそれぞれの形となって様々に現れる。そして勿論、それは仲間に確実に届いていた。
「お屋形! 一先ず撤退開始らしいですぜ!」
 叫んだのは相馬 玄蕃助(ia0925)。隊の仲間と共に陣形を組みながら敵と対していた玄蕃助は紅蓮丸の声を耳にしてそれを自分の仲間に伝える。
「ふん! 聞こえておるわ。だがそれが伝わりきるまで時間がかかろう! もう少し食い止めるぞ! それとお屋形と呼ぶな、このたわけが!」
 返ってきた不機嫌そうな声は部隊【豺狼山脈】の長、鬼島貫徹(ia0694)である。火に油を注いだような性格の貫徹にとっては、戦略とはいえ撤退するということ自体が気に食わないのだろう。だが仲間に伝令が行き渡るまでの時間を稼ぐという見えない場所での優しさは貫徹ならではかもしれない。
「聞こえたか者ども!」
「りょーかい。それじゃ撤退しながら罠仕掛けていくから援護よろしくねー」
 貫徹の声にひらひらと符を振る俳沢折々(ia0401)は、意識を集中して力を込めた符を地面へと沈ませていく。
「乱戦で 仕掛ける罠は 気休めよ」
「わかっておるわ! いちいち句にせんでよい!」
「ちぇー」
 口を尖らせる折々に貫徹は少し頭痛がしたとか。
 何はともあれ中央で第一撃目を放った開拓者たちは、ある程度の成果を挙げて再び撤退を開始した。

●包囲を阻め。
 アヤカシに包囲されることを防ぐ為に展開した部隊。その左翼側、同じようにこちらを包囲するべく進軍してきたアヤカシと戦闘を開始していた。こちらも中央の動きとあわせて撤退と反撃を繰り返す。
 ここ左翼では予め先行して情報を集めてきた与五郎佐(ia7245)たちの活躍によりある程度アヤカシの情報を得ることができている。とはいえ戦闘しながら収集する情報には限りがあるため、攻撃開始はほぼ同時。状況的に仕方がないのかもしれないが、こちらも乱戦となる。
「ここは通しませんよっ!」
 気合一閃、吼えた紅鶸(ia0006)は迫ってきていたアヤカシを一刀の下に切り伏せる。同時に声を上げて進む開拓者たち。紅鶸が隊長を務める【鵬翼】もまた同時にアヤカシへの攻撃を開始する。
「クカカ、威勢のいいことだ。俺たちも負けるなよ!」
 戦場を前に心躍らせる小野 咬竜(ia0038)も、自身の部隊【神焔衆】の面子と共に戦闘を開始する。
 二部隊により構成される【神焔衆】はそれぞれが互いに動きをフォローし合い、隙のない連携攻撃で迫り来るアヤカシの群れを迎撃していく。
 今回の戦で開拓者たちは思い思いのメンバーで小隊を組んでいるが、小さな隊はより強固な結束を生み出し、その連携の幅を広げる。特に左翼側には小隊が多い。レフィ・サージェス(ia2142)率いる小隊【冥土】もその一つ。
「皆さん、無理は禁物ですよ!」
 叫ぶレフィの声に仲間が応える。既に何度目かの反撃となる攻撃に、ある程度勝手が分かってきたのだろう。それぞれの小隊の連携も回を重ねるごとにスムーズになっていく。勿論それは小隊行動をする者たちばかりではない。個々として動く者たちもまた同じ。
「こっから先は行かせねぇ!」
 吼える慧(ia6088)が意識を集中し印を結ぶと、その周囲に炎が出現。そのまま敵を飲み込んでいく。アヤカシたちはその発生源を潰そうと炎の中の慧目掛けて突進する。が、辿り着いたころには慧の姿は遥か後方に。早駆での一瞬の移動。目標を失ったアヤカシに他の仲間が襲い掛かる。個人行動故の自由さを最大限に活かす―――それもまた一つの戦法である。
「こんなものですかね」
「そうじゃの。そろそろ引き際じゃ」
 何匹目かの敵を切り伏せた紅鶸の呟きに咬竜が同意を示す。レフィもまたその言葉を受けて静かに頷いた。
「では撤退命令を」
 小隊を率いる者たちはそれぞれの隊員に撤退の指示を出すべく、再びその場から散開した。

●情報を集めろ。
 一方、戦闘が激化する場所とは離れたところで、数人の開拓者が集まっていた。
「急場凌ぎとはいえ、意外と考えてはる人はおったんやねぇ」
 細い目を更に細くして微笑んだのは蛇丸(ia2533)。
「そりゃな。何せ相手の大将もどこにいるのかわかんねぇぐらいだ。情報は集めといて損はねぇだろ」
 応えた阿雅丸(ia6535)はぷかりと煙管で一服。
 そう、ここに集まったのは戦闘を目的としたのではなく、偵察とその伝達を目的とした仲間。事前に打ち合わせる時間は非常に短かったため、部隊を組むということはなかったものの、やはり情報収集を考える者の集まる場所というのは同じような場所になる―――つまり、今彼らがいる戦場を見渡せる小高い丘などだ。勿論その中には理穴の本軍の偵察部隊の姿もある。
「さてさて、どれぐらいいるのかね?」
 額に手を当てて眼下を見下ろす阿雅丸は自軍の総数から敵軍の凡その数を割り出す。更にその上で中央・右翼・左翼の数を割り出し状況を確認。
「全体数は六百ってとこか‥‥」
「‥‥撤退しながらやからしゃーないけど、少し押されとるみたいやね」
 阿雅丸の呟きに答えるように蛇丸が続ける。その言葉通り戦況は少しずつアヤカシ軍が海原砦へと侵食していくのが良く見える。その兆候が特に強いのが右翼側であった。
「‥‥少し、バランスが悪いかもしれないですね」
 同じように戦場を見つめていた囁(ia5347)がそれに気付き、近くにいた本軍の偵察部隊に伝達をお願いする。だが何よりも彼らが求めているのは大アヤカシの位置。この段階でわかるならば対処の仕方も大幅に変わってくるというもの。だが―――
「どこにも‥‥見えませんね」
 苦笑する囁。事前に聞いていた大アヤカシ炎羅の姿、炎に包まれた巨大な鬼のようなアヤカシの姿は、ここからでは一向に確認できない。恐らくはまだ確認できる範囲にはいないのだろう。
「‥‥? あれは‥‥?」
 と、囁がとある一点を指差した。
 見るとその方向に他のアヤカシより頭一つ抜きん出た骸骨。
「とりあえずの敵の大将は確認できたみたいやね」
 にやりと笑う蛇丸。これで次の攻撃で有利な作戦を立てれるかもしれない。
「そいじゃ、俺らも戻りますかね」
 阿雅丸の言葉に囁と蛇丸も同意を示す。
 情報を集めるのは容易ではない。まして今回のように纏まった動きがあるわけではない場合は特に。だが、彼らはその中でも十分な功績を残したといえるだろう。

●守り抜け。
 何度目かの撤退と反撃。
 既に海原砦はすぐ後ろまで迫っている。本来ならばここの時点で中央の本隊と挟撃を仕掛けている頃ではあるのだが、想像以上のアヤカシの攻撃にそれができないまま砦の裾野まで到達してしまっている。
「戦況はどうなってる!? 皆無事!?」
 叫んだのは右翼の前線で戦う【広場組】の隊長まひる(ia0282)。その声には若干の焦りが見える。それもそのはず、彼女の身体は既に無数の傷を負っていた。
 数としては互角かそれ以上いるはずではあるが、右翼側には左翼に比べ理穴の本隊軍が多い。左翼側に開拓者たちが集中しているためこのような布陣になったのだが、既に連戦で疲れの見え始めていた理穴軍ではアヤカシの猛攻を防ぎきることができない。勿論他の部隊も攻撃を加えては撤退を繰り返す作戦をとっているのだが、右翼側はその間隔が他と比べて若干早い。それを食い止めるべく【広場組】は最前線でアヤカシを食い止めていた。
「結構厳しいかもしれないネ」
 目の前の鎧アヤカシを蹴り飛ばした梢・飛鈴(ia0034)。呟く顔にも疲労の色が濃く見える。持ち前の素早さを活かして敵の攻撃を掻い潜ってきた飛鈴だったが、己の身体をも省みないアヤカシたちの猛攻に全てをかわしきれなくなってきている。
「はぁはぁ‥‥大丈夫!?」
「大丈夫じゃ! と言いたいところじゃが‥‥もう既に力が残っておらぬのぅ」
 後衛から攻撃を仕掛けていた姉弟の火津(ia5327)と金津(ia5115)の二人。
 出来る限り身の安全を確保してきた二人ではあったが、既に力の大半を使い尽くしていた。
「そっちも厳しいみたいね‥‥」
 言いながら苦笑する孔雫(ia0864)。こちらも孔成(ia0863)と兄妹での参戦で火津たちと同じく後衛で術を使って応戦していたのだが、やはり同様に力を使い果たしつつある。
「‥‥危ないっ!」
 叫んだ孔成の声に振り向いた孔雫を狙って、上空から鬼面鳥が降下。だが孔雫は疲労が強くて動けない。
「ああっ!?」
 悲鳴と共に鮮血が舞う。
 だがそれは孔雫のものではない。
「く、空也さん!?」
「ぐっ‥‥うおぉぉっ!」
 鬼面鳥の爪を身体で受け止めた真田空也(ia0777)は、そのまま力任せに敵を投げ飛ばし、ガクリと膝をつく。慌てて駆け寄る孔雫。回復を、と辺りに視線をめぐらす。だが仲間も既に満身創痍。
「大丈夫か!?」
 まひるを含めた【広場組】のメンバーが空也の周りに集結する。そしてそれを包囲するかのようにアヤカシの波が押し寄せる。後衛と怪我を負った空也を中心に布陣する一行。だが護る前衛陣も立っているのがやっとの状態。早いうちに撤退すれば―――そんな思いもよぎるが、自分たちが撤退すればその時点で理穴軍にも被害が及ぶ。だがこれ以上は危険だ。
「万事休す、か―――」
「まだ諦めるのは早いぞ!」
 誰かが呟いた言葉。それに呼応するかのように大きな声が響き渡る。
 どうやら咆哮がてらに叫んだ言葉のようで、アヤカシたちの群れが一斉に声の方へと振り向いた。
 夕日を背に立っていたのは富士峰 那須鷹(ia0795)。そしてその後ろには見覚えのある多数の開拓者の面々。情報から右翼が押されていると聞いた理穴の儀弐王は、余力のある単騎の開拓者たちを纏め上げ、それらを救援として右翼側へと向かわせたのだ。
「行くぜおらぁぁっ!」
「おぉぉぉぉっ!」
 誰が叫んだのかもわからない気合と共に、アヤカシ目掛けて一気に攻撃を開始する開拓者たち。
「集まったのは皆無頼者じゃあ! ちっとやそっとじゃ収まらんぞぉ!」
 楽しくて仕方がない、そんな表情でアヤカシを両断していく那須鷹に、他の開拓者たちも続く。
 一方ほっと安堵する【広場組】に涼月 紫穂(ia0047)が駆け寄る。
「大丈夫ですか? あなたたちはこのまま後方へ下がってください。砦前に、簡易ではありますが治療できる場所を設置しました。まずはそちらへ!」
 矢継ぎ早に伝えた紫穂は、そのまま空也の傍に膝を付きそっと手をかざす。
 砦の前に
「ここはおいら達に任せな!」
「みんなは早く治療を!」
 言いながら飛び出したのは中原 鯉乃助(ia0420)と小伝良 虎太郎(ia0375)の泰拳士コンビ。二人は軽やかな身のこなしでアヤカシの前に躍り出ると、次々にアヤカシを撃破していく。
「私の力では全快とはいきません、さぁ早く!」
 紫穂の呼びかけに頷く【広場組】の面々は互いに支えあいながら砦へと移動を開始した。

●長い長い一日。
 反撃と撤退を数度繰り返した理穴・開拓者連合軍。布陣は既に海原砦のすぐ手前まで後退している。
 どれほどの時間闘っていたのか、感覚が既に麻痺してしまっているが、戦闘開始時には高かった日が沈みかけていることから、その戦いの長さが窺える。
 開拓者軍が前面に立ってアヤカシを防いだおかげで、理穴本隊への被害は少ない。戦闘開始時から考えても戦力を温存できたと言えるだろう。
 中には軍の後方からこちらを狙ってくる飛行型のアヤカシなども存在したが、佐竹 隣理(ia1285)を始めとする退路確保の班がそれをうまく阻止し、また各伝令班が伝達路の確保を迅速に行ったため、戦場が混乱する事態もそれほどなくここまで来た。
 と、そこで情報収集を行っていた班から一報が寄せられる。
 聞けば、アヤカシが撤退を開始したというのだ。
「アヤカシの被害もそれ相応にあったということか‥‥」
 誰ともなしに呟く、理穴の儀弐王。
 だがそれでも前線の兵士たちの疲労も目に見える程大きく、このまま闘っていればその被害は留まることを知らなかっただろう。痛み分け、そう言えなくもない。
 情報班の働きによって前線で指揮を取る修凱骨の位置は判明している。
 だが肝心の大アヤカシは未だ姿を見せぬままだ。それだけでもこの闘いがまだ始まったばかりだということが窺える。それでも―――
「一先ずは‥‥防ぎきったな」
 表情のわかりにくい儀弐王の口元が、少し緩んだ瞬間であった。

<担当 : 夢鳴 密 >


●二本松の森
 日が昇る前、二本松の森の周囲は不穏な空気こそあれ、音は響いていなかった。
 嵐の前の静けさ‥‥と人は言うのだろうか、そんな森の中、幾人かの開拓者達が敵の動向を探る為、偵察に赴いている。
「まぁ……情報、持ち帰れるだけ持ち帰ってみるかね?」
 小隊『朧』所属の九鬼 羅門(ia1240)が地を駆ける。泰拳士の彼、習い覚えた撃の技以外、敵のただ中に忍び込むものなんぞ覚えてはいないが、代わりに泥で顔を塗り、周囲の草木を撒きつけて擬態を施すと、松幹谷を見渡せる別働隊の側面から、敵の様子を監察する。
「こいつは‥‥結構な数だな」
 山裾に広がる魔の森。そこにちらほらと見えるアヤカシは、主に不死の軍団だ。鬼や骨、亡き者と称される彼らは、二本松に集った開拓者達の倍はいた。これは、早急に知らせたほうが良さそうだ。そう判断した羅門は、がさごそと回れ右をする。まだ攻める気はないのか、追いかけてくる気配はなかった。
「羅門さん、そっちはどうだったですか?」
 同じ様に、偵察へ出向いていたエーリヒ・ハルトマン(ia0053)が合流してくる。中央の橋を経由し、同じく別働隊後方に進んだ彼女は、自前の符で人魂を召還し、魔の森まで飛ばしている。それによると、アヤカシ達はまるで機会を伺うかのように、こちらへ向いている。
「まずい」
 ざくっと森に足音が響く。見つかった‥‥と思ったハルトマンは、斬撃符を取り出す。その刹那、鎧を身につけた骨が向ってきた。アヤカシ軍の中でも一番多い『骨鎧』という種類である。偵察役もいるのだろう。こちらへ向ってきたそいつを、ハルトマンは符を投げつけて牽制する。そのまま、振り返らずに走り出す彼女。
「こっちだ!」
 追いかけて来た骨鎧を隠れていた羅門が蹴り飛ばす。がしゃっと一部が吹き飛ばされたのを見届け、羅門もまた走り出す。その間にハルトマンは松明に火をつけ、味方へと合図していた。
「今度はあちらですね。ただいま参ります〜」
 それを見たシノビの宵闇・炎樹(ia6922)が、たたたっと走り出す。参加している部隊の多い此度の合戦では、伝令もまた重要な役どころだ。
「敵の数を捕捉しました。このような感じです」
「森のすぐ近くにいる。俺らはこのまま警戒を続けるから、こいつを各部隊に伝えてくれ」
 ハルトマンが敵の数を目盛った手帳を持ち、それに助言する形で羅門が告げる。頷いた炎樹が物見櫓に向って走り出した。そこにいけば伝令の人も捕まる事だろう。
「どうやら、あまり時間は残されていないみたい‥‥。橋の仕掛けを急いでくださいな」
「はーい。あ、こびとさんの事は、見て見ぬ不利をしてくださいな」
 その橋で、何やら作業をしているのは、白蛇(ia5337)や風鬼(ia5399)と言ったシノビの工兵達だ。白蛇の提案に従い、彼女達は里にかけられたいくつかの橋に仕掛けを施している。それが何なのかは、周囲の者達には知らされていなかったが、もし戦が始まったら該当する橋には近づくなと通達されていた。そんな橋がいくつもある中、もう半分の橋は既に解体され、後方に運ばれていく。
 準備を進めていると東の空が白み始めた。夜明けが近い。ものの1刻もしないうちに、太陽が昇り始めるだろう。と、そんな中、霧崎 灯華(ia1054によって森の入り口に仕掛けられた鳴子が、けたたましく音を立てた。
「敵襲!」
 警戒にあたっていた青禊(ia7656)が叫ぶ。鳴子を取り付けた灯華本人も警戒の陣へと戻ってきて、弓を取り出す。当たるかどうか分からないが、この方が身軽に動けると思われた。
「ぉぉぉぉぉん‥‥」
 森から現れるアヤカシ。いや、あふれ出ると言ったほうが相応しいだろう。太陽の姿にもまったく動きを衰えさせることなく、進軍を開始している。
「このままじゃ、ここまでくるのに時間はかからないな。迎撃急げ!」
 真亡・雫(ia0432)が、周囲の地形を見て走り出す。何人かの開拓者がそれに続き、里へ近づかせまいと防衛の体制を整えつつあった。だが、完全に押し返すには敵の実力が把握出来ていない。
「隠れても、無駄っ!」
 森の木々で見えないアヤカシを探るべく、先頭の雫が心眼を使っている。見えたアヤカシに駆け寄り、その刀を振るう。それが合図だった。龍守 影久(ia0746)が呼子を吹き慣らし、人を集めている。

 グァァァァォ!

 反面、その呼子を鳴らされたアヤカシ達はここぞとばかりに大きく威嚇の叫び声を上げる。緑茂の軍がその雄叫びに浮き足立った。そもそも、軍とは言え志体の持ち主は2割以下。下っ端の鬼達でも、志体を持たない者にとっては脅威なのだ。おまけに疲弊している彼らの士気は格段に低かった。
「武器を振るえば、いつか光は見えるはず。ここは通しませんよ!」
 そんな士気の低い軍の前に、小隊には属していない天青 晶(ia0657)がすっくと仁王立ちになる。アヤカシ達の猛攻にさらされても、一歩も退く様子を見せない。
「おぉっと、此処は通さないわよ! 怨念よ、形を成して顕現せよ!」
 皆を奮い立たせるように前線に立ったそのやや後方では、川那辺 由愛(ia0068)が呪殺符を用い、全錬力で地縛霊を設置している。周囲には、呼び出された大百足や大蜘蛛の式がお出迎えだ。
「よっしゃ、今のうちに押し返すぞ」
 ずい、と進み出る百舌鳥(ia0429)。すらりと刀を抜くと、その切っ先をアヤカシ達へと向ける。
「ここが通りたいかい? だったらテメェの意地を通してけや! 犬神隊切り込み隊長、百舌鳥‥‥参る!」
 地を駆ける百舌鳥。力ある咆哮が、アヤカシ数体を自身へと振り向かせた所に、錬力を注ぎこんだスキル『強力』がお見舞いされる。乾いた音を立てて骨鎧の一部が砕けた、だが、勢いを削ぐにはまだ遠い。それでも、彼はこう叫ぶ。
「こ、これ以上は…行かせられない、です……!」
 アヤカシの攻撃を盾で受け止める雪ノ下 真沙羅(ia0224)。弾き飛ばされ、体をしたたか打ちつけてしまう。錆びた刀を振り下ろそうとする骨、刀で受け止めた彼女、理想とは言えない体勢のまま、危ういラインでつばぜり合いを繰り広げている。切り込み隊長殿には、鉄甲を身につけた鎧が迫っていて、手が離せない。
「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾……喰らっとき!」
 横から爆ぜるような音が響き、骨が吹き飛ばされた。見れば、一條・小雨(ia0066)が後ろから霊魂砲をぶっ放した所だ。耐性を立て直した真沙羅に駆け寄り、治療符を貼り付ける小雨。
「はいはーい。怪我してる奴ぁいにゃーか!」
「俺は最後で良いって言っただろ!」
 龍牙・流陰(ia0556)を、救護所へ連れて行こうとする茜丸・猫火(ia0714)。応急処置を施しおにぎりと薬を渡す。が、龍牙は引こうとしなかった。
「無理しすぎですよ。冷静に……ね」
 そんな彼の額を、手にした扇でぺしんとはたく橘 琉璃(ia0472)。呻く龍牙。そうこうしている間に、茜丸は次々と怪我人を運んで行った。
「猫の宅急便おまちっ。怪我人連れてきたよっ」
「ほらもう、皆熱くなりすぎです」
 手当てを続ける瑠璃。その中には、龍守や灯華の姿もあった。目立つ行動をした結果、アヤカシ達の注意を引いてしまい、怪我をしてしまったようだ。
「おいおい、敵さん前衛から抜けてきたぞォ。ど、どうする?」
「怪我人は後ろへ! 敵が多いから、回り込まれないように気をつけて!」
 その間を縫うようにして、犬神隊の六道 乖征(ia0271)が毒蟲と砕魂符を手に、灯火隊の箕祭 晄(ia5324)へと連絡している。
「元々遠距離の方が得意だしな。一矢一矢はそのための布石、そして必中させるぜぇ!!」
 内心は臓が波打っている晄。本当は怖くて仕方がないが、絶対勝ちたいと言う思いが彼に弓を引き絞らせている。こうして、協力する事になった二つの部隊はそれぞれ前衛と後衛に分かれて、持っていた武器を振るっていた。
「うふふふ、守ってくれたら、一晩夜を伴にして上げるわ。さぁ鴉で闇に落とし派手に氷室の一撃を与えましょう……」
 元々闇に落ちているアヤカシ達に、そう言いながら朱璃阿(ia0464)が眼突鴉を召還している。嘘かホントか知らないが、怪我人を運んでいた早乙女 龍心(ia7676)は、救護人を運びながら鼻の下を伸ばす。
「これで可愛くない男の援護がなければ、最高なんだけどなぁ」
 背中に当たる胸の感触を意識に焼き付けながら、巫女の手伝いをこなす早乙女さん。その一方で、手当ての終わった千王寺 焔(ia1839)が、黒衣を血に染めながら、二刀を振るっていた。
「もう誰も失わない。俺が護ってみせる」
 その思いが天に通じたかどうかはわからないが、少なくとも疲弊した緑茂軍の代わりになっている事は確かだ。
 気がつけば、開拓者の周囲は、アヤカシ達によって取り囲まれているような状況だった。中には、鴉羽 夜(ia5315)のように、狂気に囚われたかのように、走り回り、普段の様子とはかけ離れた気性の荒い攻撃をしている者もいるが、それでも剣の音は鳴り止まなかった。
「ようし、アヤカシども、森から全員出てきたなァ。打ち破るぜェ!」
 犬神隊を率いる頭目‥‥犬神・彼方(ia0218)が、自分の一家にそう命じている。どう見ても任侠の親分さんだが、彼女に従う者は多かった。
「来な! 今までこの拳で砕いたアヤカシ共と同じ最期をくれてやる!」
 特攻隊長と言わんばかりの勢いで、アヤカシの群に突っ込んで行く酒々井 統真(ia0893)。囲んだ敵の先頭に踊りこみ、片っ端から砕いて行く。乾いた骨が多いせいか、まるで陶器のように砕け散る骨アヤカシ達。
「俺達は戦いを全うする! 辛くても敵に背は向けない! ‥‥いくぞ!」_
 いや、彼らは退く気なぞまったくなかった。見れば、霜先(ia5225)もまた、後ろに菱を撒き、一歩も引かぬ決意を示している。いや、自身だけではなく、疲弊した緑茂にも闘魂を注入していた。気圧されては勝てないと言うわけだ。
「わるいこはめっ! あっちいけ! うにゃうー!」
 その撒菱を投げ、簡易罠設置や自前の武器で暴れているのは江崎・美鈴(ia0838)だ。ケモノの様な暴れ方だが、それでも牽制にはなっているようだ。
「く、やはり数が多いな。追い込まれるのも時間の問題か‥‥。指揮は‥‥あいつか!」
 扇陽(ia6277)がそう言った。敵の編成は雑魚ばかりだと扇陽の予想に反して、大きな亡ヨロイや鉄甲鬼が、それぞれ骨鬼と鬼を従え、それぞれ小さな塊となって、防御の薄そうな所へと襲い掛かっている。
「右に20、左に30。もう少し、引き寄せないと‥‥」
 木の上に上り、慎重に狙いを定めるシャルロット(ia4981)。手に持つ刃に力を込め、アヤカシの一体が通り過ぎた刹那、木から飛び降りていた。
「……一撃必殺」
 飛び降りた足がじくじくと痛い。が、それと引き換えに、足元を通り過ぎた骨鬼が一体崩れ落ちている。そのシャルロットに取って代わるように、張 林香(ia2039)が、集まった敵の只中へ突っ込んで行った。
「皆避けるアル! これでも食らうアル!」
 味方を巻き込まないよう合図してから、張 林香(ia2039)が、焙烙玉に火をつけている。骨を吹っ飛ばしたのがその効果かどうかは定かではないが、いくつかの鬼面鳥が地に落ちた。しかし、まだまだ元気な鬼達は、防御に当たっていた風世花団にと迫る。
「炎精招来…一撃離脱!」
 視界はまだ悪いが、それでも構わずに、勢いで真っ二つにする天河 ふしぎ(ia1037)。気付けば、一般の兵士たちも防衛に徹している。それでも徐々に後退は続いており、団長の鴇ノ宮 風葉(ia0799)が怪我人を回復して回るハメになる。
「しっかりしなさいよね…アタシ達が頑張らないで、誰が頑張るのよ!」
 巫女らしくない言動だが、ふしぎの後について、前の方へと出張っていた。しかし、回復役と言うのは狙われるもの。
「危ないッ」
 骨鎧の錆びた剣が、風葉を狙う。その一撃の前に、身を差し出したのは、鴇ノ宮 楓(ia5576)。
「主どの。此処は一先ず下がるべきではござらぬかー…?」
「わかってるけど、放っておけないでしょ!」
 気の強い風葉は、退く気配はなさそうだ。見れば、黒光りする仮面を付けた剣桜花(ia1851)。背中に『ひんぬー団長上等』の幟を挿した彼女も、自らの怪我を省みず、怪我人の手当てに当たっている。
 戦いは長く続いていた。だが、被害は出るものの、いまだ防壁は破られていないと言ったところだろう。個人で参加している者も多く、仲の良い姉妹や友と共に、防衛に当たっている者もいる。
 ルシオン(ia0475)と2人で救護と援護に当たっていたリコ(ia0484)もそうだし、妹の静雪 蒼(ia0219)と、友人のルオウ(ia2445)らと戦いに赴いている静雪・奏(ia1042)もそうだった。怪我をしてはいたが、大切な人々の為に退く事は出来なかった。
「れっつごやーーー!」
 璃陰(ia5343)が、その体のちっこさを生かして、敵の背後に回りこみ、奏に気が行っている敵を楽しそうに突き刺している。奇襲に出ていたのは、璃陰ばかりではない。夜通し屋を名乗る桐(ia1102)達もそうだった。
「闇夜は自分達の物だとでも? 人を侮るな!」
 そう命じている桐を見て、ぶるりと身を震わせる侭廼(ia3033)。アヤカシよりゃよっぽど桐の方が恐ろしい、と思ってしまう。
「戦の華は命の駆け引きや。散っても散らしても文句はなしや。なぁ? 翔」
「ええ。これ以上の侵攻は許しません、食い止めて見せますよ」
 一家の一人である斉藤晃(ia3071)が、翔(ia3095)と共に狙うは、骨鎧達のボスである亡ヨロイだ。中には、斉藤と同じくらいガタイのでかいやつもいるが、泰拳士とサムライ。力では負けないと、一体づつ狙いに行く。既に日の暮れかけた場所では、翳った森が上手く2人を隠してくれた。
「そろそろ潮時かな。工兵さん達、お願いするよ」
 白蛇が小さな端の近くに居た面々に合図をした。と、その刹那、橋の上に渡された紐にしゅばっと火が走って行く。

 っどぉぉぉん!

 一つ一つは小さな橋だった。だがそれがいっぺんにともなれば盛大な音になる。残るは里に繋がる大きな橋だけ。
「ふむ。百鬼夜行二十余名。義によって戦士となろう」
 牛の仮面をかぶった王禄丸(ia1236)が、その大橋の中央に陣取っていた。後ろには小隊の名の通り、アヤカシに扮したような衣装の開拓者達が控えている。通る道を失ったアヤカシ達が、大橋に向って殺到するのを見計らい、彼はこう命じた。
「件‥‥参る」
 ひとうし、と読むらしい。振り回した槍はその角だろうか。と、そんな彼らを援護するように、那佳晃成(ia5581)が周りにいた弓使い達に援護を頼む。
「せ〜いっぱい〜がんばるの〜」
 百鬼夜行にも、後衛はいる。霊魂砲で攻撃する奏音(ia5213)、自縛霊をあちこちに仕掛ける陰陽師の月夜魅(ia0030)。符が幾枚も消費され、召還された大龍符が乱舞し、呪縛符が足元を掬う中前衛達が突撃する。
「赤は神速を呼ぶ! この戦でそれを皆に印象付けるよ!」
 赤マント(ia3521)が嵩山薫(ia1747)と共に、混乱した戦場を深紅の風となって駆け抜けた。それに気を取られた鉄甲鬼に絳犂(ia1685)が、地断撃をぶち込んでいる。浮き足立つアヤカシ達に衛島 雫(ia1241)が咆哮で戦力の分散を図る。そんな彼らの猛攻に、アヤカシ達の動きが若干鈍ったように思えた。

 うぉぉぉん‥‥

 一番奥に居たアヤカシが吼えるような声を出した。それを聞いたアヤカシ達が、まるで塩が退くように撤収していく。残ったのは、砕かれた骨達ばかり。
 ほっと胸をなでおろす開拓者達。すでに、日は暮れ落ちている。そう、刀を納めた彼らが見た者は、橋のすぐ後ろにきらめく里の明かり。

 うぉぉぉん‥‥。

 そして、二本松の森からは、まだ終わらないとでも言いたげに、未だアヤカシの蠢く鳴き声が聞こえていたのだった‥‥。

<担当 : 姫野里美>


 遠くから剣戟の音と、叫び声が響いて来る気がする。
 それは、紛れもなく戦場であるという証。
 緑茂の里は最前線ではないが、重要な拠点である。現在は各地から送られてきた補給物資の受け取りや仕分けが行われるとともに、次々と運ばれて来る怪我人への治療が行われていた。
「大丈夫か? 悪いが怪我が治ったらもう一度出てもらうぞ」
 蜜流(ia5119)の神風恩寵を受けた兵が、頷く。今は一人でも手が欲しい。酷かもしれないが、傷が治ったら再度戦場へと戻ってもらわねばならない。
「治療者が倒れたら本末転倒。かわるから、休憩してて。はい、次」
 長時間治療を続けていた者を押しのけ、無理矢理休息所へ送り出すのは幸乃(ia0035)。この位しなければ、肝心の治療者が倒れてしまう。近くでは天導水貴(ia0040)や風間・月奈(ia0036)も治療に専念していて、中でも芦屋散人(ia1035)は鬼気迫る勢いで治療を続けていた――誰も死なせまいと。
「急患だ! 道開けなッ!!」
「そこに寝かせてくれ」
 ガルフ・ガルグウォード(ia5417)の運んできた怪我人の程度を、傍に膝をついた流離(ia1058)が見極める。そして治癒符を取りだし、命を繋ぐ。治療に当たっている者の練力は無限ではないので、容態を見極めるのが重要な作業となる。
「気分が落ち込んでは勝てるものも勝てなくなりますー」
 治療の合間を縫って華美羅(ia1119)が怪我人を慰撫すべく舞う。怪我によって下がった士気をこれ以上下げない事も大事だった。彼らは再び戦場へと赴かねばならないのだから。
「さあ、頑張ってください」
 玲璃(ia1114)の神楽舞「防」を受けた兵が頷いて里を出発していく。その背中をずっと眺めている暇は無かった。手はいくらあってもあまるという事はないのだから。


 怪我人が運ばれ、手当てがなされ、炊き出しが行われ、そして治療を受けた兵達が再び戦場へと送り出される。そんな変わらぬ流れの繰り返しが、ずっと続くものと思われていた。


 変化があったのは陽が傾き始め、夕刻も間近という頃。異変を察知したのは、偵察に出ていた数名の者達。
 呼子笛の音が、茜色に染まりつつある空に響いた。【シノビ戦隊】の流星 六三四(ia5521)や深凪 悠里(ia5376)の鳴らした笛だ。
「北部からアヤカシの一団がこちらへ向かっている」
 早駆けで里へ戻ってきた不嶽(ia6170)の言葉に、警戒態勢を敷いていた者達が揺れる。
「まだ敵は遠いです。今ならまだ間に合います」
「行きましょう」
 木の上から北部を眺めていた雷華 愛弓(ia1901)の言葉に、篠田 紅雪(ia0704)が刀を手に取った。里に残っていた開拓者達に次々と伝わる敵襲の報。里の防衛・警戒として残る者達と迫り来るアヤカシを撃退する者達とに別れ、それぞれ武器を手に取る。
「敵さんは鬼と骨鎧が大多数のようだよ」
 偵察に赴いていた輝血(ia5431)の報告。続けて高所で警戒を行っていたからす(ia6525)が口を開いた。
「敵の数は百を超えると思われます。注意してください」
 敵の数が多いからといって躊躇うわけにはいかない。開拓者達は頷きあい、そして駆け出して行った。


 偵察に重きを置いていた事が功を奏した。里に近づかれて防戦一方となる前に討伐に乗り出す事が出来たのだ。
 前面に出た鬼と骨鎧は、一心不乱に里を目指して来る。だが討伐に乗り出した開拓者達は、一匹も里に到達させるまいと攻撃を始めた。
「皆を守るんだから!」
 【向日葵】の天雲 結月(ia1000)は手にした刀を振り下ろし、後衛の仲間達の盾となるべく敵の前に立ち塞がる。晋奈(ia7166)と炎陵(ia7201)は前衛を援護すべく、素早く番えた矢を放つ。
「どうか一人でも多くの人を守れますように」
 祈るような呟きと共に飛来した矢を眉間に受けた鬼が、うめき声を上げて消えていった。すると空いたその場所に即座に別の鬼が入り込んで来る。
「右手が薄いです。援護しますのでその隙に」
 夏葵(ia5394)の指示と矢による牽制を受けて、日野 大和(ia5715)が駆けつけざまに太刀を振りぬく。
「後方に、亡鎧や鉄甲鬼と思われる敵が見えました!」
 偵察に出ていた胡桃 楓(ia5770)が、藍 舞(ia6207)と共に戦線に加わる。
「‥‥だそうです。気をつけてください!」
 それを聞きつけた【玉鋼】のユウキ(ia3298)が叫び、敵をひきつけている琴月・志乃(ia3253)やフェルル=グライフ(ia4572)に神風恩寵を施していく。咆哮を使用して敵をひきつけている志乃やフェルルは後衛を守る壁となりつつも、懸命に攻撃を続ける。
「まだまだ気ィ抜かんといくで!」
「私達がいる限り、里には一歩も近づかせませんよ!」
 安心して攻撃に専念できるのは、後ろを託せる仲間がいるからこそ。彼らに群がる敵を、蒼零(ia3027)や都騎(ia3068)が重ねるように刃を這わせ、追い詰めていく。
「拙者に出来る事を致します!!」
 敵の攻撃を受け流した幻斗(ia3320)が反撃を加え、ネイト・レーゲンドルフ(ia5648)と紅虎(ia3387)がそれぞれ止めを刺した。
 彼らと同行していた【句倶理】の仲間達は玖堂 羽郁(ia0862)が咆哮でひきつけた敵に重い一撃を加え、玖堂 真影(ia0490)が符を持ってしてそれを援護する。
「敵の数は確実に減っていますから、落ち着いて対応していきましょう!」
 【斑鳩】の斑鳩(ia1002)が、前衛を務める者達に神楽舞「防」を付与しながら声を張り上げる。
 前衛で戦っていると、倒しても倒しても数の減らない終わりの無い戦いに見えるかもしれない。それでも敵の数は無尽蔵ではなく、確実に減っているのだ。
「任しときなっ!」
 熊蔵醍醐(ia2422)が長槍を振り回して敵をなぎ払う。敵が体勢を崩したところを狙ったのか、慄罹(ia3634)の矢が頭部を射抜いた。
「こちらが押している、と見ていいのかな?」
「護るべき者の為とあらば、退けぬ時もある」
 森之梟(ia6278)の放った呪縛符で動きを止められた敵に、小鳥遊 郭之丞(ia5560)が巻き打ちで打って出る。
 谷 松之助(ia7271)は敵の攻撃を受け流し、回復を行っている神威ミコト(ia5943)を守る。
「後ろには通しません!」
 拾(ia3527)と炎鷲(ia6468)が後衛を狙おうとした敵の前に立ち塞がって斬撃を加えると、傷を負っていた敵は霧散していった。
「里への侵入は絶対に防ぐのだ‥‥!」
 犬神 狛(ia2995)によって振りぬかれた刀は、彼を狙おうとして武器を振り上げた敵の懐に深く入り込み、癸乃 紫翠(ia1213)に転倒させられた敵にはすかさず黒鳶丸(ia0499)が斬りかかった。
「渡すわけにはいかん」
 そうだ、里を渡すわけにはいかない。なんとかしてここで、敵を食い止める必要があった。それはこの場に立つ皆が強く思っていること。
「甘く見るなよ。黙って座していると思ったら大間違いってな!」
 【斧拳】の樹邑 鴻(ia0483)が飛手を突き出した相手は、前線を埋め尽くしていた鬼や骨鎧ではなく、鎧を纏った鬼、亡鎧であった。
 そう、無尽蔵に見えた敵達は集った開拓者達によって確実に数を減らされ、奥の見通せぬ厚い壁だと思っていたものは、敵陣の奥まで見通せるようになってた。薄くなった鬼と骨鎧の壁の隙間を縫っていけば、中級アヤカシの元へ辿り着けるのだ。
「皆さんの命綱を守るのも、盾の役目! 絶対に守りきってみせます!」
 ガツンッ‥‥向井・智(ia1140)の大斧が鉄甲鬼の胸板に食い込む。振り下ろされた棍棒で受けた傷は、久優(ia5565)が即座に癒した。
「ん? 敵が引いていくようだ」
 様子を覗っていたバロン(ia6062)は、敵の動きが変わったことに気がついた。不利を悟ったのか、後方の中級アヤカシ達が攻めくるのをやめ、引きはじめたのだ。
「おらおらっ! 雑魚はすっこんでろ!」
 風間・総一郎(ia0031)が一匹も逃がすまいと、敵陣に深く斬り込む。それに呼応するようにして、他の開拓者達も勢いづく。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 誰のものかわからない雄叫びが、戦場に響き渡る。もしかしたらそれは、この場にいる全員の声が強き思いと共に絡まりあったものなのかもしれなかった。


 アヤカシ達との戦闘が繰り広げられていた間も、里では警戒と負傷者への手当て、そして炊き出しなどが続けられていた。
「敵は無事に撃退したようですね」
 遠目に里に戻り来る開拓者達を見つけた神去(ia5295)が隣で補給物資の警備を行っていた葉隠・響(ia5800)に声をかけた。
「そうね、これで‥‥」
 意気揚々と里に帰還する開拓者達の明るい声が響く。怪我をした者にはすぐに救護部隊が駆け寄り、治療を施していく。戦場に出た者達は一様に疲れていた。無事に里に戻れた事で多少気持ち的にも安心し、それまで意識していなかった疲れもでる。
 まさに、そんな時だった。
「夜盗だー!」
 狙ったかのように多数の夜盗達が里内に攻め込んできたのだ。まるで戦ってきた開拓者達が疲労を抱えて戻る所を見ていたように、その夜盗達は里へ投入されたのだ。
「‥‥近づけば敵として排除する」
 千見寺 葎(ia5851)が手裏剣を手に警告を発するも、夜盗達は怯みはしない。
「落ち着け、混乱したら敵の思う壺だ!」
 荷物に群がろうとする夜盗を薙刀で払い、阿後輝通(ia2678)が声を張り上げる。
 呼子笛の音が、混乱の中に鳴り響く。笛を吹いたフィオ・ルドヴィー(ia1131)は、迫り来る敵を見て笛を口から放し、大きくなぎ払った。
「こちらに怪我人がいます! 手を貸してください!」
「今参ります!」
 夜盗により受けたのだろう刀傷を押さえる兵士を背中に庇い、潤葉 凛(ia0779)が夜盗と切り結んでいる。その声を受けた木戸崎 林太郎(ia0733)が凛の背後へと滑り込み、慈悲手で兵士を癒し、そして後方へと連れて行く。
「まだまだ若いもんにゃあ負けんぞい」
 久慈 権兵衛(ia1063)の、豪快な太刀筋を受けて夜盗が武器を取り落とした。
「敵は志体を持たない雑兵みたいだよ〜」
「落ち着けば、なんともない敵だ」
 【莢】の椿麒(ia0129)に守山浄心(ia0232)が、アヤカシよりも脆い敵の実力を測り、混乱を鎮めようと声を張る。
「お前ら、ウザいんだよ。さっさと消えな!」
 鷲尾天斗(ia0371)が悪態と共に槍を突き出すと、腹に槍を受けた夜盗は武器を取り落として膝を突いた。追い討ちをかけるようにダイフク・チャン(ia0634)の業物が振り下ろされる。
「皆さん、大丈夫ですか〜? 怪我をした方はこちらへ〜」
 瑞姫(ia0121)が声をかけて誘導をし、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が傷を負った兵士や村人達を奥へと連れて行く。そんな彼らに襲い掛かろうとする夜盗を、木の上からウィステリア(ia5333)が射抜いた。
「敵はこちらが疲れて油断する瞬間を狙ってきたようです」
 警戒に徹していた【払暁之刃】の高遠・竣嶽(ia0295)が、刀で夜盗を打ち据えながら、共に戦う志藤 久遠(ia0597)に告げる。
「そうですね。頭が働く者がついているのでしょう」
 だが槍に貫かれた夜盗はあまりにも脆い。警戒を続けていた開拓者達が落ち着いて対処すれば、撃退するのは容易く思えた。
「狐妖姫が関わっているのかもしれない」
 あくまで推測に過ぎないが、氷海 威(ia1004)の言葉を否定する根拠も見当たらない。
「人を誑かすアヤカシ‥‥狐妖姫自体は見当たらないようだけど」
 ぐるり、里を見渡した時任 一真(ia1316)が呟く。
 夜盗とはいえ所詮肢体を持たぬ雑兵達。最初こそ混乱はあったものの、里に残っていた開拓者達の機敏で的確な対処により、徐々に混乱は鎮まっていった。
「夜盗達の撃退には成功したようだな。被害は?」
 外の様子を見て回り、各所で戦いが落ち着いたことを確認した如月・彰人(ia5555)が、避難場所を守っていた夜鱗(ia4735)に問うた。
「怪我人はいくらか出たみたい。避難場所には極力近づけないようにしたけれど」
「物資がいくらか火をつけられて燃えたくらいかね」
 斗郎(ia6743)の報告どおり、各所で煙が上がっていた。恐らく火をつけられたのだろう。だがどれも早期に消し止められたようで、上がっている煙も鎮火した後の細々としたものが風に揺れているだけだった。
「荒らされた物資を整理しなくてはなりませんね」
 春風霧亥(ia0507)は近くにいた数人を集め、燃え残った物資の整理を始める。焼けて駄目になってしまったものは取り除き、まだ使い物になるものがどれだけあるかを確かめるのも大事な仕事だ。
「さて‥‥痛いのが嫌であれば、この賊の数の理由を聞きたいのですが」
 生け捕られた夜盗を集めた場所で、莠莉(ia6843)は尋問を行っている。情報工作がなされている可能性も考えて、慎重に辺りにも気を配る。
 里に侵入してきた夜盗の数は百に近かったという。これだけの夜盗が纏まって、そして狙ったように里に襲い掛かってきたのはやはり後ろで糸を引く者がいるのかもしれない。
「髪の長い、綺麗な女性に頼まれて‥‥」
 数人に武器を向けられて脅された夜盗が発した言葉には、やはり、と納得する者が多かった。
 人の心を惑わす妖艶な女性――狐妖姫はその姿で確認されている。
 狙い打つような襲撃も、彼女の差し金ならば納得が出来る。ただ、投入されたのが雑兵であった事、そして夜盗へり警戒を緩めなかった開拓者達がいたことで、彼女が思っていたよりは里への打撃は少なかったのではなかろうか。


 念の為に警戒を解かず、開拓者達は物資の整理や怪我人の治療を続け、混乱の痕跡を消そうと試みていた。里が救護所として機能しなくなっては、前線から送られてくる怪我人の治療に当たる事も出来ない。補給物資の把握や経路の安全が確保されていなければ、前線の維持もままならない。戦の花形にはなれぬ地味な仕事であるかもしれないが、この仕事をする者がいなければ戦は出来ないのだ。
 そういえば前線はどうなっているのだろうか――誰もがふとそんな事を思った時、息せき切って里に駆け込んでくる者達がいた。
「伝令ですっ‥‥!」
 足をもつれさせたところを支えられながらも、伝令は声を張り上げる。
「理穴本軍、日没と共にアヤカシは撤退したものの、苦戦を強いられています!」
「こちら、緑茂軍ですっ‥‥! アヤカシを撤退させたものの苦戦を強いられ、里付近まで後退っ‥‥」
 伝令のもたらした情報に、付近にいた者達がざわざわと沸く。やはり楽な戦いとはいかないのか――それは里に運ばれて来る怪我人の数が物語っていたが、改めて聞かされると心が波立つ。
 伝令が息を整えている間にも次々と怪我人が運ばれてくる。救護部隊は休む間もなしに動き回っている。
「このままでは‥‥」
 誰かが呟いた言葉が、ざわめいているはずの里の中に不思議と広がっていく。不吉な考えが誘発される。
「伝令です!」
 だがその雰囲気を払拭したのはもう一つの伝令。今度は何が起こったのだと注目する視線の中で、大声で告げられたそれは。

「北面を中心に、他国からの増援部隊が間もなく到着します!」

 差し伸べられた救いの手、希望の光のようであった。

<担当 : 天音>


●負傷者一覧

<重体者 (5日間能力が極端に低下する。次回作戦はくれぐれも注意のこと)>
龍牙・流陰(ia0556)
天津疾也(ia0019)
梢・飛鈴(ia0034)
星鈴(ia0087)
まひる(ia0282)
真田空也(ia0777)
孔成(ia0863)
孔雫(ia0864)
金津(ia5115)
火津(ia5327)
八散(ia5515)
慧(ia6088)


<重傷者 (生命力などが減少している。回復してから次回作戦に挑むこと)> 雪ノ下 真沙羅(ia0224)
龍守 影久(ia0746)
静雪・奏(ia1042)
霧崎 灯華(ia1054)
衛島 雫(ia1241)
千王寺 焔(ia1839)
剣桜花(ia1851)
シャルロット(ia4981)
鴇ノ宮 楓(ia5576)
早乙女 龍心(ia7676)
北条氏祗(ia0573)
琴月・志乃(ia3253)
フェルル=グライフ(ia4572)
玖堂 羽郁(ia0862)
桂木梢(ia0109)
鈴華(ia2086)
辛島 雫(ia4284)


(監修:クラウドゲームス、音無奏)




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