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ヴァイツァウの乱

●決起

 天儀暦1009年12月末日――

 ジルベリア南部の一角、まつろわぬ民の住み、暮らす土地。
「聞け、虐げられし者達よ!」
 その男は、古ぼけて薄汚れた、白い修道服に身を包んでいた。
 このジルベリアにおいては、ついぞ何十年もお目に掛かった覚えが無い。ジルベリアにおいて教会が帝国の敵として弾圧され、禁教が敷かれてからおよそ百年。白く長い布地の中央に神教会の紋章が記されしその衣装は、所持すら禁じられていた。
 人々がかつて、精霊に宿る神を信じていた時代の遺物だった。
「再起の時は訪れた」
 呟く青年が、今にも崩れそうな古城のバルコニーで、口を開いた。
 冬の寒空に、吐く息が白ずむ。
「諸君らの苦難は、今まさに終わりを告げるのだ」
「何だ‥‥?」
 拳を握り締め、ガラドルフ大帝の苛烈な圧制を声高に非難する彼を前にして、聴衆の一人が不安の色を浮かべた。
 突然村を襲われ、しかし殺されるでもなく奪われるでもなく、彼等は無理矢理、この城まで連れてこられた。そして今、青年の不穏な演説を聞かされている。
「悪逆なる皇帝ガラドルフを、今こそ打ち倒そうではないか!」
 誰もが顔を見合わせ、息をのむ。
 今確かに、この青年は反乱を示唆した。
 青年は、そんな空気を省みぬのか、あるいは気付きもしないのか、力強い調子で言葉を続ける。
 彼の言葉にざわつく人々。
 だが彼には、渦巻く不審の空気を前にして、微塵もたじろく様子が無い。威風堂々とした騎士然たるその態度は、とても一朝一夕に身に付くものとも思えぬ。
 強い風が、辺りを駆け抜けた。
 修道服のフードがはらりと煽られ、その下より端正な顔が現れる。その男――むしろ少年と言うべき年齢の彼は、金髪を揺らし、眼下の"領民"たちを前に大仰に腕を振るい、空を仰いだ。
「我ら帯剣騎士修道会は、この身の犠牲を厭わぬ!」
 風になびく金髪、修道服の中央に輝くその紋章。
「コンラートさま‥‥?」
 聴衆の中よりふいに声が上がる。皆が振り返れば、声の主たる老人は、呆気にとられた表情でわなわなと肩を震わせていた。
「間違いない。コンラート・ヴァイツァウさまだ!」
「ヴァイツァウ? ヴァイツァウ辺境伯家か?」
「‥‥そ、そんな馬鹿な」
 ヴァイツァウ辺境伯の名に顔を見合わせる聴衆達。その名は、十年以上前、既に禁教となって久しい神教会を密かに信仰し続けていたことが露呈し、それによって失脚した貴族家のものだ。当時領主であったアルベルト・ヴァイツァウは領民から慕われており、皇帝からも篤い信任を受けていた。
 だからこそ、皇帝は棄教を迫った。棄教しさえすれば、現当主の隠居をもって処罰に代えると。この皇帝の、異例とも言うべき温情措置に対しても、ヴァイツァウ家はあくまで棄教を拒否したのだ。
 その結果の改易、極刑。
 皇帝は城に立て篭もるヴァイツァウ家一党を攻め、ヴァイツァウ家の一族郎党は、当時6歳であった一人息子、コンラートに至るまで皆殺しにされた筈だった。
「諸君! 共に戦おう! 私、コンラート・ヴァイツァウは天に誓う! 我々は――」
 だが、現にここに居る。
 老人はコンラートを直に見知っていた。見間違おう筈も無い。確かにコンラートだ。死んだ筈のコンラートが、滅んだ筈のヴァイツァウ家を背負い、神教会の修道服をはためかせて蘇った。
 しかし‥‥であればこそ、老人は叫んだ。
「コンラートさま、お止め下さい!」
「‥‥?」
 コンラートは、聴衆より上がった声に眉を寄せ、何事かと眼下を見下ろす。
「僅かこれだけの兵で何ができると言うのです! 勝てる訳が御座いません。隠れ、命を永らえて下さい!」
 老人の言葉に、暫し黙るコンラート。
 だが彼の答えは、微かな笑みだった。
「案ずるな、ご老人。我らには神がついている!」
 掲げられる手。
 城を、微かな地響きが襲った。



 反乱の第一報に、グレフスカス辺境伯の当主グレイスは耳を疑った。
「コンラート・ヴァイツァウ‥‥? アルベルト卿の息子のコンラート殿か?」
 思わず尋ね返したのは、そのくらいに帝国にとってはありえない出来事だったからだ。まさに過去の亡霊が墓場から蘇ってきたようなもの。
「コンラート殿の名を騙る偽物の可能性はないか?」
「反乱軍の元から逃げてきた者達には、前辺境伯の城の侍従や小間使いが混じっていて‥‥口を揃えて、コンラート・ヴァイツァウ‥‥に間違いないと」
「そうか、コンラート殿本人ならば、確か20歳くらいだな」
 ジルベリア帝国南辺境の守りたる辺境伯の地位にありながら、禁教を信仰して滅ぼされた家の者に敬称など必要ない。だというのに主が敬称を忘れぬので、報告している騎士は言葉を選ぶのに多少迷っていたが‥‥皇帝に弓引くと明言している者ゆえ、立場上呼び捨てることにしたようだ。
 普段ならそうした部下の逡巡をすぐに察知するグレイスだが、この日ばかりはそこまで気が回らない。そのくらいに意外な話だったし、厄介な出来事でもある。
「嫌な時期に挙兵してくれたものだ」
 ジルベリアはその大半が寒冷な気候に覆われている。12月に入ったこの時期、空はどんよりと雲って、毎日雪を降らせるのがほとんど。地域により晴れ間が多いこともあるが、そうした場所は身を切るような寒風が吹きすさぶのが当然である。いずれにしても、日を追うごとに寒くなって、積雪は増えていく。
 市井では、大きな街道が通じる街でもなければ、徴税役人が帰った後の冬季には訪れる人もない暮らしが続き、必死に蓄えた食料と燃料を細々と使って春の訪れを待つのが普通だ。
 だが、大きな街ならば人の行き来があり、このような変事の噂は今も人伝に広がっていることだろう。コンラートがいかほどの施政者かは分からないが、気の利いた者がいればそのためだけに各地に人を遣わしているに違いない。
 冬将軍が到来し、ジルベリア軍が動き難いこの時期に挙兵したのも計算ずくに違いない。前辺境伯のアルベルト・ヴァイツァフは領地経営には有能、領民には慈悲深く、領内の尊敬を集めていた。その名声と、非業の死を遂げた父の後を継ぐ息子という立場に、
「重税ばかり課す私への不満が加われば、踊らされる民もいるだろうな」
「伯はアヤカシの脅威と十二分に戦っておられます」
 報告をしていた騎士の弁は追従などではない。前伯爵家の頃には、南方のアヤカシ被害はまだ微々たるものだった。辺境伯であっても、地域の反乱や少数民族の蜂起に対処していればよかったのだ。だがグレフスカス家になってより、アヤカシ討伐のための戦費はかさむ一方で、税は増え、徴兵は頻繁になる。
 それに反発する庶民や、帝国の傘下に入るをよしとしない少数民族、我が身の利益を考えて帝国を裏切る貴族などが、反乱の噂を聞けばコンラートの軍に加わるだろう。流石に貴族達は、しばし自分を高く買う相手を見定める時間を掛けるかもしれないが。
「ヴァイツァウを見たと言う者から、より詳しい証言を集めよ。それと襲撃された地域には直接人をやって被害を確認させろ」
 グレイス指揮下の騎士達は、これらの命に速やかに対応したが、事態は更に素早く進んでいた。
 もはや現存しないと思われていた巨神機の存在が、故意にばら撒かれたのだろう噂に乗ってジルベリア南方を駆け巡り、予想以上の貴族や領民がコンラートの軍に流れたのである。


●不穏
 その行軍がグレイス辺境伯にとって、ただ単なる反乱鎮圧、という意味以上の何かがあったのは確かだ。
『ヴァイツァウ家の――でございますか?』
 最初にカラドルフ大帝からその報を受け取った時の事を思い出す。風信機からの言葉に、カラドルフは常の如く厳しい顔で頷き、グレイスに反乱軍を鎮圧してこよ、と命じた。
 故にグレイスは今、配下を率いて反乱軍鎮圧に向かう途上にある。かつてガラドルフ大帝に翻意ありとされ滅ぼされた一族ヴァイツァウ家、その遺児が率いていると言う反乱軍を。
 コンラート・ヴァイツァウ。彼がどの様にして、戦火に巻かれた城から落ち延び、今日まで生き延びたのかは判らない。当時、彼はまだ幼い子供だったはずだ。
 だが彼は現実として生き延び、決起した。ヴァイツァウ家を再興し、今現在はグレイスが統治する領地を再びヴァイツァウ家のものとする為に。
 それに、思う所がないわけではない。だが反乱は反乱。グレイスは自分にそう言い聞かせ、あくまでガラドルフの命を遂行し、鎮圧すべく作戦を練る。
 ――と。
「ご報告致します。反乱軍にはかの巨神機があるらしいと、民が噂しております」
「巨神機だと‥‥? まさか、あり得ぬ」
 部下の報告に、グレイスは即座に言い切った。巨神機と言えば、オリジナル・アーマーとも呼ばれる古代よりの戦闘兵器。一機が一軍に値すると言われる、巨大な体躯の機械武器だ。
 そもそもは、古代遺跡から発見されたのが始まり。伝承では十二機が存在すると言われており、もし現存するなら確かに脅威となり得るが、それはありえないと言うのがグレイスの判断だった。
 なぜなら、帝国が所有していた巨神機はたったの三機。しかもその全てがかつての大アヤカシとの戦闘で失われてしまっているのだ。それが、たかが一反乱軍の手に渡っている‥‥?
「その様なことは考えられぬ。おおよそ、我が軍の士気の低下を狙った反乱軍の流言であろう。踊らされてはならぬ、それよりも――少しでも早く反乱を鎮圧せねばならぬ」
 不要に反乱が長引けば、苦しむのは民だ。領民からは前領主ヴァイツァウ家の後釜に入り込んで重税をかける領主と嫌われているが、彼とて、本意ではない。真摯に民の事を憂えても居た。ただ、それを許さぬ環境が彼を取り巻いているだけなのだ。


●会戦
 だが。
 その判断が間違っていた事を、戦場に辿り着いたグレイスは我が身を持って思い知らされた。そこに確かな威容と存在感を持って佇んでいた、巨神機の姿によって。
 帝国から巨神機が失われたのは、今から40年も前。前帝自らが親征した大アヤカシとの戦いの最中に、三機揃って破壊されたきりだ。
 しかしそれ故に、巨神機の恐るべき戦闘能力は兵士達の間でも噂や、時には伝説にすらなって語り継がれてきた。それは前線に立つ将兵でも変わらない。すでに、巨神機を直接見た事のある者は少ないのだ――かの大戦の後に生まれたグレイスもその例外ではない。
「まさか、本当に‥‥」
「『オリジナル・アーマー』‥‥ッ! 来る‥‥ッ!?」
 だから、ただ佇むだけだった巨神機が駆動し始め、突撃してくるやいなや怖気を見せた兵士達が隊列を乱し、あっという間に逃亡に転じ始めたのを、一体誰が責められよう?
 こうなると、後は一方的な負け戦だ。一旦崩れた士気を立て直すのは難しい。まして目の前には伝説以上の力を見せ付ける巨神機が居て、その圧倒的な力で味方をいともたやすく蹴散らしているのだ。
 戦場に鉄臭い血の匂いが立ち込める。反乱軍から上がる勝どきの声。自軍の兵士たちが苦悶の呻きを上げ、或いは断末魔の悲鳴を響かせるその光景に、ぐっ、とグレイスはこみ上げてきた苦いものを飲み込んだ。
 強い眼差しで見据えるのは、恐るべき巨神機。
「一矢なりと報いて我らの誇りを示せ‥‥ッ!!」
「は‥‥ッ!!」
 グレイスの、己を奮い立たせるような叫びに呼応した、僅かな手勢が決死の覚悟で巨神機へと向かった。その先頭に立つのはアーマーナイト。巨神機が破壊された後、帝国がガラドルフの指示によって最近ようやく作り上げる事に成功した、巨神機を模したアーマーに乗る騎士達だ。
 性能は遥かに、オリジナルには及ばない。だがそれでもここで引くわけには行かぬと、向かったアーマーナイト達はだが、やはり、巨神機の前にあっという間に撃破され。
 グレイス様、と血にまみれた側近が進言する。
「ここは一旦引くよりございません――巨神機は強大過ぎます」
「く‥‥ッ」
 側近の言葉に、血が滲むほど唇を噛み締めた。だがグレイス自身も巨神機の突撃で、すでに相当の手傷を負っている。これ以上戦場にとどまった所で、戦えないのは見るまでもなく明らかだ。
 逡巡したのは、一瞬。
「全軍、引けぇッ! 退却せよッ!」
「させぬッ!!」
 グレイスの号令に、反乱軍が追撃に掛かる。あちらは圧倒的な勝ち戦の勢いに乗っている。反乱軍はそうやすやすと諦めはせず、グレイス軍の後尾に喰らい付く。彼等が、本城であるリーガ城に辿り着いた頃には、多数の兵が討ち取られていた。


●災害
 討伐軍と反乱軍の戦いは、四度行われたとされている。
 一度は噂だけと思われていたオリジナルアーマーの出現に、徴兵された兵士達が恐慌状態になり討伐軍の戦線が瓦解。リーガ城への撤退を余儀なくされた。
 これで勢いに乗った反乱軍は、オリジナルアーマーの力で二つの城を手に入れる。
 四度目の戦いは、アーマーを使う騎士達を中心に陣を組みなおした討伐軍と、オリジナルアーマーの存在に血気盛んな反乱軍とが雪原で睨み合い、まさに突撃の命令が下されようとした時。
「アヤカシだ! 大軍が!」
 ジルベリアに住むものなら多くが耳にし、少なからぬ人数が目にしたことがあるアヤカシのモラが両軍を襲ったのだ。巨大な蛾が小さな家来を連れていると言われるモラは、人を見付けると血を吸い尽くしてしまう。
 この時、双方の軍からいち早く撤退を開始したのは、コンラートに組する、マチェクの指揮する一団。
「後でうるさく言われない程度に取り繕って、下がれ」
 グレイスはすぐの撤退に難色を示したが、アヤカシが自軍に多く向かっているのを確認すると、アーマーを使う騎士への命をアヤカシへの対処に切り替え、撤退した。
「モラは毒を撒く。倒れた者の回収を怠らせるな」
 アヤカシの進路からやや外れていて、被害は少なかったがゆえに、現地に最後まで留まろうとしたのはコンラートだった。
「この機に乗じることは出来ないのかっ」
 雪原には、干からびた多数の死体が取り残されたという。
 そして翌日。今度は自然の猛威に身動きもままならなかった両軍は、刃を交えることなくそれぞれ後退したが‥‥

 反乱軍にとっては、憎き皇帝の軍勢を押し返した朗報。
 討伐軍にとっては、反乱軍とアヤカシに蹂躙された凶報。
 明暗は、くっきりと分かたれていた。

(執筆 : 龍河流、蓮華・水無月)


●インターミッション(3月1日更新分OP)
 冬季の行軍には、ジルベリアらしく多数のそりが輸送に用いられていた。代わりに軍馬は重装備が困難で、騎龍達もいささか動きが鈍い。
「元気なのはアーマー使いだけか。今回はうまみの少ない出陣だなぁ。せめて酒くらいは存分に飲ませてくれよ」
 輸送隊の隊長には嫌な顔をされているが、兵士達には期待の籠もった視線を向けられているハインリヒ・マイセンは、行軍中の部隊を率いている男だった。グレイス率いる本隊に比べれば規模は小さいが、戦慣れした騎士や兵士を抱えた歴戦の部隊だ。部下の信頼も厚い。
 だがあまりにざっくばらんに過ぎる口調や歴戦の勇士には見え難い外見と、なにより何かにつけて糧食を消費する態度が、本隊派遣の輸送隊長には気に食わないようだ。
「貴方のおっしゃるままに出していては、戦勝祝いの酒がなくなってしまいますよ」
「そうか、それは大変だ。じゃあ、晩飯にちょっと肉を増やしてくれよ」
 気に食わないが、憎めないのは、ハインリヒが『自分の食事はもっと豪華に』などとは言わないからだ。グレイスも過渡の贅沢を好む人ではないが、生まれながらに帝国貴族の家柄では、兵士と同じ糧食を食べる事が逆に許されない。
 だがたたき上げのハインリヒは、皆と同じ食卓で食事をし、時には下世話な話で盛り上がっている。贅沢をする時は、部隊全部で。こう来られると、善処するしかない。部隊全部を敵に回すなんて、とんでもない話だ。
「攻める先に財宝はなさそうだし、羽を伸ばす歓楽街もないときた。せめて食い物くらいはうまくなきゃ、こんな雪の中、やる気がなくなっちまうよな」
 冬の最中に人間同士で戦うなんてありえないと、ハインリヒのこの愚痴にだけは輸送隊長も深く頷いていた。
 討伐隊は予定通りに、だが降りしきる雪の中、正規軍とは思えない速度で進んでいる。


 降り積もる雪を、細く開いた窓から覗いて、スタニスワフ・マチェクは舌打ちした。ちょうど宿舎に戻ってきた部下が、隊長の苛立った様子に肩をすくめた。
「どうだった、あの坊やは」
「駄目っす。討伐隊は辺境伯を指揮官に、皇帝から騎士にアーマー、参謀、兵士と色々送り込まれて、ま、だいたい予想の通りに」
 報告に、宿舎にいた傭兵達から失望の声が上がる。こんな時期に戦争をすると決めたコンラートには契約しているから従っているが、全員が皇帝が春まで様子を見てくれないかと願っていたのだ。
 彼らとコンラートの契約は春までだから、そうしたら大手を振って陣を後に出来たのだが、世の中にうまくいかない。
「じじいはどうしてる?」
 マチェクが尋ねたのは、コンラートの参謀である老人のロンバルールのこと。コンラートは理想主義に過ぎて失策ばかりな上に、その元に集まった貴族達も我欲を優先して協調性に欠ける。
 辛うじてロンバルールが意見を纏め、コンラートに助言をし、本来なら作戦にもならない意見を形だけ整えているが、それでも討伐軍と戦うには無理がある。これまでの小競り合いだって、マチェク達がいなければ負けていただろう。
「妙にやる気満々ですよ。戦うのは俺達だってのに」
 傭兵だが戦績はコンラート軍で最大のマチェク達だが、勝利の為に最善を尽くすが故にコンラートの不興を買い、そのせいで作戦会議に参加できない。故に何人かの部下達があちらこちらで聞きまわって、討伐軍の情報を掴んでいた。
 それらの情報をつき合わせて、マチェクは生き残るためにはどう戦うかを検討していくしかなかった。

(執筆 : 龍河流)



●奇襲(3月3日更新分OP)
 日差しの当たらない城壁の内側にはまだ解けぬ雪がこんもりと残り、触れる風は刺すような冷たさをもたらす。
 リーガ城にて篭城の準備を整えるグレイスの元には、ひっきりなしに近況を伝える伝令がたどり着く。
 物資が足りぬ、アヤカシによる被害が出た、反乱軍の部隊が領内を移動している、脱走兵の処分報告等々、ロクでもない報告ばかりだ。
 唯一マシな報告は、ようやく援軍が領内に入ったという話ぐらいだ。
「数さえ揃えば城で踏ん張れる。‥‥巨神機さえ居なければだがな」
 そういえば、とグレイスは一通の報告書に目を落とす。
 帝国とは別に、援軍を送ってくると言ってきた酔狂な連中が居た事を思い出したのだ。

 体の芯まで冷え込むような風を堪えながら、ハインリヒ・マイセン率いる援軍は行軍を続けている。
 兵士達がそろそろか、と思っていると案の定合図が聞こえ、休憩時間となった。
 常の戦とは比べ物にならぬ悪環境の中を突き進むのだ。兵士達の士気と体力を維持する意味でも適度な休息は必要不可欠であろう。
 といったハインリヒの方針により、兵士達は充分な力を残したまま行軍を続けられているのだ。
 ハインリヒのいかつい顔からはちょっと想像出来ぬ、細やかな配慮である。
 それが功を奏した。
「前方より敵襲! アヤカシ共です!」
 舌打ちしつつ迎撃を命じるハインリヒ。
 兵士達もすぐに対応し、アヤカシを迎え撃つべく剣を槍を構え備える。
 偶発的な遭遇戦にしてはアヤカシの数が多すぎる。ここまで来て上級アヤカシにでも目をつけられたかと自らの不運を呪うハインリヒ。
 迫るアヤカシの群に対し、前三列が弓を構えて引き絞る。
 後はタイミングを合わせたハインリヒの号令を待つばかり。
 しかし、敵との距離を測っていたハインリヒの耳に、更なる凶報がもたらされる。
「こ、後方より敵影! は、反乱軍です!」
 馬鹿な! と思わず口にしてしまい忌々しげにしつつも反乱軍の陣営を確認する。
 およそ200程と踏み潰せぬ数ではないが、アヤカシ達との同時攻撃となれば話は別だ。
「何だこれは!? 連中はアヤカシの動きを読んでいたとでも言うのか!? くそっ! 何だってんだ一体!」
 急ぎ円陣を組ませ、防御に徹するよう指示する。
 指示しながらも、もちろんどう動くべきかを考え続ける。
 何せ位置が悪すぎる。アヤカシと反乱軍に挟まれるなど誰が想像出来ようか。
 全軍で移動し、アヤカシを反乱軍にぶつけてやるかとも考えたが、どう見ても数の少ない向こうの方が機動性はあるだろう。
 そんな悠長な真似をさせてくれるとも思えない。
 二軍の位置もタイミングも、まるで包囲殲滅の待ち伏せを仕掛けていたかのようである。
「こんな馬鹿な話があってたまるか!」
 ハインリヒは怒りに任せ怒鳴り散らしながら戦闘に備えた。

 首尾よく援軍を捉えたスタニスワフ・マチェク率いる反乱軍約300は、マチェクの号令に従い攻撃を開始する。
 前衛を志願兵で固めているのは、兵力の温存を考えての事である。
 まるで天が味方したかのような好機。何と敵軍はアヤカシとの交戦中であったのだ。
 位置もベスト。ここからならばほとんどアヤカシの被害は考えなくても良い。
 しかも指揮官は他のボンクラ共ではなく反乱軍随一のマチェクだ。
 既に布陣の段階で、勝利は八割方決まったようなものである。
 本来ならばこの間を計り、マチェクによる奇襲を提言したロンバルールを褒め称えている所だが、とてもではないがそんな気にはなれない。
 アヤカシの動きを読むなぞ人の身に可能であろうとは思えない。
「一体何者だ、あの老人は?」
 不意に部下より報告が入る。
 今度は一体何だと口にしようとして、マチェクもソレを目にし鋭い視線のままそちらを凝視する。
 更に一軍が山の稜線に沿って姿を現したのだ。
 あの旗は見た事が無い。しかし、知識としては持っている。
「開拓者、ギルド‥‥だと?」

(執筆:和)

◆第一回報告書




●リーガ城(3月21日更新分OP)
 リーガ城に入場する、ハインリヒを先頭とする帝国軍約750。
 続けて、開拓者を中心とする集団約1000。彼等は共に、リーガ城の民衆から歓声を持って迎え入れられた。反帝国の機運が強い南部にあっても、ここリーガ城においては、グレイスの人柄が慕われているのだろう。二階の窓から花束を投げる者も居た。
 そして、城の中央部、帝国軍の指揮官を中心とする一団は、大机に広げられた地図を囲んでいた。
「意見が一致するとは幸いですな」
「‥‥」
 ハインリヒの言葉に、グレイスは苦笑を浮かべて応じた。
 一致した意見とは、即ち、城内に篭って戦うか、場外に打って出るかだ。開拓者の活躍により、反乱軍の目的がこのリーガ城である事は既に明白。
 反乱軍が、如何にオリジナルアーマーを擁しているとは言え、迎え撃つリーガ城には、開拓者1000人を含む約2000人に達する軍が駐留している。この戦い、十分に勝てる――彼等がそう考えるのも無理は無い。
 であればだ。
 グレイスとしては、城内の民に戦火を及ぼしたくは無いし、一方のハインリヒは勝てる戦が好きだ。中に篭る理由は無い。
「宜しい。では、さっそく陣を――」
「伯爵、一大事で御座います!」
 みなの顔が綻び始めた会議の場に、従卒であろう少年が駆け込んだ。
「何事か」
 落ち着いた声で問い掛けるグレイス。少年は廊下を走ってきたのであろう。息で肩を揺らし、慌てた様子でグレイスの元へと駆け寄り、告げる。
「クラフカウ城より伝令。かの城より出した偵察兵が、大ケルニクス山脈より移動する一群を発見したと」
「チッ、あいつらもしつけーな」
 その報告に、ハインリヒは舌打ちでもって応じた。
「騎士卿! それだけではないのです!」
「ン?」
「そのアヤカシの一群に‥‥ヴォ、ヴォルケイドラゴンの姿があったと‥‥!」
「バカな! 何かの間違いではないのか!?」
 指揮官の一人が、思わず椅子を蹴って駆け寄った。
「ほ、本当ですよう‥‥」
 詰め寄られた少年の目尻に涙が浮かぶ。
 顔を見合わせる指揮官達。ヴォルケイドラゴンと言えば、己が住処から動く事を嫌うアヤカシでは無かったか。それが何故、今、このようなタイミングで‥‥誰もが、クラフカウ城を見捨てるべき、と進言しかかって、それでも、言い出せないで居た。
「グレイス伯はおられるか」
 その静寂を打ち破ったのは、少年の声だった。
 ただ、先ほどの従卒ではない。
 開け放たれたままだった出入り口に立っていたのは、防寒着に身を包んだままの天元征四郎だ。
「何だこのガキは。おい、誰かつまみ出せ」
 ぶっきらぼうな物言いに顔をしかめたハインリヒが、隣の副官に命じる。
 だがグレイスは、天元の眼に何らかの意図を感じたのであろう、ハインリヒを宥めて、天元に発言を促す。ではと頷いて、彼は口を開いた。


●反乱軍
「なんだと!?」
 陣幕の中に響き渡る声に、マチェクは黙って答えなかった。
 声を荒げているのは、コンラート・ヴァイツァウ。今は無きヴァイツァウ家の忘れ形見であり、この乱の総大将たる騎士だ。
 彼は立ち上がり、拳を震わせながら言葉を続ける。
「では貴様は、味方を見捨てて退却したというのか!」
「‥‥」
 マチェクは、答えなかった。
 いい加減うんざりしていた事もあるが、話したところで、理解が得られようとも考えていなかったからだ。
「答えろ!」
 それでも、コンラートが回答を求めるというのであれば、答えざるを得まい。
「その通りです。全軍に退却を命じましたが彼等はこれを無視し、已む無く救出は断念致しました」
「‥‥この卑怯者め!」
 しんと、陣幕が静まり返る。
「なおも剣を取って戦おうとする仲間を見捨てるとは、それでも騎士かっ」
「お言葉ですが、ヴァイツァウ殿」
 静かに口を開くマチェク。
「あの状況下で彼等を救おうとすれば、我々は甚大な被害を覚悟せねばなりませんでした。指揮に従わず、退却を拒否する者達を救出する為にです」
「何と情けない」
 マチェクの言葉を遮るようにして、若い総大将は首を振った。
「その彼等の決死の覚悟こそ、我々の宝なのではないか。これを救わずしてどうすうる。彼等を救わんと全軍に突入を命じれば、その決意は全軍に伝わるであろう。さすれば、堕落した帝国軍など我らの敵ではなかった筈だ」
「ヴァイツァウ殿、宜しいですか。奇襲による混乱が収まった以上、既に勝機はありませんでした。であれば――」
「黙れ! 言い訳とは見苦しい」
 コンラートが、腰より剣を抜き放った。
 居並ぶ貴族や将達の間より、どよめきが沸き起こる。
「勝機が無いだと? 貴様は騎士の身でありながら命を落す事を恐れるのか! 敵に背を向けるくらいであれば、戦場にて果てるべきであろう!?」
(何を馬鹿な!)
 喉まででかかった言葉を、ぐっと堪えるマチェク。
(兵士は貴様の玩具じゃないんだよ!)
 言葉は、心の中に浮かんだだけでは、決して届かない。
「もう良い、貴様など――!」
「コンラート様‥‥」
 マチェクを責めるコンラートの言葉を遮ったのは、陣幕の外より訪れた老人だった。
 声の主へと、皆が視線を向ける。ただ一人、マチェクを除いて。
「ロンバルールか。如何した」
「マチェク殿とて言い分が御座いましょう。それに、ひとつ、良い報せが御座いましてな‥‥お知らせに上がった次第」
「‥‥」
 その言葉に、老人とマチェクを交互に見やるコンラートは、憤慨抑え切れぬといった様子で、しかしゆっくりと剣を腰に収め、マチェクをにらみ付けた。
「‥‥次の戦いでは、貴様は戦場に出さぬ。もう良い。下がれ!」
「ハッ、失礼致します」
 スッと膝を立て、背を向けて歩き始める。
 陣幕の外へと向かう途中、ロンバルールとすれ違う。ただ彼は、この賢者と眼を合わせる事はしなかった。対する老人も特に気にする風でもなく、陣幕を去るマチェクをちらりと見やった。
 雪積もる陣の中を、彼は一人歩いていて遠ざかっていく。
 それを見送ってから、老人はゆっくりとコンラートの前へ進み出た。


●戦いへ
 空は、澄み渡っていた。
 雲ひとつ無く晴れ渡り、それでも雪は融けない。
 クラフカウ城へ向かった者達は、大丈夫であろうかと、ふと、考えを馳せる。
「伯爵さま、反乱軍が」
 従卒の言葉に、その逡巡を追い払った。今は、この戦いに勝たねばならぬ。そうでなければ、彼等の想いも無駄にする。
 ヴォルケイドラゴン襲来の報は、帝国軍に少なくない動揺を与えた。そして、天元征四郎の進言により、開拓者の一部がクラフカウ城の救援へと振り向けられる事となったのである。
 龍を持つ開拓者は、志願者を中心にヴォルケイドラゴンとの戦いに赴いた。
 おそらく、討ち果たす事は難しいだろう。だが、手をこまねいて見ている訳にはいかぬ。
「問題は反乱軍と巨神機だな‥‥」
 グレイスは小さく溜息を吐く。
「来やがったな。反乱軍どもめ、雁首揃えてよくもまぁ」
 吐き捨てるように呟くハインリヒが、炎龍に跨った。
「あとは作戦通りだ。開拓者風情が、失敗したら承知しねえからな」
 親衛部隊共々、軍正面へと移動を開始するハインリヒ。
 同時に、開拓者達もまた行動を開始する。
「‥‥来たぞ」
 そう呟いたのは誰だったか。
 反乱軍の中に、一際目立つアーマーが姿を現した。

――巨神機である。


◆第二回報告書




●3月20日更新分OP  コンラートと巨神機は、帝国軍の陣をズタズタに引き裂いた。その強力な戦闘力を前に帝国軍と開拓者は押しに押され、しかし、反乱軍の本陣が崩れた事で戦場の大勢は決した。
「エヴノが死んだのか‥‥」
 メーメル城へ向かうその途上、コンラートは苦々しそうな表情を浮かべた。
 後詰に入った後方部隊によって辛うじて脱出した反乱軍は、往路の勢いはどこへやら、兵数は出撃時の半分以下にまで減じ、多数の攻城兵器を奪われ、背後に帝国軍の圧力を受けながらメーメル城へ退却するしかなかったのだ。
「‥‥戦死か?」
「噂によれば、エヴノ殿は捕縛された後、乱戦の中で何者かによって殺されたと」
 帝国軍の手によって処刑されたのではないのか、そう問い掛けるコンラートに対して、マチェクは首を振った。
「下手人は不明です」
「‥‥解った。下がれ」
「ハ。失礼します」
 マチェクは小さく頭を下げ、自分の隊へと戻っていく。
 そんな彼の隣へと、部下の傭兵が駆け寄ってきた。
「隊長、もう限界だ。騎士道精神だか何だか知らないが、あんなヤツに道連れにされるのはゴメンだ。陣を払おう」
 歩くマチェクの隣で、傭兵の一人がまくし立てる。
 が、聞こえているにも関わらず、マチェクは何ら答えない。
「‥‥」
「隊長!」
 我慢できなくなって、つい声を荒げた。
 その途端、ぐいと引き寄せられる。マチェクが傭兵の肩を抱いて顔を寄せていた。
「大声でやるな、バカ」
「すいません‥‥」
「それに。契約はまだ残ってる。契約中に逃げ出すようじゃ、傭兵として三流だな」
「まさか、奴らと一緒に死のうってんですか?」
「解ってる。面白くないよな、それも」
「だったら――」
 反論しかけた傭兵の機先を制し、マチェクは言葉を続ける。
「一流の傭兵って、どんなのか知ってるか?」
「え? さぁ‥‥?」
「契約期限まで生き残った傭兵だよ」
 軽く笑顔を見せて、マチェクは、ぽかんとする彼の背をばんと叩いた。


●合流、移動
「おぉ〜! レナ様、これはこれは、ようこそおいで下さいました!」
 居並ぶ兵士を蹴飛ばし、ハインリヒが駆け出した。
「また始まったよ、大将のゴマすりが」
「しっ、どやされるぞ」
 陣幕へと歩いて行くハインリヒの背を眺め、兵士達は呆れたように溜息を付いた。
 兵士達がじろっとハインリヒを睨むが、彼は何ら気にする風でもなく、へこへこと低姿勢でレナに接し、食事があるからと背を押す。
 野戦で反乱軍を破った帝国軍は勢いに乗っていた。道中、集落や村を降伏させつつ反乱軍を追う彼等は、本国からの援軍であるレナらと一時合流した。戦力は150に至る騎兵隊と輜重車だ。
 空を飛べぬ龍――草龍を中心とする騎兵隊は、作戦を打ち合わせた後、再び別れる。
 東へと大きく迂回し、メーメル城の背後を牽制する為だ。
 その為に補給用の輜重車も引き連れてきている。
 上手くメーメル城の退路を断てれば、コンラートやロンバルールを捕える事も出来るかもしれないのだ。
「騎兵隊、前進」
 結局レナは、食事に手も付けず、手短に作戦を打ち合わせると、騎兵隊を引き連れて一路メーメル城へと向かった。
「‥‥何だよ。俺のもてなしは無駄かよ。くそっ」
 レナを送り出し、一人むくれた顔で腕を組むハインリヒ。
「あのおべっかは一生直らねんだろうなぁ」
「だなぁ‥‥」
 ヒソヒソと声を交わす兵士達。
「何か言ったか!?」
 ハインリヒが振り返り、大口を開けて怒鳴る。兵士達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


●遭遇戦
 レナ率いる別働隊がその報に接したのは、夕方だった。
「何、敵影とな?」
 レナの隣に控えていた、初老の騎士が首を傾げた。
「はい。炊事の煙も上がっており、かなりの軍勢になります」
「‥‥数は?」
「目測で御座いますが‥‥少なくとも800」
「馬鹿な」
 思わず、うめく。
 偵察兵によれば、敵軍は柵や戸板を並べて野戦陣地を構築し、彼等の進軍ルート上に待ち構えていたと言う。
 馬防柵には約100丁のマスケット銃が並び、炊事の煙が上がり、多数の兵が行き交っていたという。偵察兵が、経験から推察した限り、少なくとも800人。
 多少の妨害は彼等とて予想していたが、しかしこれは、とにかく数が多い。
 彼等騎兵隊は200、うち50は戦闘能力の無い輜重で、実質は150。それに開拓者を加えれば全戦力だ。相手はあれだけの痛手を被った筈なのに、800以上とは‥‥どこにそれだけの戦力が残っていたというのか。
「‥‥仕方ない。一戦を交えるしかないな」
 溜息混じりに呟くレナ。
 彼等は急いでの行軍を中止すると、直ちに戦闘準備に取り掛かった。


 マチェクは樽の上に乗って一段高い位置にあがると、およそ三百人はいようかという兵達を前に、腕を組んだ。
「よし、集まったな」
 居並ぶ傭兵部隊を前に、頷き、樽から飛び降りる。
「敵さんが戦闘準備を整えてこっちに向かっている。さっそく準備に取り掛かってくれ」
「‥‥あのう、本当にこんな事をしてて良いのですか?」
 兵士たちの中から、立派な鎧を纏った老人が進み出る。
 身成こそ、まるで貴族か将軍のようであるが、おどおどとしたその様子は、どこにでも居る年老いた農民以外の何者でもない。よく見れば、他の兵士達も、昨日今日始めて武器を握ったかのような様子で、不安そうな表情を浮かべている。
「あぁ、大丈夫だ。あんた等は言った通りに動いてくれれば良い」
 けれどもと、互いに顔を見合わせる兵士達。
 マチェクは天幕から引っ張り出された布の山を指差すと、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「細かい作戦は、俺の部下達が改めて説明する」
「けども‥‥」
「ここで討ち死にさせる気は無いさ。大丈夫だ。安心しろ、俺だってまだ若い。そう簡単に死にたくないからな」
 そこまで言い切られて、彼等の顔にもやっと笑顔が浮かんだ。


●攻城戦
 ちらちらと降り積もる雪。空には薄暗い雲が立ち込めていた。
「うーむ‥‥」
 眼前に聳え立つメーメル城。
 それとは別に、ハインリヒの目に映るのはメーメル城の城下町だ。
(面倒くせえが、仕方ねえか)
 退避勧告は出した。今から六時間前だ。が、住民の殆どはまだ街に残っている。おおよそ1000人程になる。グレイスの要請で出した退避勧告だが、ハインリヒだって、何も無意味に殺して廻りたい訳ではない。
 だが、逃げないのではどうしようもない、というのが彼なりの妥協点だ。
 相手にはあの巨神機もある。手加減してどうにかなると言う程楽な相手とは思っていないのだ。


 メーメル城の大広間は、重苦しい空気に包まれていた。
「‥‥どうしたのだ?」
 首を傾げ、貴族達を見回すコンラート。
 彼は、エヴノが討たれたと正直に語った。伝えられた内容をほぼそのまま、乱戦の中、何者かによって殺されたと。そうして、思いつきのように一言を付け加えたのだ。
 その結果が、この空気の重さだった。
 彼等は味方が討たれた事で意気消沈しているではない。コンラートが付け加えた一言に凍りついたのだ。

 あの話が確かだとすると、味方による暗殺かもしれないな――

 彼は、ただ疑問に感じただけだ。
 処刑もしないで死んだのであれば、その可能性もあるだろう、もし本当に裏切り者が居たとなれば嘆かわしい事だと、そう感じただけだった。が、その一言は、貴族達にとって想像以上に強く響いた。元々、帝国を裏切って反乱に加担した貴族達だ。
 帝国に対する強い反感を抱いている者もいるが、それと同じくらいに、打算的に離反したものが居るのである。
「‥‥て、帝国の手によって殺されてしまったのでしょう」
 誰かが、耐えられなくなって言葉を上げる。
 貴族達は、そうだそうだと口々に賛成する。だが、本心からそう思っている訳ではない。そんな訳が無い。

「おぉ、コンラート様!」
 大広間から出たコンラートを、兵士達が取り囲んだ。
「我々は負けるのですか?」
「神は我々を見放したもうたのでしょうか?」
 遠巻きにおそるおそると、それでも、口々に不安を投げ掛ける兵士達。そんな彼等に、コンラートはちらりと不満げな表情を浮かべた。
 出陣前と、明らかに眼が違う。
 絶対の信頼を寄せていたその眼に、戸惑いの色が浮かんでいる。
「‥‥大丈夫だ! 我々には巨神機がある。負ける筈が無い」
 それでも、コンラートはそう言うしかなかった。
「私は、暴虐な皇帝の打破を神に誓ったのだ。正義は我らにある!」
「‥‥」
「恐れるな。神は常に見ておられる」
 一方的に、頑なに言い切って、背を向けるコンラート。
 貴族達も彼の後ろに続いて大広間を出、それぞれの持ち場へと戻っていく。
 コンラートは、何を恐れるなと言ったのか。敵か。それとも死をか。

●コンラート・自室
「ついておらんようじゃな‥‥コンラート」
 嵐の前の静けさとでも形容すべきか、物音ひとつ聞こえぬコンラートの部屋に低い‥‥空気すらもつぶしてしまいそうなほどの重い声が響く。
 鍵をかけたはずの部屋に聞こえた声に、はっと我にかえり、かかえていた頭の上の手を解放するコンラート。
「ロンバルール殿。‥‥ついていないとはどういうことだ? ヴォルケイドラゴンが倒されたことか?」
 声を取り繕い、ガチガチと鳴る歯をかみしめるコンラート。
 遠目から見ても動揺を隠し切れない彼の様子に、老人は僅かに口元を緩めながら首を横に振る。
「違う。詰めにはガラドルフが来るかと思えば、レナなどという小物しか来なかったことだ。大物をこの戦で亡き者とし、我らの完全なる勝利を手に入れようとしたが‥‥なかなかうまくいかないものじゃな」
「!?」
 老人の声に身を乗り出すコンラート。敗戦を覚悟していた最中に見えた光は、いかなる小さなものであろうと飛びついてしまう。
「今はケニヒスといったか‥‥あの巨神機において、混乱した本陣を突き、レナを倒すのだ。精神的支柱を失えば、帝国軍など一刻ともたずに崩壊する。‥‥巨神機と一体になるのだコンラート。真の騎士たるものは、自らの命で道を残す。‥‥天も我らに味方しておる。耳を澄ますのだ」
 僅かに開いた空気穴を老人が指差すとコンラートは吸い込まれるようにその場所へ耳をつける。
 風と共にかすかに聞こえたのは‥‥暗闇の中でも金に光るアヤカシのいななき声であった。

「そんな‥‥ことが」
 空気穴から光を追い、その数と位置を確認して目を見開くコンラート。こんな短期間にアヤカシが、珍しい竜種が、都合よく敵軍の背後から現われることなど有り得るはずがない。あるいは‥‥
「城はこのロンバルールが命にかえても守り抜こう。そしてケヒニスが勝利を掴むまでの道は天によってつくられる。‥‥さあ、勝利は目前じゃ。掴み取るのだ。コンラートよ‥‥」
 コンラートに生まれた僅かな感情は、すべてを見透かしたような老人の声によって、夜の帳のなかへと消えていった。

(執筆 : 御神楽 みそか)


◆第三回報告書




●戦後処理(3月29日追加)
 彼がその報を受け取ったのは、戦場の陣幕においてだった。
 陣幕の中は焦げ臭く、大地には炭化したアヤカシから瘴気と煤煙の綯い交ぜになった黒い霧が立ち上る。兵士たちは白い息を吐きながら、赤い頬をマフラーの中にうずめて、陣幕の外に在って燃え盛る炎を注意深く監視している。
 彼等帝国軍は、森の中に巣食っていたアヤカシを尽く討ち果たし、周囲一帯に拡がりつつあった魔の森を焼き払ったのだ。
「‥‥」
 彼、ジルベリア皇帝アレクサンドル・ガラドルフは、戦装束を解きもせずに眼を瞑って床机に腰掛けていた。
 何回、何十回と焼き払った。
 焼いて、焼いて、焼き続けて、これで何度目かも解らない。
 長年に渡って莫大な戦費を投入し、磨り潰すように兵士を損耗し、優れた勇士をあたら失って、それでもなお魔の森の拡大を留める事が出来ぬ。ガラドルフは、軍事的には決して無能な男ではない。有能と言って良い。だがそれでも、五十余年を生きてきて、大アヤカシを討ち果たしたこと一度たりとて無い。
 最も良い戦果で、撃退に成功した程度である。
「開拓者か‥‥」
「陛下」
 彼の呟きを遮るようにして、兵士が駆け込んだ。
「何事か」
「ジノヴィ・ヤシン殿がお越しで御座います」
「通せ」
 ガラドルフの言葉と共に、ジルベリアのギルドマスター、ジノヴィが姿を現した。彼はゆっくりとした足取りで歩を進めると、静かに口を開いた。
「ジルベリア南部での戦いは、勝利に終わりました」
 報告と共に、将軍達が顔を明るくする。
「おぉ、やったか!」
「流石ですな」
 口々に戦勝を祝う将軍達の中にあって一人、皇帝は、その表情を綻ばせたりはしなかった。
「‥‥ふむ。して、戦勝報告の為だけにここへ訪れたのではあるまい?」
「はい」
 ガラドルフに促され、言葉を続けるジノヴィ。
「今回の乱、これに加わった民に対しては罪を問わず、また、各地方貴族に対しても、どうか寛大なご処置を賜りたく存じます」
「ほう?」
「撫で切りにしたところで、民が従う訳は御座いません」
 道理だ。
 人間が存在しなければ問題は存在しないが――そういう訳にはいかない。
 そして、しかし、何ら処罰が無いのでも権威が保たれない。
 国に叛いて以前より生活が良くなるのであれば、幾度でも叛く。それが民であり、人だ。
「‥‥処罰は増税によって行います。ただし、民には税を課しません。貴族に対して課すが上策と思われます」
「貴様どもに代価を支払わせようというのだな」
 皇帝が眼を開き、ジノヴィをじろりと見やる。
 ガラドルフには真意を察している様が見て取れ、対するジノヴィは普段通り落ち着き払った様子でいる。が、その心は決して穏やかではなかった。
(我ながら嫌な進言だ‥‥)
 解っている。
 貴族に税を課せば、彼等は税を払う為、自らの領民に税を課す。
 民は増税を恨むであろうが、しかし、直接的に恨みの矛先を向けられるのは、帝国ではない。現地で直接に税を取り立てる、降伏した領主達である。
 彼等は一度叛きながら降った身である。以前以上の忠勤を見せなければ城門に首を並べる事になりかねぬから、必死になって税を取り立てる――結果、一部の貴族は、反乱に加わっておきながら旗色が悪くなると降伏した風見鶏であり、挙句、共に戦った領民達に新たな税を課す『裏切り者』として映る。
 頷くガラドルフ。
「無能な風見鶏にも使いがてらはある、か。良いだろう」
 おそらく、税の取立ては苛酷なものとなろう。
 帝国からは、領民を労わって重税など課さぬよう求める通達が度々出される。
 それでも徴税を続ければ領民の恨みを買い、税を廃止すれば貴族自身が疲弊する。生き延びたければ軍功によって名誉を回復して税を撤回させるか、殖産によって課税以外の収入を開発するしかない。でなければ、いずれ一揆が起こるか破産するかして、帝国によって処断される。
 民から収奪する事しか出来ぬような貴族は、破滅への道をひた走らされる。
(まったくもって嫌な進言だ‥‥)
 ジノヴィは再度、心の中に呟いた。
 それでも、最善ではないだろうがひとつの妥協点だ。
 魔の森は着実に拡がりつつあり、国を纏められなければアヤカシに呑まれる。アヤカシの脅威がある以上、この帝国はベラリエースに必要な国なのだ。
「ご苦労だった。下がって良い」
「ハ‥‥」
 一歩下がって背を翻すジノヴィ。そうして向けられた背に対して、ガラドルフは彼を呼び止める言葉を掛けた。
「アーマーな‥‥ギルドでも宜しく取り計らえ」
 厳しい表情をした彼の君主は、表情を変えぬまま、それ以上は何も言わなかった。

(執筆:御神楽)




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