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■報告書目次

第一幕報告書はこちら


■リプレイ
●運陽原の陣
 朝靄の断ちこめる中、金属や鎧の擦れる音が、辺りに、小さく木霊する。
 聞こえるのはアヤカシの唸り声に、開拓者達の押し殺した吐息。
「何だこれは?」
「包帯さ」
「さらしもあるぞ」
 鬼灯 仄(ia1257)と劉 厳靖(ia2423)が、赤黒く染められた包帯やさらしを配って廻る。
「上手く釣るにゃ、美味いエサが肝心だろ?」
 鬼灯の言葉に苦笑を浮かべる開拓者達。が、彼の例えは例えとして、その言葉は至極もっとも。受け取った包帯をあちこちへ手早く巻きつけ、負傷具合を偽装する。彼等は、準備もそこそこにアヤカシの動きを観察し、身を低く攻撃に備えた。眼前に戦を控えた、鉄線のように張り詰めた空気。
 人によっては、そこに恐怖を受け取る。
 またある者にとっては、その空気はたまらぬ興奮を呼び起こす興奮剤だ。
『殺セエェェェ‥‥!』
 地の底から響く様な修凱骨の咆哮と共に、アヤカシの一団が動いた。
 手を掲げ、得物を広げる修凱骨と共に、炎羅軍の先頭集団が一斉に突撃を開始する。彼等は、先頭に強靭な鬼達を配置し、遮二無二突っ込んでくる。そうして修凱骨もまた、ひとしきり唸り上げて後、先頭集団に続いた。
「策を弄して敵を覆滅‥‥兵法の常道か」
 迫る敵を見詰め、一人ごちる各務原 義視(ia4917)。
「どっちにしたって、退却前はできるだけ数を減らさなきゃ」
 彼の隣、水鏡 絵梨乃(ia0191)は、身を起こしてぐっと古酒を煽る。二人は共に、風世花団の者。彼女達の隊を始めとして、部隊前衛に展開する開拓者達が、炎羅軍を迎えうたんと身構える。
「さあ来い! 風世花団を護り抜くのがボクの使命だ!」
 ただ、その決意には、特に女の子をとの但し書きが付くが。
 ふらふらと酔っ払ったかのような足取りに、我が身を躍らせる水鏡。
 与五郎佐(ia7245)が弓を射れば、偵察より戻った花風院・時雨(ia5500)もまた、負けじと弓を射る。水鏡のような前衛職の背後では、陰陽師や巫女といった術士達が援護に徹し、更に背後よりは、彼等のような弓術士が控えている。
 開拓者達の一撃は、敵先頭集団の出鼻を挫いたかのように見えた。が――
「くっ、さばききれん‥‥!」
 アヤカシを次々と払う蘭 志狼(ia0805)が、槍を構えたまま、思わず言葉を漏らした。豺狼山脈は、三人一組に三角形を作り、それら三隊で陣を構成して、攻め寄せる炎羅軍と激しい攻防を繰り広げる。堅実なその陣は敵の攻撃をよく支える。
 だが、重い。
 危なげなく支えるには、圧倒的に数が足りていない。彼等だけではない。運用原に展開する部隊全体に言える事なのだ。如何な精鋭であろうと、敵はこちらの五倍以上。到底支えきれぬ。
「首を下げろっ」
 俳沢折々(ia0401)の声に、蘭の長身が伏せた。
 雷閃。放電が、敵鉄甲鬼を貫き、撃破する。激しい攻勢に晒されし最中にあっては風流に川柳を愉しむ余裕も無い。狼煙代わりに空へ打ち上げようにも、陣そのものが今にも押し切られそうなのだ。隊長たる鬼島貫徹(ia0694)が鬼殺しを振るい、心底悔しそうに後退を指示するや、堰を切ったように雪崩込む鬼の群れ。
 彼等を初めとして、じりと後退を始めた者達を追い、鬼が迫る。
「くそっ! 次から次にとっ」
 背の皮をざっくりと裂かれ、思わずガードを取り落とす柊・忍(ia1197)。両手で刀を手繰り、襲い掛かる小鬼を切り払う。風雲・空太(ia1036)は迫る鬼を貫き、二匹目、と大きく叫んだ。
「囮どころか、本気で潰され――ぐっ!」
 槍を振り回した一瞬の隙。側面より振るわれた金棒が、彼の肩を砕いた。骨がきしみ、打ち据えられた左腕を下げ、その傷に、ふらふらと後ずさる。
 逃すまじと再び金棒を振り上げる鬼。
 空太は片手で槍を掲げるが、とても防ぎきれるようには思えない。
「くそっ!」
「これ以上は行かせないんだからー!」
 覚悟すらした空太の耳に、此花 あやめ(ia5552)の可愛らしい声が飛び込んできた。
 同時に飛来する弓が、鬼を狙って降り注ぐ。突然の事に驚き、飛び退く鬼。その一瞬に隙が生じたと見るや否や迷いも無く飛び込んで、暁 露蝶(ia1020)は、空太の肩を背負い、後ずさる。
「すまねえ‥‥」
「あと少し頑張って。誰一人置いて行ったりしないわ、絶対に!」
 苦戦は苦戦。
 彼等は炎羅軍の攻撃を御しきれず、ずるずると後退を強いられてはいたが、しかし同時に、敵の凄まじい攻撃に晒されると最初から解りきっていたからこそ、回復を担う巫女を初めとして、露蝶のように負傷者を運び出す者や後退を支援する者が数多く展開していた。
 その備えが功を奏し、多勢の負傷者を出しつつも、彼等は一人の死者も出さず、辛うじて戦線を縮小させていく。
「ひぃょえ~っ、わしゃまだ死にとうない~!」
 何やら、開拓者中心の集団にあっては怪しいくらい雑兵らしい姿のその老人、久慈 権兵衛(ia1063)は、竹槍を放り出すや否や、悲鳴と共に逃げ出した。弱そうな獲物としか思えぬのか、その動きにつられて武器を振り上げ、飛び掛る狼たち。
「おっ、おたすけぇ~!」
 走り、逃げる久慈が、にたりと笑った。
 羅喉丸(ia0347)が、開いていた拳を握り締める。
「乾坤一擲のこの勝負――」
 草むらを掻き分け戦場を駆ける彼の後に、数名の開拓者が続く。
「必ず勝ってみせる」
 後退中の部隊への圧力を少しでも軽減する為の逆撃。久慈を追って乱れた足並みを襲われて立ち止まる剣狼に、その背を踏みつける鬼。突然の乱入者に気をとられ、敵先頭集団の意識が乱れた。
「はぁっ!」
 突入の直前に気功波を放って乱入するや、骨法起承拳の構えと共に拳を走らせる。
 錬力を出し惜しみするつもりは無い。一匹でも多く、少しでも手傷を。小鬼から大鬼まで、骨法起承拳を手当たり次第に叩き込む。舞うような素早い動きが、アヤカシの群れを寄せ付けぬかのように。
 だがそれも、もてる技術の全てをつぎ込み、後先を考えぬ勢いで仕掛けるからこそできる芸当だ。
「退け、逃げ切れなくなる‥‥」  手近な小鬼を切り捨てて、伊駿河 紅冥(ia1410)が告げた。
 少数であるが故に、反撃にあえばひとたまりも無い。混乱しているうちに、一撃離脱で退くのが賢いやり方だろう。一撃を加えた彼等は、彼の言葉に応じ、未練も見せずに素早く離脱する。
「怖いからこっち来んなー! ‥‥嘘だけど」
 小伝良 虎太郎(ia0375)は逃げるふりをしつつ、背後の攻撃を避けて反撃をくらわす。
 鬼共は怒り狂って武器を振るうが、既に遅かった。
 本格的な反撃に転じようとした頃には、彼等はその他の前衛部隊に紛れてしまい、既に炎羅軍の渦中には無かった。


●苦戦
「‥‥」
 遠く、最前線から離れし木々の上に、その姿はあった。
 囁(ia5347)は、ただ淡々と戦場を見渡し、その様子を伺う。囮と悟られた様子は無く‥‥いやむしろ、圧倒的多数の敵を前に苦戦する様しか見て取れなかった。一部では逆撃や反撃に成功しているものの、焼け石に水。怒涛の勢いで迫る炎羅軍を押し留める事はできない。とはいえ、そうした劣勢こそが、囮を囮と悟らせぬ最大の理由にもなっているのであろうが。
 彼は静かに頷き、状況報告を兼ねて白波の本隊へと走った。
 戦端を開いてより数十分。開拓者達の軍勢は、既に、敵の半包囲下に置かれつつあった。切っても切っても次々と襲い来るアヤカシ。当初は維持されていた陣形や戦列も、敵アヤカシによる突入によって徐々に切り崩され、戦いは乱戦の様を見せるようになっていく。
 胸元にばっさりと傷を負った志士へ駆け寄る斎 朧(ia3446)が、そっと手を掲げる。
「動かないで下さい。今手当てを」
「だ、ダメだ‥‥」
「良いから黙って」
 助かる者を最優先するのが、彼女の流儀だ。
 そう。助かる見込みがあるから、今、こうして手当てをしている。弱気になるな――そう叱咤するつもりだった。
「違‥‥逃げ‥‥」
 息も絶え絶えなその言葉に、ハッとして振り返る。甲冑を身にまとう亡ヨロイが、欠けた野太刀を振り上げる。猛獣の如きけたたましい叫びと共に、野太刀がごうと空を割く。
 避けきれぬ――笑みをたたえたまま覚悟した。
 気休めに掲げた手鎖「契」を断ち切り、一直線に肩の付根を貫く野太刀。激痛にくらむ視界。だが、それでもまだ生きている。まだ、手も、身体も動く。意識もハッキリしている。あるいは、激痛を感じるが故に。
 振り上げられる第二撃。
「おぉぉぉっ!」
 野太刀が、瘴気と共に宙を舞った。
 亡ヨロイの利き腕が消えた。苦悶の悲鳴をあげる亡ヨロイ目掛け、斬馬刀が食い込む。天河 ふしぎ(ia1037)の斬馬刀だった。
「今のうちに治療を!」
「うちの女の子に何してんのよ!」
 続けて亡ヨロイを蹴り飛ばす水鏡。その間に体勢を立て直し、神風恩寵を唱える斎。辛うじて傷を塞ぎ、先の負傷者を引き摺って後退する。
 戦は、半ば乱戦模様となりつつあった。炎羅軍の攻撃を支えられなかった箇所では殿と交代する事もできず、一人、また一人と負傷し、戦線を離脱していく。開拓者達の表情に浮かぶ、焦りの色。
「キャハハハ! このスリル最高ね♪」
 それでも、この劣勢をこそ楽しめる者が存在するのもまた、戦というものだ。
 霧崎 灯華(ia1054)がそうだ。
 彼女は飛び苦無を辺りへとばら撒き、アヤカシを相手に死舞を求める。劣勢になればなるほど眼をらんらんと輝かせ、愉しむ余裕を生む。彼女は、そういった類の人間だった。肩を掠める刃、顎を殴りつけてくる腕、腕を掴まんと伸ばされる鉤爪。
 それらの全てが楽しい。
「――けど」
 戦に負ければ、愉しんでもいられなくなる。
 敵の攻撃を前に一歩しりぞいて、彼女は、手にする呼子笛を吹き鳴らした。


●救援
「‥‥止むを得ん」
 いずこかより聞こえてくる呼子笛の音色に、儀弐王が立ち上がった。
 床机より腰を上げた彼女は、弓を振るい表を上げる。
「これより、囮部隊の救援に向かう。半数はここに残り、足場を固めよ。残りは私に続け!」
 兵士達の歓声が、辺りに響き渡った。
「前進!」
 十数名の近習に周囲を守られつつ、儀弐が共に戦場を進む。
 部隊中央、弓をふるって指示を出す彼女の声に、開拓者達が湧いた。包囲を完成しつつあった敵の一角目掛け面単位で降り注ぐ矢の雨に、炎羅軍はたまらず陣形を崩す。 「突破だ!」
 誰とも無く、叫ぶ。
 重傷者を最優先に、開拓者達が離脱を開始した。
 あくまで逃すまいとその背後を襲う炎羅軍、その先頭を進む修凱骨。
 空を貫き、矢が飛んだ。
 矢を受ける修凱骨へと、矢の軌跡を追うかのように、紅い影が駆ける。
 誰よりも早く。泰練気法のオーラが、赤い気となって、赤マント(ia3521)を覆う。第二射を放つ巳斗(ia0966)の弓。反射的にこれを切り払った修凱骨の腕目掛けて、牙狼拳による連撃を叩き込んだ。
「くうっ!」
 腕の一本ぐらいは頂いて行くつもりであったが、その骨を砕くどころか、ひびしか入らない。修凱骨はゆらゆらと動くばかりで彼女の攻撃を避けられず、確実に命中打を貰ったにも関わらず、だ。
「速さなら負けないのに‥‥!」
 あるいはそもそも、修凱骨に速さ勝負をするそぶりが見られない。
 これでは、攻撃力不足を実感せざるをえなかった。
「皆さん‥‥危険です!」
「っ!?」
 白蛇(ia5337)の言葉に慌てて飛び退く。
 修凱骨から伸びた八本の腕が、同時にゆらりと掲げられた。
 八陣。覚え聞くその技と睨んで白蛇は、咄嗟に水遁の術を唱えた。吹き上がる水が修凱骨を殴りつけ、その巨体を揺らす。遅れる攻撃動作。開拓者達はその一瞬で身構え、八陣による攻撃をかわした。
 攻撃を受ける際のやる気の無さに比べれば、そのキレは段違いだった。白蛇の牽制が無ければ、直撃をくらっていた者も居た筈だ。
「流石に頑丈ね」
 呟く神無月 渚(ia3020)。
「また‥‥来ます‥‥」
「踊りもこれまでか? この人数では流石に無理よ」
 行きがけの駄賃に両断剣を仕掛け、神無月は髪を揺らし、修凱骨を正面に捕らえたまま飛びずさった。彼女達開拓者は、元々劣勢だ。修凱骨ばかりにかまけていれば、今度は敵の軍勢に囲まれかねない。
 修凱骨を討ち果たす手柄は白波渓谷の仲間に任せる事として、各々に身を退かせるしかなかった。
「せやけど、これで勢いが殺がれた! 気合入れて逃げるで~みんな~!」
 旗を振りかざし、撤退を促す八十神 蔵人(ia1422)。
 もはや敗走同然ではあるが、それでも渓谷まで逃げ切れば、まだ立て直しようもある。負傷者を先頭に、開拓者達は一路渓谷へと退却する。
「もう少し踏みとどまれ、一兵でも多く退路を!」
 儀弐は、その凛とした声で兵達を叱咤激励する。
 だが‥‥旗色は悪い。志体である儀弐の周囲を護る近習達も次々と手傷を負い、開拓者達と共に最前線を離脱していく。友軍の退却が順調に進めば進む程、殿への攻撃はその圧力は増す。
「お退がり下さい! これ以上留まると敵に囲まれます!」
 殿の孤立を防がんと、大蔵南洋(ia1246)が切り込む。殿部隊の――それも理穴王たる儀弐を狙った攻撃はますます激しくなり、その背後を取らんと無数のアヤカシが突進する。
「解っている! ――誰かある! この者に肩を貸してやってくれ!」
 近付くアヤカシへ次々と矢を射掛け、背中で指示を飛ばす儀弐の言葉に、直助(ia5157)が駆け寄った。重傷を負って地に伏す兵士に肩を貸し、背を向けて走り出す。
「すまん!」
「王!」
 彼女が振り向いたその刹那、近習が叫んだ。
「しまっ――」
 弓を翻し、身を庇って飛び退く。
 亡ヨロイの放つ刃が、儀弐の肩に食い込んだ。一撃で叩き落せず、再度刃を振るわんと刀を掲げる亡ヨロイ。彼女は、咄嗟に山刀へ手を掛け、亡ヨロイの首を一刀の下に抜き払う。
 噴出す瘴気。
 崩れる身体を支え、開拓者達に護られながら、彼女もまた後退へと移る。
 無論、アヤカシはそれを追い、各々武器を振り上げる。
「付いてこないで下さい‥‥っ!」
 乃木亜(ia1245)の放った焙烙玉が轟音と共に炸裂する。効果範囲は狭いが、その轟音を伴う派手な攻撃は、敵を怯ませるのには十分だった。


●殿軍
 敵の波状攻撃を撃退しては下がり、下がっては攻撃を撃退する事数回、負傷者は増え、戦況に好転の兆しは見えず、ますます劣勢へと追い込まれて行く。崩れるように渓谷へと逃げ込んでゆく開拓者達の最後尾に、炎羅軍が迫る。
『殺セ‥‥殺セ‥‥皆殺シダ‥‥』
 修凱骨の呻き声と共に、その勢いはますます盛んとなり、炎羅軍は、まるで一本の槍のようになって突き進む。開拓者の一部は、負傷した仲間を庇いながらの退却だ。炎羅軍の追撃を放置すれば、遅からず追い付かれ、殺戮が始まる。
「だが、そうはいかんぜ‥‥」
 その炎羅軍の行く手を阻み展開する一隊。
「ここはおのれらの黄泉比良坂よ、生かして通すと思うてか!」
 咆哮混じりの小野 咬竜(ia0038)の叫びに、アヤカシどもの意識が彼へと集中した。
「来るぞ、気を抜くな!」
「おう」
 応じ、武器を掲げる天目 飛鳥(ia1211)達。咬竜以下神焔衆は、隊を三段に分け、勢いに乗る炎羅軍を迎え撃つ。
 激突。
 周囲には何も無い平野部だ、気を抜けば、突破される。
 戦場により長く留まる事、少しでも時間を稼ぐ事を目指しながらも、彼等は、最初から全力で当たらざるを得なかった。炎羅の軍勢は強靭だ。剣狼が牽制し、その直後に大柄な鬼達が突入する二段構えの攻撃。
「この敵の勢いでは‥‥」
 霧葉紫蓮(ia0982)が、弦をひきしぼる。
「倒し過ぎて困るという事すら無い、か!」
 放たれる矢。
 群れの合間を縫って飛び、鬼面鳥の額を貫く。
「まったくだ。負け戦か‥‥此処が正念場だな‥‥」
 額を塗らす血を拭い、滝月 玲(ia1409)はきっと眼前を見据えた。傷は深いが、ここでは死ねぬ。
「死して闇に落ちるより、生きて存在を示せ!」
 刀に炎魂縛武を纏わせ、自分に襲い掛かった骨鎧を腰から寸断する。返す刃で、剣狼を。ふらつく足元が、急に軽くなった。
「無茶はなさらないで下さい」
 天宮 蓮華(ia0992)が身を翻し、舞った。
 神風恩寵により、滝月の傷が癒えていく。
 鬼の軍勢は高い攻撃力を発揮していたが、しかし鬼とは違い、彼等開拓者には、背後に巫女や陰陽師といった術士達が控えている。
「神楽舞、防――」
 彼女の術によって耐久力を増した前衛が敵と切り結ぶ。術をもっても防ぎきれなかった傷を、直ちに神風恩寵によって癒す。錬力は無限ではないが、仲間が効果的に連携している限り、そう簡単に崩れるものでもない。
 しかしてその一方で、数が無ければどうにもならぬ事もある。
「殿は戦の華、とは言うが‥‥面倒なことだ」
 地響きのような咆哮。
 殿部隊最後尾、その側面。九重 除夜(ia0756)の咆哮に引き寄せられて、数匹の鬼が彼女を打ち据える。九重は必死に身を護りつつ、仲間と共に後ずさる。正面はともかく、全面で攻撃を防ぎ切るには数が足りず、側面を支えるのももはや限界。
 儀弐王は手当てを受けるや利き腕を包帯で吊って指揮を執っているが、彼女が負傷したとあって、理穴軍の士気は既に底をついている。
「やれやれ。これ以上はもたぬぞ?」
 神町・桜(ia0020)が呟く。
 自ら動けぬ負傷者を優先して治療しては、追い出すようにして退却させる。
「次!」
 負傷者に駆け寄り、神風恩寵を唱えようとして、彼女は、ゆっくりとその手を下ろした。術が掛からぬ。もはや、錬力も底を突いたのだ。
 仕方が無く、負傷者の持ち物から薬草を剥ぎ取り、口に含んでから傷口に手を突っ込む。本来であれば全軍で後退、離脱したいところだ。だがその為には、離脱する為の機会を待たねばならず‥‥そしてその機会を待っている間に、おそらく磨り潰されてしまうだろう。
 もはや、どうにもならないかもしれない――頭の片隅で最悪の事態を考え始めた、まさに、その時。
 戦場に、法螺貝の音が響く。
 法螺貝に続く、土砂降り雨のような音‥‥空一面を矢の嵐が覆った。

<担当 : 御神楽>


●第二の波
 ざわりと、木々が騒いだ。
「‥‥臭ぇな。ぷんぷんと、臭ぃやすね」
 両手につけた飛手の具合を確かめ、細い目を更に細くして、斗郎(ia6743)が眉根を寄せる。
「ああ、まったくだ」
 九法 慧介(ia2194)は年の変わらぬ泰拳士へ答えながら、腰に帯びた珠刀「阿見」の鞘の口あたりを握った。
 ピンと張り詰めた空気に、周囲にいる開拓者達の緊張が窺い取れる。
 降り注ぐ秋の木漏れ日の下、立ち並ぶ木々の奥から、ガシャンガシャンと鎧が擦れる音がした。
 骨ばった、というより骨だけの足が、草を踏み、木の根を乗り越え。
 邪魔な木を押しのけるようにして、丸太の様な足が傍らを歩く。
 無口な行軍の頭上、枝から枝へ飛び交う羽ばたきもまた、不吉を運ぶ羽音で。
 早くも死の匂いを嗅ぎ付けているのか、女の顔が舌なめずりをした
 木々の間を進む数は十や二十といった可愛いものではなく、優に百や二百を超えている。
 これらがそのまま、里へ向かったなら。
 あるいは、渓谷で戦う隊の背後を突いたなら。
 甚大な被害が出る事は、容易に想像がつくだろう。
 だからこそ。
「数の上じゃあ不利だが、ここが俺達の踏ん張りどころだぜっ。野郎ドモにお嬢ちゃん達!」
【斑鳩】の一員、熊蔵醍醐(ia2422)がゴツい拳を突き出して、気勢をあげれば。
「「「応っ!!」」」
 同じ【斑鳩】の顔ぶれだけでなく、斗郎や慧介ら、個人で己が貫く道を選択した者達も腹を据えた返事をした。
 迎え撃つ存在に気付いたか、アヤカシ達の歩みは早くなり、鉄甲鬼が棍棒を掲げて吠える。
 ひしめくように谷へ降り、向かい来る骨鎧の群れ。
 表情があるはずもない白骨の顔に、醍醐と同じく【斑鳩】に加わった炎鷲(ia6468)は嘲笑の気配を感じ取っていた。
「切り捨ててあげますよ‥‥虚ろを埋め、骸の身となった、不浄の未練ごと」
 キッと炎鷲は正面から討つ敵を見据え、珠刀「阿見」の柄へ手を置く。
 距離が近づくに連れて、両軍は駆けるように前進し。
 雄叫びをあげながら、激突した。

「迎撃部隊が動いたよ。別働隊と思しきアヤカシの群れと接触し、戦いが始まった」
「そうかぁ。ありがと、悠里君」
【シノビ戦隊】の深凪 悠里(ia5376)より最新の状況を聞いた然(ia4697)は、髪を掻きつつ橋の傍らに立つ者達へ振り返る。
「聞いたかい? こっらもそろそろ、仕事を始めなきゃいけないみたいだ」
「そうですね。準備が整い次第、合図します。もしアヤカシの方でも奇妙な動きがあれば、すぐに知らせて下さい。使いをお願いして、申し訳ないですが」
 アヤカシの奇襲を警戒し、橋で留まっていた陛上 魔夜(ia6514)が気遣えば、悠里は束ねた銀髪を左右に揺らした。
「そこは気にせず。伝令役は重要だし、その役目をかって出たのは他ならぬ俺の意思だから。【シノビ戦隊】を、存分に使って」
「では‥‥そのお言葉に、甘えます」
 少女のような笑顔で目礼すると、悠里は身を翻し、再び戦場へ駆け戻っていく。
「じゃあ、始めよっか。ああ、やり過ぎないようにね」
 木槌や鋸といった工具を抱えた者達へ、気だるそうに然が陰陽符をヒラヒラ振った。

「慌てないで。大丈夫ですよ、みんなが絶対に守ってくれます」
 里の南側へ避難する人々に混ざり、遅れて歩く老人の傍らに付き添いながら、風間・月奈(ia0036)は声を上げて呼びかける。
 戦いの間にも、緑茂の里では後の策に備え、里人の避難が進んでいた。
「娘さんや。わしらより、他の人を助けてやっておくれ。儀弐王様や、鋳差様を‥‥」
「心配ないですよ。ボクらだけでなく、沢山の人達が助けに来てくれています」
 節くれだった皺だらけの手を取りながら、月奈はにっこりと老人へ微笑む。
「みんな、強い人ばかりですから。さ、行きましょう」
 開拓者達と共に先を急ぐ人々の表情を、二階堂 斬鬼(ia0915)はじっと腕を組み、見守っていた。
 大人達の不安が伝染したように多感な幼い子供達が泣き出すと、出水 真由良(ia0990)がひょいと人を避けて近付いていく。
「お姉さんが、手品を見せてあげますよ。タネも仕掛けもありませんけど、あら不思議」
 声をかけながら、両手を手をヒラヒラ振り。
 それから何かを包むように手の平を合わせると、ずらした指の間から小さなリスが顔を出した。
 驚き、泣く事も忘れた子供達をリスは黒い瞳で見上げ、細い指から抜けて真由良の腕を伝い上がり、肩を走って、反対側の腕を駆け下りてくる。
 再び手元に戻ったリスを両手で包み、次に開いた時には跡形もなく消えていた。
 タネ明かしをせがむ子供達に、真由良は「秘密です」と指を振る。
 泣き顔から、驚きや笑顔に変わった子供達の表情を見て、安堵した様に斬鬼は小さく笑んだ。
 それから再び、人々が避難する方向と逆へ、注意を向ける。
 今頃アヤカシと戦う者達の心意気を無駄にせぬ為にも、不安に駆られた人々に更なる混乱をもたらす元凶が現れないか、見張るために。

●松幹谷の攻防
 魔の森より里へ向かおうとするアヤカシを迎え撃つ者達は、じわじわと後退し始めていた。
 アヤカシの総数約500に対し、この場にいる者の数は100に満たない。
 獲物を振るう者達は皆、獅子奮迅の働きをしているものの、アヤカシの群れに飲み込まれるのは時間の問題と思われた。
 そこへ。
 ――ぼーぉ、ぼぉーぅ。
 剣戟響く戦場に、法螺貝の音が鳴り渡る。
 合図で力を得たとばかりに【灯火隊・陽炎】に属する千歳 永羽(ia7931)が、身の丈に近いグレートソードが振り回し、骨鎧の頭を吹き飛ばした。
「整ったようッスね、飛翔ちゃん!」
 振り向かず永羽が声を張り上げれば、同じく【灯火隊・陽炎】として動く飛翔(ia7513)も頷き、アヤカシの急所を狙って十字手裏剣を投げ放つ。
「だが、これからが本番だ」
「うん、気をつけるッス!」
 懸念を口にする飛翔へ、永羽は明るく答えた。
「とはいえ、下手に背を見せて駆ければ、後ろから切られるのが落ちだな」
 彼らの身の丈より巨大な亡鎧と切り結びながら、じりじりと慧介が後ろに下がった。
「何事も、引き方ってぇのは難しい‥‥と、危ねぇっ!」
 慧介の背後から棍棒を打ち下ろそうとする鬼に気付き、斗郎がひと息で距離を詰め。
「はあぁっ!」
 気合と共に、飛手をはめた拳を叩き込む。
「大丈夫ですかぃ?」
 斗郎が振り返れば、慧介の額よりつぅと血が流れていた。
「深い傷ではない、助かった」
「こういう時には、お互い様。だが、無理は良くねぇ」
 短く礼を言う慧介に答えた斗郎の後ろで、ばさばさと羽根を打ちながら何かが落ちる音がした。
「そういう俺も、気ぃつけねぇといけやせんね」
 矢を受けてもがく鬼面鳥へ真っ直ぐ拳を突き下ろし、斗郎は顔を上げる。
「【斑鳩】の慄罹だ。引くタイミングを作る」
「慄罹さん、かたじけねぇ」
 頷いた慄罹(ia3634)は、携えたショートボウへ火矢を番え。
 隊の仲間達と呼吸を合わせ、一斉にアヤカシへ放った。

 合図を聞き、急ぎ後退してきた迎撃部隊は、二本松川を渡る唯一の木橋を次々と渡る。
 その後を追って、アヤカシ達もすぐに姿を見せた。
 橋で作業をしていた者達は、その数と威圧感のある巨体の群れに思わず息を飲む。
 アヤカシの姿を目にして、【玉鋼】の蒼零(ia3027)は無言で腰の二刀へ手をかけた。もし空を飛ぶ鬼面鳥が彼らを襲ってくれば、即座に抜く心積もりだ。
「急かぬよう。機会は一度きり、皆さんの腕にかかっている」
 蒼零の傍らでは、同じく【玉鋼】の都騎(ia3068)が木槌を担ぐ男達へ声をかけていた。
 焦る心を抑えつつ、都騎は仲間の動きを注視する。
 槍や飛び道具で牽制していた最後尾の者達が、ようやく橋を渡り始め。
 アヤカシ達も追い付かんとして、橋に足をかけた。
 どかどかと複数の足音が、橋板を揺らす。
「きた」
 最後の者が橋の中ほどに差し掛かると、蒼零がただ一言、呟き。
「今だ!」
 直後、都騎が合図した。
 橋を支える太い柱を狙い、男達が木槌を打ち付ける。
 橋を伝う振動が橋板を揺らし、あらかじめ切れ目を入れた柱は裂け、音を立てて折れ始めた。
 支えを失った橋桁は、ぐわんとたわみ。
 奇声をあげるアヤカシもろとも、一気に川床へと崩れ落ちる。
 それを見て、橋を渡り切った開拓者達は一斉に声を上げた。

「ここからが正念場‥‥皆、頑張ろう!」
【灯火隊・陽炎】を任された鷹澤 紅菜(ia6314)が、疲れた仲間達を励ます。
 そこへ【灯火隊・煉獄】を束ねると同時に、【灯火隊】全体もまとめる星風 珠光(ia2391)が紅菜を見つけ、駆け寄ってきた。
「皆、無事だった? 退く途中に、怪我とかしなかった!?」
「何とか。でも、これからだよね」
 紅菜が対岸へ目をやれば、橋を落とされたアヤカシ達が川原へ下ろうとしていた。
 鬼面鳥は矢が届かぬ位置で飛び回っているが、ある程度の足並みが揃えば一気に押し寄せてくるだろう。
「うん。だけど、ボク達も戦うから大丈夫。絶対に里を守ろう!」
 珠光が振り返った先では、小隊という形で協力体制を取る者や個別に動く者を問わず、里を守らんとする者達が頷いた。
 また対岸の海賀岳側でも、息を殺して機会を探っていた者達が立ち上がる。
「これより、本番です。でも、焦らないで下さいね。殲滅ではなく、ここで進軍を食い止め、里への被害を減らす事が目的ですから」
「はい。では性根を据えて、行きますか」
 大薙刀を地へ立てた純之江 椋菓(ia0823)に安達 圭介(ia5082)が扇子「巫女」をパチンと閉じ、小隊【朧】の顔ぶれを振り返った。

「向こうが渡り切るのを、わざわざ待ってやる必要はないよな」
 二本松川を見下ろす藤枝 有賀(ia5439)の言葉に、スワンレイク(ia5416)が悩ましげに頭を振った。
「全く、同意見ですわ。美しいものを守るため、時に乗り越えねばならない障害もありますし‥‥わたくし達弓術師の利点は、大いに生かすべきですね」
 くすと微笑むスワンレイクの言う『障害』の意味が、一瞬有賀には単純に眼前のアヤカシだけを示すに限らないように思えた‥‥が、今は眼下の光景に集中する。
「ともあれ、最優先で狙うは鬼面鳥ですね」
 改めて有賀が確認すれば、羽ばたくアヤカシを青い瞳で見据えたまま、彼女は僅かに首を振る。
「こちらは落とす方に専念しましょう。地上に落ちた後は、得意な方にお任せして」
「できれば他の者達とも協力して、だな。川から上がる前に、間に合えばいいが」
 言葉を継いだ有賀に、僅かにスワンレイクが頷く。
「でも、助かりましたわ、同じ共闘を考えてくださる方がいて‥‥わたくし、男の方と話す事は少し苦手で」
「それは‥‥よかったと、言っておくよ」
 二人は手分けをし、周囲で弓を携えた者達へ急ぎの提案を口伝えした。

●渡河阻止
 二本松川は、それなりに川幅と深さのある川だ。
 川原では鬼面鳥が飛び回り、亡鎧や鉄甲鬼は深さを気にせず流れへ足を踏み入れる。
 一方、鬼や骨鎧の群れは深みで流されぬよう、浅いところを探していた。
 川を渡ろうとするアヤカシへ、放たれた矢が一斉に降り注ぐ。
 アヤカシの前進を押し返すべく、弓を持つ者達は急ごしらえの連携を取っていた。
 忌々しげに、鬼面鳥は弓の届かぬ場所や、鉄甲鬼らの後ろへと下がり。
 亡鎧や鉄甲鬼の一群は巨躯に矢を突き立てたまま、なお前進する。
「くそっ、でけぇじゃねぇか‥‥でもな」
 鬼どもを見上げた風間・総一郎(ia0031)は、心を挫こうと弱気を断つように、ひと息に太刀を抜き払う。
「こっから先は、一歩たりとも通さねぇぞ!!」
 気合を入れる総一郎に、老躯ながらも最前線に立つ鬼限(ia3382)が「ほぅほぅ」と感心の声をあげた。
「まっこと、威勢のよい事じゃ。よかろう、共に愚直な守護を貫いてやろうではないか」
 老いてなお、腰も曲がらず、総一郎と変わらぬ長身の老泰拳士は、年月の刻まれた顔に喜色を浮かべ、枯れ枝のような拳を握る。
「ふんっ。鬼に敬老精神の一つでも、ありゃあいいがな。無理すんじゃねぇぞ、爺さん!」
「何を言う、ひよっ子が。老いぼれに、遅れを取るなよ!」
 互いに軽口を叩き合い、浅瀬へと足を踏み入れた鬼達へ、水を跳ね上げながら駆けた。

 刃のぶつかる鈍い音が、川原のそこかしこで響く。
 老いも若いも、ある程度の場数を踏んだ者も及ばぬ腕と知る者も。
 ただ一心に鬼達の歩みを止めようと、果敢に向かっていた。
「きゃあっ!」
 亡鎧が放った衝撃刃が、上条 詩歌(ia4532)の小柄な身体を吹き飛ばす。
 止めに振り上げられた刃が目に入った深山 千草(ia0889)は、とっさに詩歌を庇って飛び出し。
 手にしたガードで一撃を防いだものの、ジンと痺れる腕に柳眉をひそめた。
「うっ‥‥なんて重い、一撃‥‥っ」
 千草の腕ならそれを凌げぬ訳ではないが、何撃も持ちこたえ続ける事は難しい。
「何とかして、あの刀を封じねば」
 握る珠刀「阿見」の刃へ、意識を凝らし。
 中級とされるアヤカシは、振り抜いた刀を高々と掲げた。
 突如その懐へ、放たれた矢の様に飛び込む影が一つ。
 踊るように、小柄な体躯が跳ね。
「はぁーっ!」
 鉄牙を着けた拳で、体勢を崩す一撃を亡鎧へ打ち込む。
 アヤカシの身体がぐらりと傾ぎ、振り下ろした刀は川原の石へと叩き付けられた。
 その刀を握る腕を、青白い光が立ち上る刀で、一気に断ち落とす。
「今です!」
 千草が斬り開いた好機に、詩歌の手当てをしていた栗山 そよか(ia3127)が声をあげ。
 衝撃刃を警戒して下がっていた者達が、今こそ膝をついた亡鎧を斬り伏せんと得物を振るう。
 グガァァァ‥‥ッ!、と。
 苦悶の声をあげた亡鎧の身体が、黒い霧となって散り。
 音を立てて崩れ落ちたボロボロの鎧も、瞬時に朽ちて消滅した。
「その子は、大丈夫ですか?」
 大きく息を吐きながら千草は、詩歌を気遣う。
「はい、何とか。あなたも、ありがとう」
 そよかが礼を言えば、若獅(ia5248)はニッと少年のような笑みを返した。
「本当は、ひっくり返してやりたかったんだけど、いいや。まだまだ、獲物は残ってるからね」
 次々と川を渡る鬼を見やる若獅に、「ええ」と千草も頷く。
「及ばないながらも、まだ戦えます‥‥私でも、お力になれますか?」
 手当てを受けた詩歌が懸命に問えば、千草はふわりと少女の髪を撫でた。
「勿論。力を束ねなければ、里は守れないわ。あなたの力も、貸して下さい。兵は減ったけど、それだけ倍も働けば、何とかなりますよ」
「はいっ!」
 歯切れのよい詩歌の返事にそよかは笑み、彼女らは休む間もなく次のアヤカシへ立ち向かう。

 防衛に回った者達が、大柄な鬼達を食い止めている頃。
 アヤカシ達が川を渡ろうとする背後で、突然、鬨(とき)の声が起きた。
 何事かと振り返る鬼や骨鎧の群れへ、堰(せき)を切ったように開拓者達が坂を下り、押し寄せる。
「うりゃあぁぁぁぁーっ!」
【朧】の一人、緋桜丸(ia0026)が吼えて、業物を振るい。
 衝撃波が次々と川原の石を弾き、その先にいた骨鎧も吹き飛ばした。
 背面からの襲撃を、予想していなかったのか。
 川を渡ろうとする骨鎧と、戻ろうとする鬼がぶつかり、ひしめき合う。
 そこへ同じく【朧】の九竜・鋼介(ia2192)や紫姫(ia5342)らが、共に斬り込んだ。
「ほらほら、背中が疎かだ。おーそーか。なんてなーっ!」
 どこか寒々とした駄洒落を飛ばしながら、鋼介は鬼へ刀を振るい、骨鎧の刃を十手で凌ぎ。
「‥‥駄洒落ごと、虚空へと消し飛べ‥‥」
 紫の瞳を細め、紫姫が火遁で混乱をあおる。
「さすがに、後方をつかれるとは思ってもみなかったか?」
 目立つ動きに合わせながらヴァン(ia7424)もまた刀を振るい、アヤカシ達の狼狽振りに冷たく言い放った。
 背後からの襲撃に、川を渡りかけたアヤカシが引き返そうとすれば。
「天儀不敗、秋姫神楽! 義によって、助太刀するわよーっ!」
 拳を天へ突き上げて秋姫 神楽(ia0940)が高々と名乗りをあげ、海原岳の側からも開拓者達が次々と現れた。

「下級のアヤカシの群れは、上手く遊軍が足止めしている! 鬼面鳥の方は、弓術師の者達より任せろとの知らせがあった!」
【シノビ戦隊】の不嶽(ia6170)が、声を上げて仲間へ状況を伝える。
「そうか。こちらも負けて入られないな」
 その言葉を聞いた高嶺・桜華(ia3418)は、大きく息を吸い。
 細く長く、息を吐く。
 戦いに慣れぬ身は、武者震いか恐れからか、未だに震えが収まらないが。
「槍が折れれば太刀を振るい、太刀が折れれば拳を振う!
 例え肉が裂け、骨砕けようとも、ここは動かぬ――骨屑の一片たりとも、俺様達が通してやらんわ!」
 その大声で、アヤカシを気圧そうとするかの如く。
 醍醐が腹の底より猛り、周囲の者を鼓舞する声が聞こえる。
 また別方向からは、派手な水音があがった。
 川に仕掛けた荒縄に鉄甲鬼が足を引っ掛け、川の中で姿勢を崩し、もがいている。
「やった! 皆さん、今のうちに!」
【斑鳩】の仲間と戦う鈴木 透子(ia5664)が小さく拳を握り、勝機を伝え。
「透子殿、感謝する!」
 同じく【斑鳩】の一員、小鳥遊 郭之丞(ia5560)が大薙刀を振るい、鉄甲鬼が深みから上がらぬうちにその刃を振り下ろした。
「大丈夫。皆となら、拙者も戦える。震えている暇などない」
 桜華はきりと口唇を固く結び、刀を手に助勢へ駆けた。

「何とか、持ちこたえられそうか」
 浮き足立った鬼達と、善戦する仲間を見回し、篠田 紅雪(ia0704)はほっと胸を撫で下ろす。
 だが、未だに松幹谷で戦う者達の間には、漠とした不安が漂っていた。
 白波渓谷より、作戦開始を知らせる法螺貝の音が、まだ聞こえてこないのだ。
「何もなければ、良いのだが」
 陽が傾く空を見上げたのも、束の間。
 珠刀「阿見」を手に、紅雪は再び戦いへ戻った。

●日暮れの里
「【シノビ戦隊】のはやてです。松幹谷より、知らせが届きました」
 小隊の仲間と繋ぎを取っていたはやて(ia5885)が戻れば、心配顔の開拓者達が集まってくる。
「状況は?」
「アヤカシは、里まで来るのか?」
「上手く退けられそうか?」
「待って、待って下さい」
 待ちかねて口々に聞く者達を、慌ててはやては制した。
「松幹谷ですが、今もアヤカシの別働隊と互角に戦っています。里にまで被害が及ぶ事は、ないかと」
 はやての報告を聞いて、安堵の息があちこちから漏れた。
「ならば、里は捨てずにすむという事だな」
 小隊【蓬莱月華】を率いる景倉 恭冶(ia6030)が重ねて問えば、はやては緑の瞳を伏せながら首肯する。
「こちらの状況は?」
「里の北からアヤカシの群れが攻めてきたけど、【蓬莱月華】とか残った人達で退治したよ。あと、避難している人達の間だけど‥‥」
 やはり【シノビ戦隊】の竜胆(ia5591)が周囲の顔ぶれを見回せば、一匁 花(ia5301)が頷いた。
「里の人達、全員の所在と人数を確認しながら避難を行った事が幸いしたのか、怪しい者達の動きを抑える事が出来たようです」
「松幹谷が別働隊を抑え、里や里人に大きな混乱がなかったせいでしょう。先の傷が癒えていない人もいますが、里もがら空きではありませんでした」
 不安な人を和ませたりして、一日を里人の間で過ごした穂積 梓沙(ia7073)が、今日見てきた事を告げる。
「きっと動き辛かったか、動くとバレちゃうって思ったんだろうね」
 妖狐姫の動きを警戒していた咲羽(ia4533)も、大人達に混ざって腕を組み直した。
「だからって、いなくなったって訳じゃあないと思うけど」
「そうですね。油断は出来ませんが、このまま作戦が終われば、今日のところは里の被害も軽微となります」
 残る懸念を肯定しつつも、気が楽になったのか、花は少し表情を緩める。
 そこへ、法螺貝の音が聞こえてきた。
 聞きとめた者達は、緊張した面持ちで顔を見合わせる。
 本来なら今回の作戦が終わろうという頃合だが、それは『作戦開始』を知らせるものだ。
「何か‥‥あったのか」
 表情を曇らせる恭冶だが、はやても竜胆も顔を見合わせ、首を横に振る。
 西へ沈みかけた太陽は、里の風景を茜色に染めていた。

<担当 : 風華弓弦>


●耐え忍ぶ刻
 最初の作戦で犠牲を払いながらも敵を誘き出すことに成功した理穴軍と開拓者軍。
 更に北面・緑茂からの援軍を迎えた理穴王はある種の賭けに出た。本隊と開拓者軍の一部が囮となり渓谷へと敵を誘導、北面瑞鳳隊を含む別働隊が一気に攻撃を仕掛ける所謂『釣り野伏せ』と呼ばれる戦略。成功すれば相手に甚大な被害を加えれるものの、失敗すればこちら側の戦力は壊滅的になる。

 囮部隊の出撃を耳にしてからどれ程の時間が経っただろうか。
 既に日が沈もうとしている。
「‥‥遅いっ!」
 焦りを隠せない様子で叫んだのは北面瑞鳳隊を預かる緋赤 紅(iz0028)。
 ここに集いし軍は待ち伏せ。囮部隊が渓谷へと敵を誘き寄せるまでは見つからぬようじっと耐えねばならない。だが予定の時刻になっても囮部隊の姿は見えてこない。何か不測の事態があったのか。だがここを動くわけにもいかない。自分たち伏兵の存在を知られては意味がなくなるのだ。
「ここで焦っても仕方ありませんよ?」
「わ、わかってるわよ」
 笑顔で嗜める静月千歳(ia0048)にむすっとする紅。以前ギルドの依頼で顔は合わせている二人だが、千歳はそれ以降何か思うところがあるようで。笑顔ではあるものの目が笑っていない。
「あの‥‥隊長、目が怖い、です」
 おずおずと呟いたのは鈴梅雛(ia0116)。千歳率いる小隊【白蛇】において彼女は回復を担当だった。今回瑞鳳隊の紅の傍にと行動を共にしているのだが、千歳と紅のやりとりにただおろおろとする。そんな三人を見ながら苦笑を浮かべたのは神鷹 弦一郎(ia5349)。
「緊張感が‥‥まぁ緊張しすぎるよりはこれぐらいがちょうどいいか」
 呟いた弦一郎が自分の後ろに視線を送ると、何かを呟いている霊叉(ia7856)の姿が。
「敵を斬れる‥‥いや、落ち着いて。平常心平常心‥‥」
 どうやら霊叉は戦を前に興奮する自分を抑えているようだ。
 一方で初めての大規模な作戦に気負いすぎる仲間たちも存在する。ここ最近になって開拓者になった者只木 岑(ia6834)もまたその一人。彼が最も恐れるのは最近になってできた仲間の負傷。
「怖い‥‥けど、だからこそボクも頑張らないと‥‥!」
 そんな岑にそっと声を掛けたのは同じ小隊【百鬼夜行】の細越(ia2522)。
「今からそんなに力をいれては身が持たぬ。我らはできることをするだけだぞ?」
 一際身体の小さな細越は、自分の力量の範囲内で全力を尽くすことを信条する。
 人にはそれぞれの戦いがある―――そんな彼女の言葉に岑も思わずこくりと頷いた。
「‥‥! 動きがありましたわ」
 動き少なくじっと周囲の気配を窺っていた夜鏡 凛(ia0612)。何かに気付いて閉じていた目をゆっくりと開く。同時に茂みの中から渓谷の様子を窺っていたすずり(ia5340)から待ちに待った一報が入る。
「報告、報告だよ~。囮部隊の人たちが見えたよ‥‥でも‥‥」
 待ち望んだ報せだったはずなのだが、すずりの表情は暗い。他の仲間も揃って渓谷の方へと視線を送る。
「これは‥‥!」
 誰かが声をあげる。
 敵を誘き寄せるために敗走している振りをするのが囮部隊。だが今渓谷に入ってきている仲間は敗走を装うものではない。既に部隊としての機能も果たさないほど陣形は乱れ、ただただ逃げて来ている。
「このままではこちらまで持ちそうにないですね‥‥」
 戦場をじっと見つめたまま唇を噛んで呟く瑪瑙 嘉里(ia1703)は、隣にいた同じ【犬神隊】の喪越(ia1670)に視線を送る。その意図を汲み取ったのか、頷いた喪越は紅の下へ。
「合図は向こうから来るんだよな?」
「えぇ、そう聞いてるわ」
 応える紅の表情も先程までとは違って随分固い。
 すぐにでも救援に向かうべきか―――そんな考えも頭をよぎる。だが本来予定していた範囲までまだ敵は来ていない。合図を待たずして万が一にでも失敗すればそれこそ取り返しのつかないことになる。
 だが次の瞬間。

 ボオオオッ!

 大きな法螺貝の音が渓谷内に響き渡る。
 これは予め決めていた突撃の合図。だが敵は予定位置までは来ていない。つまり――ー
「何かあった、ということね」
 小隊【百花】を率いる銀 真白(ia1328)の言葉に緊張が走る。
「ここで勘繰ってても仕方がねぇ! 合図は出たんだ。一気に行くぜ!」
 手にした業物を掲げ大声で吼えたのは【野槌】の朧楼月 天忌(ia0291)。その声に仲間たちも各々の武器を取る。
 こうして夕闇が辺りを覆いつくす前に、命運を駆けた作戦の火蓋が切って落とされた。


●切り開け。
 逃げ惑う開拓者と理穴の軍を殲滅せんと追撃を開始するアヤカシ軍。その側面から狙い済ましたように別働隊が姿を現した。
「見敵必殺! 魂ぁ取ったらぁぁぁぁ!!」
 一帯に轟かんばかりの声を上げて突撃の先陣を切ったのは霞野 寅彦(ia7955)。シノビの多くが中距離もしくは遊撃的な役割を担う中、単騎早駆で特攻をかける寅彦。勿論アヤカシたちも黙ってはいない。一斉に攻撃を仕掛けてくる骨鎧に応戦する寅彦。だがやはり多勢に無勢、すぐに包囲されてしまう。あわや斬撃を食らうかと思われたところに数の矢が飛来、そのまま骨鎧の頭に突き刺さる。
「霞野殿、出過ぎです!」
「すぐに先陣部隊が来るから一旦下がって!」
 叫ぶように声をあげる鵜島 翔(ia7691)、そして道を切り開くための射撃を行っていた方月・一樹(ia6567)の言葉に、寅彦は即座にその場から離脱する。深くはないがその一瞬だけでいくらかの傷を負った彼に大友義元(ia6233)が駆け寄る。
「後ろで治療班が待機してるっスから。俺についてくるっスよ」
 どこか飄々とした口調で言う義元。だが彼は怪我人を治療班の下へ送り届けるという仕事を自ら引き受けたのだ。曰く、雑兵には雑兵の戦い方がある、らしい。
 一見無謀とも思われた単騎特攻。だが他の隊が雪崩れこむための気を引くという意味ではその果たした役割は大きい。おかげで足並みを揃えた奇襲の本隊が固まったアヤカシの下に怒涛如く押し寄せる。
「おらおらぁっ! 邪魔するヤツぁ叩っ斬るぜぇ!」
「少しは周りを見て‥‥って聞いてないわね!?」
 外見に似合わない粗暴な口調で鉞を振り回す美希(ia0195)に、嗜めるように言いながら斬撃を放つ上総 綺羅(ia0950)。その二人の後ろからは翔 優輝(ia0611)が符を放って敵の動きを封じる。
「二人ともボクの呪縛符に合わせて!」
 三人の動きが流れるように噛み合い、アヤカシを次々と黒き塵へと葬っていく。
 更にアヤカシ軍が集結している所に爆音が起きる。
「おらぁ、吹き飛べやぁ!」
 九条 朧(ia0873)の叫び。焙烙玉を投げ込んだ朧は着弾を確認すると同時にすぐさま距離を取る。いくら奇襲とはいえ戦力的にはまだ優勢とはいえない。万全を期すためにもここで無理をするわけにはいかないと踏んだ。怯んだアヤカシたちの所に踏み込んだのは米本 剛(ia0273)。手にした長槍『羅漢』を頭上で振り回しその回転で目の前のアヤカシを斬り伏せる。
「一撃、入魂‥‥!!」
 気合を吐いた剛の一撃でアヤカシがまた黒い塵へと帰る。
 それに続けと北面瑞鳳隊の面々もアヤカシの群れへと突撃を開始する。
 囮部隊は既に満身創痍。奇襲を仕掛けたこちらの部隊も、相手が冷静さを取り戻して体勢を立て直してしまえば長期戦は必死。そうなれば疲れが存在する人間は圧倒的に不利になる。そうならないためには、ここで頭である修凱骨の討伐は絶対に外せない。
「皆さん、ここが正念場です‥‥!」
「無事、に、帰って、来て、ください。みんな、まって、ます‥‥!」
 仲間のために舞う華雪輝夜(ia6374)の身体も一層熱を帯び、普段は怖がってばかりの汐水 瑠音(ia1301)も今日ばかりは持てる勇気の全てを振り絞り、二人の『神楽舞・攻』は仲間たちの身体に力を与える。二人は最前線から少し引いた場所から援護を行っていたが、勿論最前線で身体を張って見方のために舞う者もいる。小隊【日輪】のフィー(ia1048)もその一人。
「‥‥攻めて‥‥荒ぶる火の如く‥‥!」
 フィーの願いにも似た呟き。同時に彼女の舞は激しさを増し、力を与える。敵陣の只中で斬撃を放ち、そのまま背中を合わせて包囲と対峙する月(ia4887)や香坂 御影(ia0737)といった前衛陣はそれを受けて口元に若干の笑みを浮かべる。
「ありがたい‥‥これでいけるな月っ!」
「無論だ。いくぞ!」
 言うが早いか、二人は背中を弾かせて両端のアヤカシへと切り結ぶ。
 だがアヤカシたちも統率の取れた一つの軍。頭である修凱骨への道はそう易々と開けてはくれない。
「まだ奴さんの情報はこねぇのかー!?」
 一見女性のような外見の西行時 周(ia0608)は舌打ちと刀の斬撃と共に、後ろの鴉(ia0850)に声を掛ける。かけられた鴉は自らの名前通りの鴉の式の斬撃符を放ちながら「まだだ」と短く応える。
 前回の作戦で位置は特定していたものの、囮作戦の遅延などの要因により再度の情報収集が必要。それが集まるまでは持ち堪えるしかない。だが修凱骨を討ち取るためにとなるべく力を温存しておきたい者もいる。これ以上長引くのはまずい。
 開拓者の中にも焦りが見え始めた頃、その報せは舞い込んできた。
「修凱骨の位置特定できたよ!」
 敵の位置の偵察に向かっていたなりな(ia7729)の一声に仲間の士気が上がる。
「それじゃ‥‥露払いといきますかねぇっ!」
 吼える恵皇(ia0150)はアヤカシ軍の中枢へと突撃。そこで立ちはだかるアヤカシに空気撃を放ち転倒させる。目的は殲滅ではなく一時的な足止めと注意を逸らすこと。各個撃破をしていたのでは消耗が激しい。そんな暇があるならいち早く主力部隊を修凱骨の下へ送り出すことが先決。
「なれば私たちもその道を切り開く!」
 椿 奏司(ia0330)の言葉で【百花】の部隊と佐久間 一(ia0503)を始めとする小隊【冥土】の面々が、修凱骨への道を開かんと恵皇の動きに合わせて切り込んでいく。
「開いた道を閉じさせはしない‥‥確実に仕留めていきましょう!」
 そう言って符を放つ青嵐(ia0508)。呼応するは同じ隊の朱璃阿(ia0464)。その名の通り陰陽師二人が主力となる小隊【輪唱師】。二人の放つ符によって宙を舞う鬼面鳥が落とされていく。
 同時に連隊を組んで波状攻撃を仕掛けにかかる【犬神隊】の面々。それを支えるは回復と支援を担う同隊の巫女たち。
「さぁ、怪我した人はこっちですよぉ!」
 口元に手を当てた万木・朱璃(ia0029)の声が響き渡る。
 とにかく速さが肝心となる今回の作戦において、少しの戦力の低下は致命的となる。そのため回復を担う巫女もまた前線に出て負傷したものを即座に治療していく。
「さぁ早く‥‥今治します!」
 開拓者たちよりも更に被害の大きい瑞鳳隊の面々の治療に、普段は叫ぶことのない沢渡さやか(ia0078)も声を荒げる。それほど戦況は激しさを増してきている。そして回復役が前線に出てくれば、当然敵はそれを潰しにかかってくる。
「ギャハ! 雑魚は俺の相手でもしてりゃいーんだよ!」
 不気味な笑いを浮かべるブラッディ・D(ia6200)は、持ち前の体術を生かして巫女たちを狙う敵を蹴散らしていく。
 目的を明確に、そして仲間のためにそれぞれが全力を尽くす。その思いはやがて目に見える形となって現れ出す。
 アヤカシの群れの中に突如出現した一本の道。その向こうには八本の腕を持ち瘴気を纏う巨大な骸骨―――修凱骨の姿。
 それを確認したジンベエ(ia3656)と立風 双樹(ia0891)は互いに顔を見合わせ静かに頷く。二人はできた道の両端へと斬り込むと、それぞれがアヤカシを押さえ込む。 「ここで討たねば後が無い。往けぃ!」
「あんたら‥‥!」
 ジンベエの言葉に修凱骨戦のために力を温存していた主力部隊の面々が驚いた表情を見せる。
「ここは僕らに任せて‥‥さぁ早く!」
 反対側でアヤカシと対峙する双樹もまた続けて叫ぶ。
「皆が作ったこの一瞬‥‥一気呵成に攻め立てる!」
 全てを賭してこの攻撃にかける―――その思いを胸に抱き、天寿院 源三(ia0866)は開けた道を進んでいく。その手に自らの所属する小隊【百鬼夜行】の家紋を掲げて。
 皆の気持ちは同じ。目指すは敵の頭、修凱骨ただ一点。


●全力戦。
 激しい消耗戦。
 その中で仲間たちが開いてくれた道。
 全てはこのときのためにあったこと。
 今開拓者たちの目の前には巨大なアヤカシ、修凱骨が悠然と立ち塞がっていた。
「で、でかい‥‥」
 クロウ(ia1278)は呟きと共に修凱骨を見上げる。
 若干宙に浮いたように浮遊する修凱骨の大きさは標準的な大人の男性約三人分。その大きさもさることながら、放つ瘴気の圧力は他のアヤカシとは全く異なる禍々しいモノだ。
「怯むなよ‥‥いくぜぃ!」
 攻撃の開始を告げるかのように吼えるルオウ(ia2445)。それと共に動き出す道を越え辿り着いた仲間たちと一部の瑞鳳隊面々。
 まず特攻をかけたのは血気盛んな瑞鳳隊。修凱骨を囲むように布陣した彼らは、多方向からの同時攻撃を開始する。彼らの刃が修凱骨に届かんとしたその時―――修凱骨の八本の腕が一斉に振るわれ、切り込んだ瑞鳳隊の身体から一気に鮮血が飛び散る。
「ぐはっ‥‥ぜ、全方位からでもダメだと言うのか‥‥!」
 地面を紅く染めつつも修凱骨から視線を外さないのはさすがというべきなのだろうが。それでもなお敵に向かう仲間を柊沢 霞澄(ia0067)が諌める。
「これ以上はいけません‥‥! 一旦下がって傷の手当を!」
「し、しかし‥‥!」
 敵を目の前に背中を見せるわけには、と食い下がる瑞鳳隊の志士たち。
「‥‥戦いはこれで終わりではない、ですよ‥‥?」
 普段は病弱で物静かな苗代 沙耶(ia5382)が、死なせたくない思いの強さなのか、強い口調で彼らを説き伏せる。
「苗代さんのおっしゃる通りです‥‥さぁこちらへ。他の方も一旦下がってください」」
 霞澄の言葉に続けるように朝比奈 空(ia0086)は瑞鳳隊の面々を下がらせる。
 修凱骨を前に攻め手が少ないのは最初から分かっていたこと。
 だがそれを攻略するための策は既に仲間が練っているはず―――そう信じた空は修凱骨を睨みつける仲間の開拓者たちに視線を送る。
 圧倒的な威圧感を放つ修凱骨の前に対峙する開拓者たち。迂闊に近寄れば先程の瑞鳳隊と同じ目に会うことは明らかだ。
 数刻の間様子見がてら睨みあう両者。だがそれも一瞬のこと、すぐさま開拓者たちが動き始める。
「まずはその動き‥‥止めさせてもらう!」
「あ、雪彼もやる~」
「僕も負けてはいられませんねっ!」
 顔の横で構えた符に力を込め、黒き蝶を修凱骨に放つ月城 紗夜(ia0740)とそれに続けて呪縛の式を呼び出す水鏡 雪彼(ia1207)。更に被せるように滋藤 御門(ia0167)も式を放つ。突撃した陰陽師達による一斉呪縛。様々な型を象った式が修凱骨のそれですら完全には動きを止めることすらできない。
「これでもダメだというのか‥‥!?」
 ギリリと奥歯を噛む紗夜。何重にも重ねた呪縛符は、決して弱いものではない。普通のアヤカシならば動くことすらままならないはず。改めてその力の大きさを知らされる。だが、動きが極端に鈍くなったことは間違いない―――好機。
 それを確認した前衛陣は左右両側に展開。そして右翼側に布陣した小隊【華夜楼】の野乃宮・涼霞(ia0176)は、同隊の仲間たちに加護の結界を張り巡らせていく。
「これで少しは持つはずです‥‥死んではいけまんせんよ?」
 この緊迫感の中、にこりと微笑む涼霞に一瞬だけ微笑を返した仲間たち。
「これでも食らえっ!」
 右翼の音有・兵真(ia0221)が鎖分銅を投げるが、動きを捕らえきれずに一度弾かれる。僅かな焦りが心に生まれ――鎖を戻しながらも内心を鎮め、【華夜楼】の仲間の協力を得て、再び試みる事で絡みつける事に成功した。鎖がかしゃりという音を立てる。勿論それだけでどうこうできるものではない。が、それを見ていた瑞鳳隊の動ける人間も、同じように左翼側から鎖分胴を投げつける。
 一本、二本と絡みつく鎖は呪縛符で動きの鈍った修凱骨の身体に次々と巻きついていき、さらにその動きを制限する。
「力は重ね合わせて強くなるモノ―――そう、それが私達の力だ!」
 沢村楓(ia5437)の言葉と共に鎖分胴の先を持った開拓者たちが一斉にその鎖を引き、修凱骨の身体を締め上げる。
 幾重にも重ねた動きを封じるための策。それらは全て修凱骨の八本の腕から繰り出される斬撃を封じるため。そして封じ込めた後にするべきことはただ一つ。
「琉央さん!」
「応!!」
 気合一閃。星乙女 セリア(ia1066)と琉央(ia1012)の二人が放った中距離からの地断撃が、修凱骨の足元目掛けて飛んで行く。轟音と共に衝撃波が修凱骨を襲う。耳障りな咆哮と共に巻きつけていた鎖が一層激しく揺れる。
「放すなよっ! ここで放したら全てが終わりだ!」
 必死で鎖を引く兵真は、同じように鎖を持つ仲間に大声を上げる。
「くっ‥‥早く、足元をっ!」
「任せろ! ここでこの力を使わねば何のために温存していたかわからんっ!」」
 荒れ狂う鎖の放さずに引き続けるのにも限界がある。叫ぶ楓の声を受け、修凱骨の左側面に回りこんだのは紬 柳斎(ia1231)。筋力を限界まで高めた両の腕で、存分に力を篭めた一撃を修凱骨の左足を。
「なればこちらもっ!!」
 劉 天藍(ia0293)は自身の持てる全ての符を投じて右足への攻撃のみに集中する。
 苦悶の声を上げる修凱骨に、更に見えない力の奔流が身体の至るところに食い込んでくる。
「私たちも攻撃に転じます!」
 杖を構えて叫ぶ煉夜(ia1130)を含む、最前線の治療班である巫女たちが放つ『力の歪み』の一斉発射。

 グオォォォァァァァァッ!!!

 長い長い咆哮と共に修凱骨の身体から黒い霧のようなものが立ち昇り始める。
 呪縛符・鎖分胴・そして両側からの斬撃。流れるような連携と絶え間ない波状攻撃。その全てが一つの大きな波となり、ついには巨大なアヤカシ、修凱骨の身体は染め上げる夕闇の中へとその姿を溶かされることとなった。


●凶兆。
 アヤカシ軍最前線を率いる修凱骨の撃破。
 その知らせはすぐに理穴軍や開拓者たちの耳に飛び込んでくる。
 だが勿論それは簡単にもぎ取った勝利ではない。数多くの犠牲の元に成り立っているのだ。
「しっかりしてください! まだこれから、ですよ」
 声を掛けながら傷ついた仲間の身体にそっと手を当てる御剣 詠子(ia1193)。同時に詠子の手から柔らかな風が吹き抜け、負傷した者の傷を癒していく。
 開拓者たちは常に戦場に身を置いているようなものではあるが、そうでない者の中には今回の戦で負った怪我で戦意を失いかけている者もいた。蒼姫幻影(ia1122)はそういった者の傷を癒しながら、今一度奮い立たせるために激を飛ばす。
「巫女である私もこの場にこうしているのです。後ろは支えます。ですからまだ倒れてはなりません」
 ここで負けては護るモノも護れない。それは兵士達にもわかっていること。
 蒼姫幻影の言葉は兵士たちの士気を取り戻すいいきっかけになったのかもしれない。

 修凱骨を討ち取ったことで敵の前線部隊はほぼ壊滅となった。掃討するために動いた開拓者たちの力もあって、その軍のほとんどは退却へと追い込まれた。とはいえ囮部隊の苦戦などで殲滅するまでに至らなかったことが悔やまれる。そして何より現状で残っている最大の障害は、未だ姿を見せてはいない。
「‥‥こっからが本当に正念場だぜ」
 戯 伊穂理(ia0607)は呟きながらそっと暗い空へと視線を送った。

 同時刻。
 既に大地が闇に染まり、ただ丸い月がぼんやりと辺りを照らす頃。
 偵察に出ていた一人のシノビは、緑茂の里から太い、とにかく太く、そして地を震わせる獣のような声を聞いていた。

<担当 : 夢鳴 密>


●負傷者一覧

●重体者
(能力が著しく減退しているので注意のこと)
霧崎 灯華 (ia1054)
斎 朧   (ia3446)
風雲・空太 (ia1036)
天河 ふしぎ(ia1037)

●負傷者
(生命力・練力・気力が減少しているので回復を勧める)
赤マント  (ia3521)
水鏡 絵梨乃(ia0191)
羅喉丸   (ia0347)
九重 除夜 (ia0756)
小野 咬竜 (ia0038)
蘭 志狼   (ia0805)
滝月 玲  (ia1409)
神無月 渚 (ia3020)
天宮 綾  (ia7957)
柚月    (ia0063)
無月 幻十郎(ia0102)
小伝良虎太郎(ia0375)
戦部小次郎 (ia0486)
巫 神威  (ia0633)
八重・桜  (ia0656)
柳生 右京 (ia0970)
霧葉紫蓮  (ia0982)
暁 露蝶  (ia1020)
柏木 万騎 (ia1100)
柊・忍   (ia1197)
巴 渓   (ia1334)
張 林香  (ia2039)
御神村 茉織(ia5355)
焔 龍牙  (ia0904)
伊波 義虎 (ia1060)
本堂 翠  (ia1638)
錐丸    (ia2150)
飛騨濁酒  (ia3165)
鴇ノ宮 楓 (ia5576)
魅魔    (ia0462)
梓     (ia0412)
緋桜丸   (ia0026)
風間・総一郎(ia0031)
純之江 椋菓(ia0823)
九法 慧介 (ia2194)
真珠朗   (ia3553)
上条 詩歌 (ia4532)
菊池 志郎 (ia5584)
藍黒龍   (ia6810)
瑞乃    (ia7470)
アルティア・L・ナイン(ia1273)
ウェルゼス・バークレー(ia0180)


(監修:クラウドゲームス、音無奏)


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