■サイドストーリーとは サイドストーリーとは大規模のOP・リプレイなどでは描けない、 フェイズとフェイズの間幕、あるいは後日談を描いた小説形式の文章です。 NPCが基本的にメインとなりますが、状況に応じてリプレイの補完的な、開拓者が登場する小説も予定しております。 読まなくとも成否には特に関係ございませんが、より舵天照の世界を楽しんでいただくために、ぜひご閲覧ください。 ![]() ■ストーリー(事件の成り行き) ●陰殻の法 陰殻上忍四家――陰殻最大の氏族であり、多くの里を支配下に置く。 彼等は、外敵に対して一致団結して戦う一方、陰殻における主導権を巡っては陰惨な争いを繰り広げていた。陰惨な――そう。派手さは無い、陰惨な争いだ。アヤカシとも戦わねばならぬ昨今、兵を動かして派手に争えば、それは国力の疲弊に直結する。 然らば。争いは静かに。 陰謀を、策を弄し、毒を伏し、極々少数の者達を犠牲に留めて行われる。 シノビは、その地位を増すに従って里や氏族全体に対する責任を負い、一定以上の地位にある者は、時に、その抗争の因果を背負ってこの世を去る。 戦はせぬ。 恨んではならぬ。 それこそが、上忍四家の間で合意された、陰殻の正義。ここ陰殻では『そういう事』になっている。そうでなくてはならぬ。そうでなくては、一族郎党、互いに殺し尽くして、後に何も残らぬ。 だが‥‥時に。思いも掛けぬ気の緩みから、その均衡、掟が崩れる時もある。 「許して下さい‥‥」 誰かの呟きが、暗がりに聞こえる。 とある里、里長の屋敷。 小さなその屋敷、居間は、血の海と化していた。畳が血を吸い込み、障子や壁には身体の一部がべったりと張り付く。床の間にもたれかかって絶命したその男は、最後の最後まで戦い、果てたのであろう。手斧の柄は、食い込まんばかりに握り締められていた。 その男の目の前で、全身に傷を負い、肩を荒く上下させる女。 彼女は、手にした苦無を取り落とすや遺体にすがり付き、そっと抱き締めた。 「但馬様‥‥但馬様‥‥っ」 繰り返し名を呼ぶ女。寝室の隅、血に濡れた編籠の中から、赤子の泣き声が居間に響き渡った。 ●罠 並ぶシノビ達を前に、全身包帯だらけの女性が腰掛けていた。 包帯は至る所に血が滲み、彼女自身、座っているのがやっとのようにも見える。包帯の隙間から、ちらりと眼が覗く。 「夫、朧谷但馬は死にました」 「どういう事ですかな」 まさか、という怒り。信じられぬ、という想い。 居並ぶシノビ達は、呆然とした後、直ちに、憤怒、怨恨を綯い交ぜにした表情でその女性――氷雨を睨みつけた。 「余計な詮索は無用」 「なる程」 「夫の死により、朧谷の里は長子、秋郷が継ぎます」 「でしょうな」 先頭に座る老人が、小声で頷く。 「されど‥‥げほっ、秋郷は幼少故、政務を取り仕切れません。よって、里の掟に則り、私が後見を勤めます」 殺気に、空気が張り詰められてゆく。 「道理です」 「では、心して聞いて下さい。この里は、これより諏訪流を外れ、北條流の里とな――」 「づぁっ!」 彼女が言い終えるより早く、先頭に控えし老人が跳んだ。 袖の中より仕込み刃を抜き放ち、氷雨目掛け一足跳びに襲い掛かる。 火花が散った。 老人が抜いた白羽を受け止める刀。 いずこより現れたのか、頭巾を被ったシノビが、その刃を鉄甲で押し防いでいた。そのシノビに続き、次々と現れるシノビ達。里の者ではない。おそらくは、北條の手の者だ。 「迂闊‥‥迂闊! 迂闊! 迂闊ッ!」 ゆっくりと刃を納め、老人は吼える。 「しょせん、余所者であったか!」 「‥‥」 「油断した我等に咎があると、そう申されるのだな‥‥!」 「‥‥」 氷雨は、何ら答えなかった。 黙って眼を閉じる彼女へ背を向け、朧谷の衆は退出した。 肩を落とし、怨嗟を背負って足取りは重く、集会場を振り返りもしないシノビ達。帰宅した先の老人、その耳に顔を寄せ一人の若者が説いた。 「義父上殿、このまま見過ごされるおつもりか。このような無法を許してよい訳がない。まずはあの女狐めを――」 「掟は掟。法は法であるぞ」 「だが、約定を先に違えたのは犬神でござる」 「‥‥」 老人が眉を持ち上げる。 「約定は既に失してござろう」 「‥‥いや。無理じゃ」 「ご老――」 言いかけた男を手で制し、老人は庵に腰掛けた。 「彼奴等とて、女が狙われる可能性については重々承知の筈。だからこそあれだけの援軍を入れておる。今命を狙う事はできぬ」 「ならば、このまま泣き寝入りか!?」 語気を荒げ、詰め寄る男。対する老人もまた、憤怒の表情を浮かべ、眼を向ける。 「‥‥なればこそよ」 ●報復 「おぬし、どうやって氷雨を動かしたのだ。何かの術か?」 「術だけでは御座いません。トドメの一言で、彼女は決意致しました」 大柄な男の隣で酒を注ぐのは、白肌の美しい一人の女性。 「ほう?」 「女は女同士、一番の弱点を知るものでございます」 「全く、恐ろしい女だ」 「そうで御座いましょうとも」 彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、男へちびちびと酒を注ぐ。 「ところで、そなたの言葉は本当であろうな?」 「おや。疑って御座いますので‥‥?」 男の言葉に、女はくすくすと笑った。 ぐいっと酒を煽って、女を抱き寄せ、問う。 「ぬしはアヤカシじゃ。疑うて当然であろう?」 「でしたら、以前申し上げた通り、我々としては、強硬にアヤカシの討伐を主張する北條が邪魔なので御座います。あなたさまのように話し合いの通ずる相手が頭領となれば、我らもやりやすい‥‥」 「ふふふ‥‥まったく恐ろしき女じゃ――のう!」 男の懐より小刀が走った。 「!?」 女の喉に深々と突き刺さる小刀。女は、声を上げる間も無くその場にどうと倒れる。彼はすっくと立ち上がると、彼女の傍らに膝をつき、小刀に手を伸ばした。 「貴様はもう用済みよ。俺がアヤカシ如きにおもねるとでも思うたか」 ぐっと掴んで小刀を抜く。 鮮血がぱっと飛び散り、彼の顔を汚した。 「ふん。なまじ小才が聞くから命を縮めるのだ」 にやりと笑い、立ち上がろうとする男。 ぐにゃり。 その瞬間、彼の視界が歪んだ。突如として眩暈に襲われ、酩酊したかのように、その場で尻餅をついてしまう。何が起こったのか解らない、という顔をする男の目の前で、喉を真赤に染めた女が、ゆらりと起き上がった。 「ふふふ、用済み、用済み‥‥殿方は怖いですね」 女は喉に指を突き入れ、べっとりと血に塗らすと、指に舌を這わせて嘗め回す。 「けれど、用済みになったのは貴方様のほうに御座います」 「何‥‥を‥‥」 俺を北條の頭領に据えて操るのが貴様らの目的だった筈だ――彼の眼が問い掛ける。その意を察してか、彼女はうっすらと笑みを浮かべ、男の顔を覗き込んだ。 「私が欲しいのはもっと別のものなのです」 喉に傷があろうがお構いなし。 喉を振るわせる事もなく、その女は喋り続ける。 「出自を嘆き、掟を恨み、この世を憎む‥‥私の望みは甘美な絶望。貴方様に興味は御座いません」 「ぐ、ぬぬ‥‥」 身体に、思うように力が入らない。 「後始末は彼等がして下さいましょう。それでは、さようなら」 女は――狐妖姫は、くすくすと笑いながら姿を消す。 直後、部屋の襖が開いた。男はハッとして振り向く。 見かけぬ顔。里の者ではない。 「犬神伊介。覚悟せい」 数名のシノビが部屋へ踏み入った。対する男は動く事もままならず、近寄るシノビ達から逃げる事さえできず、そして――その里長は消息を断ち、後日、遺体となって発見された。原型も留めぬ、凄惨な遺体となって。 ●賭仕合 少女が、煙管に煙草を詰め始めた。 「困ったものじゃのう‥‥」 二人の頭領を前にして、慕容王はゆったりと膝を崩した。 ふっと煙を吐き、だらりと縁側に腰掛ける。 対する二人の頭領も、畏まって座っている様子は無い。一人は部屋の隅で佇み、もう一人は囲炉裏の火をじっと見詰めている。 「命は聞かぬか」 「聞きませぬ」 囲炉裏の火を見詰める眼鏡の男性――諏訪顕実(すわ・あきざね)だ。 「はてさて」 「その恨み、怒りや凄まじく。また、諏訪流の強硬派はこれに乗じて事を起こさんと策動する始末」 「流派の利を代表する我らの言葉では、遺恨を残しましょう‥‥」 もう一人の女性、北條李遵(ほうじょう・りしゅん)もまた、その部屋の隅で頷いた。諏訪流と北條流、その二大流派が一丸となって敵対している訳ではない。敵対しているのは、先の犬神、朧谷を含めた一部。 だが、それとは無関係に、流派の意地を守らんとする強硬派がいるのもまた事実。 「賭仕合か‥‥」 「それしか無いかと存じます」 慕容王の言葉に答える顕実。 「妙な動きがあってもか」 「えぇ」 その妙な動き、とは、犬神の里長が突然に変節した事や、呆気なく討たれた事への疑念だ。だが、二つの里は、既に一種即発の状態にある。事実を究明するには時間が足りない。 「‥‥解った。賭仕合で勝敗を決しよう」 呟く少女の言葉に、二人は静かに頷いた。 「よし。なれば構わぬ。後はこちらで処理しよう」 二人は、礼を告げ、その場を静かに辞する。 後に残された慕容王は、煙管を加え、座布団に腰掛けて机を前にした。一枚の紙を取り出し、筆を走らせる。 あるいは、陰殻に生まれず、シノビの法に縛られぬ生き方を歩んでおれば、このような掟は無意味であると感じたかもしれない。が、シノビとして生まれ、シノビとして生きてきた。知識として知っている事と、実際にそう生きられる事は違う。今更、陰殻らしからぬ生き方はできないだろう。 筆を置いた己の頬に、薄っすらと笑みが浮かんだ。 心のどこかで、わくわくしている――それみた事か。やはり、私には無理だ。 (イラスト : ジライヤ。同体系パートナーの一種) |