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神楽の都-拠点-開拓者ギルド-万商店-広場-修練場-図書館-御前試合--鍛冶-記録所-遺跡-瓦版
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【神代】あらすじ
依頼(開拓者ギルドへ)
味方(関係する人物)
OMC発注
【神代】懐かしき空の声

■もくじ



【神代】懐かしき空の声
■詳細な経緯(これまでのOP)

●影武者
 八咫烏にて、穂邑に「徴」が現れたという。それを、朝廷は予測していたのか、それとも彼らにとっても不測の事態なのか。八咫烏から戻った彼女のもとに、まるで待ち構えていたかのように現れた「朝廷からの使い」は、穂邑を亡き者にせんと襲い掛かった。その動きは、勅命を受けていた浪志組にとっても寝耳に水だったようだ。

 ――どう動くべきか。穂邑に現れた異変を前に、知らせを受けた大伴老は黙考する。勅が即ち朝廷の意思であれば、従うべきだ。だが、朝廷と呼ばれる物が一枚の岩ではない事を、老人は知っている。この異変を機に蠢く意思は誰のものなのか、より端的に言えばどの勢力の者なのか。帝に近いものなのか、それとも追いやられた一派なのか。浪志組は利用されただけなのか、彼らにも何かの思惑があるのか。老人にも読めぬ事が多すぎる。
 その駆け引きの裏も見えぬ間に、年端もいかぬ健気な娘を委ねるべきなのかといえば、否だ。彼女に訪れた「徴」は、恐らく過酷な将来を約束する鎖。穂邑の存在が朝廷の、いやこの世界の未来を明るくするために使われるのならば、彼自身が言葉を尽くして彼女を説き伏せよう。しかし、その確信が持てぬ間は動くわけにはいかぬ。

 開拓者ギルドという組織の名に懸けても、悪意ある存在に彼女の身柄を奪われるわけには、いかない。大伴老は意を決して立ち上がった。

「なんつーか……面倒くせぇ事になったなぁ」
 黒字に赤のだんだら羽織をまとった浪志組に包囲された長屋では、苛立ちを隠さずゼロががしがしと髪を掻いた。
 今のところ相手方に目立った動きはないが、睨み合いも長くは続かないだろう。かといって状況を打破する妙案など浮かばず、もどかしく呻いていれば。
 にゃぁん、と、足元の暗がりで猫が鳴いた。
「てめぇ、こんなトコで何してんだ。逃げねぇと騒ぎに巻き込まれて、蹴っ飛ばされちまうぞ?」
 長屋に出入りする野良猫の一匹かとゼロは身を屈める。しかし、次に猫が発した声に表情を強張らせた。
『儂は使いよ。ゼロとやら、其方に文を届けに参った』
 猫――否、猫又に言われるまま、ゼロは首輪より仕込まれた文を取り出し、広げて内容を改める。
「じーさま、恩に着るぜ」
 読み終えたゼロは開拓者ギルドの方角へ僅かに頭を垂れ、大股で穂邑の元へ向かった。

 重傷を負った穂邑だったが、居合わせた開拓者達の手当の甲斐もあり、命に別状はない。その日の夕刻には、目を開け、周囲はほっと息をついた。
「私のそっくりさん、です?」
 目を覚ましたばかりの穂邑はゼロから話を聞くと、きょとんとしたようにそう返す。開拓者から選ばれた娘たちは、年恰好の似た物ばかり。長屋の中に忍びこむ曲者を欺くために、急ぎ手配したものたちだ。よくよく聞けば、幼い声や華やいだ声など差があるが、着ている物や髪型などはなるべく合わせている。
『まあ、俺達を騙せるわけないし』
 狛犬二匹はそんなことを言って布団の脇に座っていたが、囮役の少女たちもご丁寧に狛犬を連れていた。よくみれば忍犬やら管狐やもふらやらが仮装しているようだが、遠目にはごまかせるだろう。多くは彼女たち自身の相棒ではないらしく、その為に別の開拓者が付き添っているケースもあるようだ。
「ま、早い話が影武者って奴だな」
「‥‥わかりました」
 それ以上を説明せずとも、穂邑は頷く。実感はまだ湧かずとも、八咫烏に向かう使命を受けた時に予感はあったのだ。自分が、これまでに想像したこともない何かである事を。そして、何らかの渦中の身となった自分が周囲に守ってもらう事が、必要な事も。それは、受け入れやすい事ではなかったが、受け入れなければならない事とわかる程度には、彼女は大人になっていた。
「でも、それで本当に騙せるのか?」
 一部始終を聞いた朱真は未だ疑わしげな顔のままで、文を仕舞ったゼロが片眉を上げる。
「騙せるかどうか、試しにてめぇも化けてみるか」
「嫌だ」
 睨んで即答する朱真にゼロはからからと放笑し、そんな友人や義兄らのやり取りに気を張っていた穂邑も僅かに笑みを零した。



●徴
「皇后の徴……?」
 突然の言葉に、森藍可の瞳が鋭い色を見せた。
「さよう。かの紋様はそれに違いなく」
「かような話、聞いたこともありませんが」
「実に百年ぶりのことにありますれば」
 朝廷より訪れた数名の使者を前に、流石の藍可も姿勢を低くその話を大人しく拝聴している。ことの起こりは、八咫烏の制御に関する神降しの儀を調べている時のことであった。その最中、依頼に同行していた穂邑の身に突如として紋様が浮かび上がり、八咫烏が制御可能となったという。
 それが、后たる資格を持つ、その徴であるというのか。
 浪志隊は兵を武装させ、穂邑を御所まで護送せよ――それが命令である、が。
「どうも、気に入らねえな」
 使者らが辞した部屋に真田ら数名を座らせ、藍可はぷいっと煙を吐いた。
「『勅』なのだろう?」
「……それが気に入らんと言ってンだ」
 服部真姫の言葉に言って返す藍可。
「勅とあっては従わざるをえません」
 柳生の言葉に頷きはするも、妙な違和感は拭い去れず。それはこの場に居た四人にとって共通のものであった。


●事件
 神楽の都を、ものものしい一団が進む。
 筆頭局長である森藍可をはじめ、局長格真田悠、副長から柳生有希、使者らが乗った駕籠が三台に、空駕籠が一台。空駕籠は穂邑を乗せるためのもので、これらに四部隊、臨時雇いの開拓者も加え計五十数名である。各自思い思いの装備に身を固めた集団が、揃いの羽織を風にはためかせていく。
「なんだなんだ?」
 開拓者長屋の並ぶ紅坂に差し掛かると、好奇心旺盛な開拓者らが長屋の中から顔を出し、浪志隊を出迎える。中には知り合いもいて何事かと声を投げかけるも、流石に任務中だ。隊士の顔が話しかけるなと訴えていた。
 長屋の一角で足を止め、有希が障子戸を前に背筋を伸ばした。
「穂邑殿はご在宅か」
 周囲がしんと静まり返る。ややして戸を開いた穂邑は、ぎょっとした様子で隊を見回し、十和田老人が不在でよかったと胸を撫で下ろした。野次馬に集まる開拓者らを、隊士らが押し留める。
「あのう、これは……?」
「……ご同道願いたい。委細についてはご使者殿から説明がある」
「使者?」
 思わず問う。問うて、駕籠から降りた死者らへ目を向けた。しずしずと先頭を歩く年老いた使者に年若い使者二人が続き、老使者は静かに口を開く。
「勅である。謹んで拝聴し――」
 その身体が、どんと弾き飛ばされた。
 何かがきらめいた。
 突然のことだった。冬の寒空の下、太陽の光にきらめく白刃が真赤に染まった。誰が反応できよう。周囲の野次馬を警戒こそせよ、当の使者本人ら自身を。
「つっ」
 首をおさえ、穂邑がよろめいた。
「とどめ!」
 再び鮮血が舞った。反射的に動いた真田の刀が一閃した。目を白黒させる老使者の目の前で、若い使者の手首が、短刀を掴んだままごろんと転がった。彼は忌々しげに自らの腕を見やり、それでもなお動きを止める様子はなく、
「貴様ァ!」
「森殿! 殺――」
 殺すな。柳生が叫ぶより早く、使者の胴が腰から離れた。吹き上がる鮮血を浴びた藍可が、槍を振るって血を払う。即死だ。
 周囲の開拓者らがわっと動き始めた。
「隊医!」
 真田は大声を張り上げ、刀を鞘へ収めながら振り返る。
「ご使者殿、これはいかな了見か!?」
「わ、わ、わわ私、私は……」
 老使者は真青な顔に一筋ばかりの汗を浮かべ、まるで酸欠の鯉か何かのように口をぱくぱくさせ、胴と腰が離れ離れになった部下の死体を凝視している。
 思わず舌打った。
 辺りはますます騒然とし、駆け出した隊医が何と誤認されたか開拓者に行く手を阻まれている。壁にもたれ掛かってうずくまる穂邑の元へ駆け寄ろうとした真田の前にも、数名の開拓者らが割り込んだ。
「くっ」
「どういうつもりだ!?」
「ふざけるな!」
 飛び交う怒号。
 返り血を浴びて真赤になった藍可が声を荒げる。
「今のは誰だ、ツラ出しやがれ!」
 言われて黙っている開拓者らではない。対する浪志隊とて血の気に掛けては市中随一だ。離れろ、身柄を渡せ、何事だと言い争ううち、刀の柄に手を掛ける者、術印を組む者らが現れる。徒手空拳だった開拓者らも懐へ手をやり、あるいは得物を取りに走りはじめた。
「有希! 森さんを抑えろ!」
 真田が叫んだ。
「全員退け! 手を出すな、退け!」


●包囲
 神楽の都、紅坂の一角に篝火が燃え盛る。
 長屋の通りには家具が積み重ねられ、長屋の屋根の上には開拓者らが腰を下ろしている。増援を加えた浪志隊や、狩り出された守備隊の兵らが辺りをぐるりと取り囲み、長屋一帯にぴりぴりとした緊張感が漂っていた。
「あの使者さまはどうした」
「貴族屋敷に逃げました」
 てめのけつを拭く気がないのか――森の呟きに、有希が溜息を漏らした。
「今、真田さんが貴族屋敷へ向かってます。いま少し待っていただきたい」
 一方、長屋側でも溜息が漏れていた。
「全くどうしたものかな」
 開拓者らが額をつき合わせる中、ゼロが唸る。穂邑は一命を取り留めた。傷は深かったが、手練れの開拓者らが大勢隣り合わせるこの紅坂だ、腕の良い癒し手には事欠かない。既に様態は落ち着き、今は静かに寝息を立てている。
 下手人たる使者の死体は一応布にくるまれ、現場にまだ残されている。
 できることなら生かしたまま捕らえたかったのは、浪志隊も開拓者らも同じだろう。もっとも、森の弁によれば「穂邑の護送」が勅命である以上、かの使者は勅に反するは逆賊であり、これに天誅を下すことは当然である、とのことだが。ああいった人物ながらに弁が立つのはやはり育ちの故なのか。
 その浪志隊からは穂邑の護送が本来の任であることを添え、改めて穂邑を引き渡すよう通告があったが、はいそうですかと渡すつもりなど毛頭ない。
 ――が、それはそれとて落とし処をどうするかである。



●一触即発の危機!?
 昨日、神楽の都は開拓者長屋の集中する紅坂にて起きた事件は、どうやら収束に向かったようである。
 長屋の中には浪志組が入り、開拓者らと共に穂邑穣の護衛に当たるという。
 勅が 無効になったとの憶測も広まる中、長屋から出立の準備も続いており、
 予定通り護送されるとの情報もあるようだ。

 現場からの連絡によれば、事の真相を浪志組の”暴れ”筆頭局長森藍可氏に問いただしたところ、
 酒臭い様子で大仰に笑うのみだったという…。



●仲介
 藤原のもとから戻ってきた真田悠は、憮然とした表情で床机に腰を下ろした。
「知らぬ存ぜぬ、だとさ」
「しかし、少々様子が変ではありました」
 天元恭一郎が続けて口を開く。
「朝廷……少なくとも藤原卿の与り知る限りでは、穂邑殺害の意志は無い、と見ます」
「だったらもう少し協力的でもいいと思うが?」
「……」
 柳生は考え込むように首を傾げる。
「まだ何か隠してるな……今回の事件で、身動きが取れなくなるような秘密だろう」
「あのう……」
「誰だ?」
 張り詰めた空気を惑わすような、少女の声。真田がひょいと首を持ち上げた視線の先には、九番隊の隊長に任命されたばかりの司空亜祈が佇んでいる。
「長屋の代表者の方をお連れしました」


「……軽挙妄動は慎めと言っていたろう?」
 事の経緯を聞き終えた有希の、静かながらも鋭い視線に、亜祈はびくりと肩を震わせた。
「まぁ、待て」
「真田さん」
「穏便にことを済ませたくての行動だったんだ。言いたい事は解るが、そいつは後だ……そういや、猫又は無事だったか?」
「え、あ、はいっ」
 こくこくと頷く。
「そうか。そりゃよかった。ま、この雪の中をあんまり待たせても何だ。森さんを呼んでくれ、話を付けに行こう」
「いや、筆頭局長は抜きで」
 立ち上がる真田の隣、有希がささやいた。怪訝そうな表情を見せる真田だが。
「あの人がいちゃ、まとまる話もまとまらない」
「機嫌を損ねちまうよ」
「それに、暖をとる為に今一杯やっているところだ。それこそ機嫌を損ねちまう」
「ム……」


●手打ち
 ぱらぱらと雪が降っている。辺りは既に暗くなり、篝火の炎が辺りを照らしていた。
 包囲側と長屋のちょうど中間点、水堀に掛かった橋を前に、ゼロと、数名の開拓者が焚き火を囲んでいた。と、そこへ真田、有希、それから仲介をした亜祈の三人が進んできた。彼らは焚き火から離れ、橋の上で三人を出迎える。
「元々、穂邑の身元引受人でな。まあ代表ヅラしてるが、細かい話は苦手だ」
 ゼロがにっと口元を綻ばせ、真田はつられて笑った。
「そりゃ奇遇だ。俺も細かい話は苦手でさ」
「局長」
 有希が口を差し挟む。
「それで、こうして出てくるってことは、何か進展があったのか?」
 真田に代わって問う有希に、こちらもゼロに代わって一人の開拓者が書状を取り出した。
「これ、なーんだ!」
 虎耳をぴくつかせ、羽喰 琥珀(ib3263)が悪戯っぽく笑う。白い前歯を見せて笑うと、犬歯がにょっきり顔を出した。
「ん? 穂邑からの言伝か何かか?」
武帝さんの直筆書状
「フフ、へんな冗談だな。何が書いてあるんだ?」
 突飛なその言葉に思わず目を細める有希の前で、琥珀はむっと頬を膨らませる。
「だったら読んでみなよ」
「……」
 まさか――そう思いながら書状を受け取る。
 だからといって、読んで解る筈もない。武帝直筆の書を他で目にしたことがあるでなし、私印も押されているのが解るが、それもまた同じくだ。だが、そこには確かに、無用の混乱を望まぬこと、穂邑の意向を尊重してやることなどが記されている。
「えっ、えっ、本当に帝さんの……?」
 きょとんと目を丸くする亜祈。が、
「貴様は何も見なかった。決して口外するなよ」
 有希が告げる。
 軽く書状に目を通して、真田は参ったように頭を掻いた。
「ホントかこれ? だったら大したもんだぜ。御所くんだりまで遊びに行ったのか」
「大変だったんだかんな!」
「うんうん」
 ゼロが頭をぽんぽんと叩く。
「それにどうも、皇后の徴だってのもでっち上げらしい。武帝さんに言わせりゃ、ありゃ、神代じゃないか、とさ。明言はしてないがね」
「……あの狸め。いや、面構えは狐かな」
 真田が言う狐とは、藤原保家のことだ。藤原のもとへ押しかけたさい郁磨(ia9365)をはじめとして数名が穂邑に顕れた「徴」とは神代ではないかと問うた。当の藤原はのらくらとかわしたが、全く予想外のところから秘密が漏洩したものだ。まさか、武帝の口からしれっと語られようとは。
「それに、アヤカシの姿がチラついてやがる」
「翔か」
 背後から現れた一番隊隊長天草翔が寒そうに肩を震わせ、雪を踏みしめる。
生成姫です
 萌月鈴音(ib0395)が、おずおずと一歩を踏み出した。
「生成姫には「子供」がいます。攫った子供を一から育て、自らの手駒とするのです……アヤカシではありません。自らの命も顧みず、人として暮らし、ある日突然牙を剥くのです、最悪のタイミングに、最悪の形で……」
「なるほどね」
 合点が言った、と頷く翔。
「あの市木何某ってな、俺の命狙いやがったよ。あと屯所から報告。開拓者ギルドから護大が奪われたってさ」
 重要な事件もどこふく風と、翔は欄干の雪を払って腰掛ける。ゼロは己の額を拳で小突く。真田は己の両頬をばちんと張る。
「おのれの馬鹿たれめ、手玉に取られたか!」
「こっちだって同じさ」
「それを踏まえた上で聞いてくれ。ひとつ提案なんだが――」
 不破 颯(ib0495)が人差し指をひょいと立てた。
「穂邑さんの護衛と、事態解明、危険の排除は、開拓者と浪志組双方で協力する、という形はいかがだろうか。不審者を排除するのに、穂邑さんの顔見知りが多いのは有益だ。それに、穂邑さんの身柄がすぐ傍にさえあれば、そちらとしても筋は通るだろう?」
 その場に居たほとんど全員が、互いに目配せをし、頷きあう。
 ゼロと真田が、最後にごつんと拳を打ち合わせた。
「だったら決まりだ!」



●渡鳥
 いずこよりか、声が聞こえた。
 それは静かでいて、それでいて暖かく、魂を揺り起こされるような音色だった。声はただ声であって、言葉ではなかった。だが、確かに解るのだ。声が自分を呼んでいることを。
 五行国、渡鳥山脈東北域――祭壇に影を落として、八咫烏は雲を煽りゆっくりと進む。
「進路、高度よし、待機姿勢。宝珠安定」
 操船に集中する開拓者らが駆け回る。機関室では宝珠の出力が安定化され、八咫烏が空中にその身を止めた。穂邑は甲板に空を見上げた。降って来るような星空の下、声は深くに薄れ消え、聞こえるは自分の鼓動ばかりだった。


●五行国
「結陣郊外のアヤカシの軍勢は遠巻きに半包囲陣を敷き……」
「武天国より風信。援軍は国境線付近にて接敵し……」
「各地の守備隊は連絡を遮断され……」
 五行王架茂天禅のもとへ届けられる報告は、決して朗報とは呼べえぬものばかりであった。
 生成姫が遂に動いた。
「渡鳥山脈へは、陰陽寮生を中心に二百ほどを派遣致しました」
 軍の実戦指揮を担う矢戸田平蔵が、重々しく告げた。
「二百か」
「ハ。しかし、虎の子の二百でもあります」
 五行国とて、ただ黙って手をこまねいていたばかりではない。情報の収集に努め、生成姫の動向には最大限の注意を払い続けてきた。が、しかし――これほどまでとは。架茂王は深いため息と共に目を閉じた。
 生成姫による「汚染」は想像以上であった。
 その汚染とは、魔の森のように目にこれと見えるものではない。それは子供の姿を借り、人の心に入り込み、さながら病魔が潜む如く世を蝕んできていたのだ。それらが、一挙に炸裂した。各地の守備隊は連絡を遮断され、要人が側近や警護の者に襲撃され、流言飛語は民を疑心暗鬼に落とし入れ、浮き足立たせる。
 それらは、生成姫が何年、何十年も前から手塩に掛けて育て来た種だ。種は一斉に芽吹き、今、毒を撒き散らしている。
 その集大成と呼ぶべきが、上級アヤカシ「鬻姫」に絡む事件であろう。


「おかあさま」
 その呼びかけに、笑う者があった。
 五行国を根城とする三面六臂の大アヤカシ、生成姫である。彼女の眼下では、うら若き一人の陰陽師が恍惚の表情で生成姫を見上げていた。
 透。陰陽寮出身の、神童とまで謳われた陰陽師である。
 そして、開拓者たちと共に「鬻姫」を追った者でもあった。
 その隣に、巨大な肉塊が転がっていた。辺りに腐臭を漂わせるそれは、何とも形容しがたい姿であった。肌色は痣のようで、その肉はぶよぶよと震え、ぬめりと共に時折うめき声のようなものが聞こえてくる。
 複雑に人体が絡み合ったような巨大な肉塊の中から、一見すると女性にも見える上半身がだらりと垂れ下がっていた。
「鬻姫もおかあさまの為に働きたいのでしょう」
 にいと口端が持ち上がる。そんな訳あるまいことは、この場の二人が一番よく知っている。ようやく可愛げが出てきた――そう嘯く生成姫の声は皮肉に彩られている。
 その肉槐は、かつて「鬻姫」だったものだ。
 今は、意志と思考すらもたぬ大アヤカシの成り損ないとなってうごめくばかりだった。

●声の断片
 八咫烏の一角に、開拓者らが額をつき合わせている。
「声は、聞こえなくなったのか?」
「えぇ……」
 真田の問いに、穂邑はこくりと頷いた。
「自分では制御できない、ってことなのかな」
 朱真が腕を組み首を傾げる。
「でも、何だろう。それでこうやって向かった先と、生成姫の行動、偶然だと思うか? まるで未来予知か何かってくらいどんぴしゃりだ」
「確かにな」
 静かに頷いた。
「全く無関係、とは思わないんだが……」
 真田は言いよどみ、口をつむぐ。しかし、神代――開拓者らの見立て通り、穂邑の顕れた「徴」が真実神代であったとして、神代とは、精霊との強力な親和性を発揮するものであるという。そのくらいのことは、彼とて知っている。だからこそだ。この地に、何か強力な精霊力の泉源となるようなものがあっただろうか?
 その問いに、朱真はますます首を傾ける。
「聞いたことない。俺だって詳しくはないけど」
「……そうか」
 それとも、まだ何か、自分たちの知らない何かが有形無形に隠されているとでも言うのだろうか。
「いや、考えたって仕方ねえな」
 肩をすくめ気味に首を振る真田。彼は、立ち上がり、卓上の地図へと視線を落とす。盤上に並べられた駒は三方より歩を進めてこの地へと迫りつつある。そうだ、まずは、眼前の敵に集中しなければならない。
 我が方の戦力は、現地でかき集められた雑兵二百に、五行軍の精鋭二百、残るはこの八咫烏と開拓者たち一同、それだけだ。
 生成姫が撒いた種は茨のつたとなって五行を、ひいては天儀をも絡めとっている。
 そして今、迫るアヤカシの軍は、確認されただけで二千数百を軽く越え、それでもまだ全軍には達せぬという。数倍にも匹敵する敵を前にして、それでもなお、彼らは引く訳にいかない。祭壇には封ぜられた護大が残されている。大アヤカシが三つ目の護大を手に入れた時どのようなことが起こるか、誰も知らないのだ。
 戦って、勝たねばならない。
 勝たぬことには、思い悩むことすら許されない。
「やってみせるさ」
 朱真が笑った。
「これ以上、いいようにされてたまるかってんだ」



●戦況
 森藍可(iz0235)が、いらだたしげに酒を煽る。
「……チッ」
 戦況は当方不利である。
 白立鳥の森は、開拓者らの機転によって包囲殲滅こそ避けえたものの、結果として、乱戦に持ち込んで敵戦力を漸減する当初の目的は半端に終わってしまった。正面戦力を多少削りはしても、後方の本体はもちろん、側面に回っていた敵主力もごっそりと残っている。
 脚弦川の戦いも開拓者側の後退で幕を閉じた。
 橋は傾きこそしたものの、アヤカシがこれを利用するのは難しくないだろう。予めもっと多くの人員を橋の破壊に割いておくべきだったろうか。
 だが、それはそれで、敵に対する人員を減らすということに繋がる。
 一人でも多くの開拓者がほしい時にだ。
「どうしますか」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)が藍可の隣りに問う。
「……開拓者の中から、主だった奴らを集めてくれ」
「はいっ」
 ぐっと頷いて、アルマが駆け出す。
 脚弦川から後退してきた開拓者たちには、幾つかの選択肢があった。
 白立鳥の森西部、そして点鬼の里には一定数の開拓者たちが戦力を整えている。特に、点鬼の里は前線と山城や後方を繋ぐ拠点だ。
 ひとつは、白立鳥の森へ味方を支援しに廻る手だ。河を越えて追撃する敵に側面を晒すことになるが、森に迫る敵戦力を相手に、一時的に優勢を得られる可能性がある。
 次に、点鬼の里へ後退する手だ。一旦戦力を再編して建て直し、再度投入先を検討することになる。敵が追撃を強める、あるいは点鬼の里へ集中攻撃を加えてくるならば、これはそのまま防衛戦力の追加に役立つだろう。
 最後に、現有戦力での戦闘を続行するという手がある。
 とはいえ彼我の戦力差は無視できたものではない。このまま正面からぶつかるのは難しいであろうし、戦力の不利を跳ね返すだけの作戦が必要だ。
 駆け集まった開拓者たちを前に、藍可は声を落とし、告げた。
「今すぐに意見を出せ。即断即決だ」

●後方
 仲間の吟遊詩人を連れて、鈴木透子(ia5664)は急ぎギルドへと足を運んだ。
 龍をすっ飛ばし、精霊門を用い、昼夜駆けに駆けてのギルド行である。目的は「笛の音」、透が奏でる怪しげな笛の音色の解明であった。
「楽譜や楽器に合致する資料はこれで全てです」
 ギルドの職員が小さく頷く。
 蕨の里より持ち帰られた資料の束を前に、透子は小さくため息を吐いた。
 関連すると思しき資料は、あった。だがそれは、アヤカシの群れの中より響く怪しげな笛の音に関する古い報告書だ。であるならば、件の笛も、その音色も、透が何らかの先行研究を元に作り出した笛ではないのだろう。それを確認できたとはいえ、そこに解決の糸口は見いだせそうもなかった。
「急ぎましょう、そろそろ戻らなければ間に合いません」
 狭間揺籠(ib9762)が告げる。彼女もまた、祭壇に関する資料をこちらへ集めに来ていた。まだ不完全ではあるが、あまり時を掛けると、精霊門が閉じられてしまう。
「精霊門には連絡を入れてある。最優先じゃとな」
「大伴さま」
「内部よりの破壊工作や撹乱が続く以上、わしはここを動けぬ。頼んだぞ」
 老人の言葉に、開拓者たちは頷き、取るものもとりあえず駆け出した。


●封の刻印
 祭壇の周囲は、再びひっそりと静まり返っていた。
 不気味なほどに。
「……」
 開拓者たちは祭壇の周囲での警戒態勢を堅持している。祭壇をじっと見やって、千見寺葎(ia5851)は誰に問うとでもなく呟いた。
「……そも、護大とは、何なのでしょう」
 周囲の開拓者らが首を傾げる。
 彼女の問いに答えたのは、封陣院に属する狩野柚子平(iz0216)だった。
「護大とは、瘴気の泉源とでも呼ぶべきものです」
 朝倉涼(ic0288)が一歩身を引いたまま、狩野へ問いかける。
「じゃあ、これを取り込んだアヤカシが大アヤカシとなる、というのは?」
「アヤカシ自身が瘴気の源となる、と言えば解りやすいでしょうか。魔の森とアヤカシの関係に例えるならば、大アヤカシとは魔の森自身……アヤカシという固体ではなく、環境そのもの、現象であると呼んでも差し支えありません」
「……だったら、仮に人間が取り込んだりしたら、どうなるんですかね?」
 突飛な問いであった。
「その途上で瘴気に犯されて死に、アヤカシと化すでしょうね」
「神代は瘴気を受け付けないって言いますよね。穂邑さんなら、できるんじゃ……」
 周囲の開拓者には、その言葉に、ぎょっとした表情を浮かべる者もいた。
 狩野は暫し考えたのち、小さく首を振る。
「……想像がつきません」
 言い切ってから、静かに付け加えた。
「仮にそうなったとしても、それは、もはや大アヤカシと同じ存在ではないですか?」
 背筋に、冷たいものが走った。
 息を呑む開拓者ら。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 静寂を打ち破る声。アメリ・ヴィンダールヴ(ib5242)は小さな背を仰け反らせ、ぷいっと、高圧的に言い捨てる。
「封印などと甘い事をするから、このような事態になるのじゃ」
 いっそ破壊してしまえばいい――その言葉が続かなかったのは、彼女自身、図書館を駆けずり回ってみても、破壊の為の道筋は何ら見つからなかったからだ。破壊可能であれば既に破壊されているだろう、とも言えるかもしれない。
 あるいは「破壊」を前にすれば、誰かが疑問を抱くであろうか。
 破壊と再生は表裏一体。
 全てのはじまりに終わりがあるように、全てのおわりにははじまりがあるのだと。




●森の中
 朱真(iz0004)のくりっとした瞳が、あたりをきょろきょろと見回す。
「真っ暗だ。ろくに見渡せない」
「敵方も同じ、とはいえ……」
 ため息混じりに、真亡・雫(ia0432)が頷いた。敵には、生命探知能力を持つ恨み姫や、影に潜む影鬼、黒い霧や靄と共に浮かぶ闇目玉といった、この環境を得意とする敵が複数認められる。心眼や結界などが役立つであろうが、常時使用していては練力が持たない。
 敵の包囲作戦を見抜き、後退した開拓者たち。
 彼らは急ぎ、しかし整然とした退却に成功し、森西部にいまだ留まっている。被害は少なく抑えることに成功したが、それは敵も同じだ。当初の目的通りに敵戦力を削れたとは言い難い。
「このままって訳には、ね」
「仕掛けるか」
「先手を打てるってメリットは、ある」
 開拓者たちが口々に呟く。
 誰かがマシャエライトを唱える。出現した火球がぼんやりと地図を照らすなか、ふいに、白いものが舞った。
「……雪?」


●取り残された者
 五行の地方軍兵士が、はらはらと落ちる雪を前に、鼻をすすった。
「寒気がしてきた」
「風邪か?」
 兵士が焚き火に薪をくべた。祭壇の護大は鎮静化し、現在小康状態にある。敵の奇襲も一旦途絶えたとあって、祭壇と八咫烏の周辺はひっそりと静まり返っていた。ふいに、風を切る音が耳をついた。
「敵か!?」
 はっとして、慌てて上空へ眼を向ける。
 大きな影が二、三、こちらへ向かって急降下しつつあった。
「どいてくれ!」
 レグ・フォルワード(ia9526)の鋭い声が飛び、兵士は転げるようにその場を飛びのく。彼のグライダーが雪を舞い上げながら着陸したかと思うと、続けて龍が翼をはためかせ、着陸した。
 兵士が、龍を見やってはっとする。駿龍の背には、酷く負傷し、ぐったりとした様子で手綱に掴まる者がいた。
 隣り、甲龍から飛び降りた澤口凪(ib8083)の声が飛ぶ。
「癒し手を! 早くしろいッ」
「それより……この子を……」
 その胸に抱かれていた、小さな命。
「赤子? どうしたんだってンでぇ……?」
 震える腕から赤子を渡され、凪は相手を見返す。
「赤子一人が精一杯だったんだ……早く、本景の里へ……救援を……」
「……なんだって?」
 思わず、問い返した。
「逃げ遅れ、た、人たちが……二、三十人……隠れている……」
 開拓者らしき負傷者は息も絶え絶えに言葉を続けた。
「解った。だからそれ以上喋るな」
 肩を貸したレグが、雪の上にひろげられた筵へ、ゆっくりと彼を寝かせる。だが、横たえられた彼はただひたすらに、早く、急げと繰り返すばかり。その切迫した様子からは、とても虚言を弄しているようには思えなかった。
 そして――
「……ぐがっ!」
 大きく仰け反ると共に、ごぼりと、泥炭の如き黒い血が吐き出された。


 深手を負っていたことも確かだが、直接の死因は、アヤカシより受けた毒であった。長い時間をかけて身体を蝕み、死に至らしめたのである。
「そんな馬鹿な」
 思わず呟く者たちがいた。
 遊撃軍のうち、各所へ偵察に散った者たち。中でも、本景の里へ偵察に赴いた開拓者たちが異を唱えた。彼らが里へ赴いた時、現地には、既に住民は残っていなかった。本景の里に誰も残っていないとは、点鬼の里へ逃げてきた避難民も口にしていたことである。
「くまなく探したのか?」
 真田悠が問い返す。
「そりゃ、完璧とは言えないだろうが……」
 時間も人手も限られていた。だが、だからと言って誰一人見つからないということがあるだろうか。ならば、避難民は後から新たに逃げ込んだか。それとも、彼が嘘をついているかだが、しかし、とてもそうとは思えない。なにより、それならばあの懐に抱えていた赤子は何だったというのか。
 赤子は今、暖をとり、落ち着いた様子で眠りについている。
 人別改めをしていた佐上久野都(ia0826)が、立ち上がった。
「彼は、確かにギルドへ登録している開拓者です。知っている者からの証言も」
 促され、頷く開拓者。
「それにあの最後の様子は……」
 最後を看取った開拓者たちが顔を見合わせる。
 彼は嘘はついていない――それは、ある種確信めいた想いでもあった。
「敵の只中に飛び込むことになる」
 柳生有希が呟くが、真田は首を振った。
「放っておくわけにはいかねえだろ」


●儀の乱脈
「そうか……封印がのう」
 部下からの報告に、生成姫は首を傾いだ。
「ふうむ、神代、か……」
 彼女は何か思案するように眼を細める。両面の鬼らが眼をぎょろりと瞬かせ、部下を見やった。屍鬼は、射すくめられてぎくりと肩を震わせ、こうべを垂れる。彼女は暫し眼を細めて何事か考えていたが、やがて、口元を隠していた扇子をゆっくりと閉じ始めた。
「いや、よい」
 扇子最後の一枚が、するりと合わせられる。
「搦め手よりじっくりと参ろう。軍を本景の里へと差し向けよ」


●鬻姫
 少数の供のみを引き連れて現れた五行王は、しんと静まり返った部屋の上座にて、瞑目したままじっと腕を組んでいた。
「護大をな……」
 神経質そうな眼が、床に広げられた地図を見やった。
「神代が、沈黙させうるならば、だ」
「……」
 付き従う陰陽師が、小さく頭を下げ、架茂王に代わって口を開いた。
「かの鬻姫は、厳密には大アヤカシではないと考えられております」
 開拓者たちが顔を見合す。
「かの者らが処分仕切れなかった断片的な資料からは、かの邪法が、大アヤカシ化を失敗させるものであることは明らかです。また、前線で戦った開拓者らの報告によれば、鬻姫には意識や自己はなく、他の命令に従って動くばかり……」
 意識らしきものが感ぜられぬ大アヤカシ、というものはこれまでも存在している。
 かの武州に復活した大アヤカシ、大粘泥「瘴海」もそうである。また、憶測や伝承の域ではあるものの、まるで自然環境そのものであった「杜霞」や、正体がまるで掴めぬ「無貌餓衣」などにも近いところがあろう。
 だが、それでも、それらは他の命令に従うようなことはなかった。
 大アヤカシとは大アヤカシのみで完結した存在である。しかし今の鬻姫は、おそらくは生成姫が与えたであろう「笛」の音の命ずるままに従って動くばかりである。生成姫の支配下より脱していないのである。
「鬻姫はいわば、護大を御する大アヤカシではなく、護大からあふれ出る膨大な瘴気を取り込んで膨れ上がるアヤカシに過ぎないのです」
 ここまで口にされたのだ。架茂王が言わんとしたことが何であったか、ぼんやりと輪郭が浮かび上がり始める。
 五行王は再び口を開いた。
「護大を沈黙させれば、鬻姫は瘴気の供給源を失うだろう」
 下座正面、末席に座っていた穂邑が、顔を上げた。
「それは……」
 亞月女 蕗(ic0138)が腰を浮かせた。危険です――水月(ia2566)が二の句を接ぐ。架茂王は眉を持ち上げて、神経質そうな面持ちは変えぬまま、さもあろうと首肯する。
「強制はせん。我とて、他人から指図されるのは不愉快だ。だが――」
 やってくれるか――遂にその一言が出た。
 断っても、否やとは言うまい。いや、たとい仮に架茂王が無理強いしたとて、開拓者たちが承諾しないだろう。いかに大きな損害を出そうとも、何か別の手立てを見出してみせよう。
 穂邑はじっと考え込んだ。
 恐れは、ある。だがそれは、乗り越えられないものではない。
 しかし。
 時の主上武帝は、本来備えている筈の神代を持たぬという。あるいはこの自らの神代が代替のきかぬものならば、危険に身を晒してよいのだろうか、という躊躇が頭をもたげた。既に自分だけの身ではないと思った。それだけだ。
「……やります」
 ほどなくして、穂邑は呟いた。
「やらせてください」
 自分でも驚くほどに、すんなりと言えてしまった。それは、あるいは彼らと供にあれば、きっと大丈夫だと、そんな風に思えたからかもしれなかった。




●合流
 逆撃作戦を成功させた開拓者たちは、北、点鬼の里方面へと後退した。
 敵戦力を撃退したとはいえ、敵は遠からず体制を建て直すだろう。生成姫の本隊も動き始めたとあっては、少ない戦力で正面からやりあえばやがて押し潰されてしまおう。こちらも戦線を縮小させるならば、敵の撃退に成功した今をおいて他ない。
「来たか」
 森藍可が遠く森を掻き分けて現れた集団を見やる。
 色とりどりの装備に身を固めた開拓者たちの姿だった。先頭を歩く朱真が、寒さに肩を震わせた。
「何とか合流できたか」
「あれだけ叩いたんだ、追撃はできないさ」
 朱真の隣りで開拓者が胸を撫で下ろしていた。
 白立森の戦いは開拓者側の勝利に終わった。西側の敵に一撃を加えてこれを留めた後、反転して北側の敵を狙う、という作戦は、幾つかの幸運にも恵まれた。敵の大幅な移動は、二重の奇襲を狙う挟撃部隊らを中心に、その補足に成功。
 敵正面を里を発った迎撃隊が支えていたこともあり、期せずして三方向よりの包囲攻撃となったのだ。
 開拓者たちはこれを散々に叩き、一部敵戦力こそ囲いを突破したものの、大打撃を与えることに成功している。
 数でこそ敵が有利だが、敵は戦力を広く展開している。対するこちらは後背地に里を抱え、前面の敵に集中することもできる。おそらくは、局所的には優位に立てるはずだ。それは前回の森における戦いと状況を同じくしていると言っていい。ただ――同じ手は、そう何度も通用することはないだろう。
「しかしそろそろ、熱いのをきゅーっといきたいな」
 からからと笑う声。
 後退とはいえ、一勝を収め、続く一戦に備えてのものとあってか、彼らの顔はどことなしか明るかった。


 数隻の輸送船が、点鬼の里より離陸していく。
 浮上する輸送船を見上げて、開拓者たちは大きく手を振った。
 中に乗り込んでいるのは、現地に残っていた住民や、新たに本景の里から脱出した難民たち。本景の里からの難民は、飛空船から降ろさず、直通で戦場外へ離脱することとなる。それから、深手を負った負傷兵らだ。ただし、船の多くは、わざわざ彼らを回収しに現れたのではない。
「確かに。お預かりしました」
 石鏡の将が目礼し、飛行船へと戻っていく。
 浮上する飛空船の隣りでは、約二百名ほどの戦力が整然と隊列を整えた。石鏡兵だ。安須神宮周辺に詰めている精鋭である。
 開拓者は敵援軍の足止めや妨害工作の打破に成功した。
 天儀各地におけるアヤカシの妨害工作の幾つかは収束に向かいつつあり、石鏡は警戒態勢を一段階落とし、戦力を派遣してきている。また、他にも、医療品などの補給物資や、支援部隊なども天儀各地から派遣され、里へと降り立っている。
 完璧、などということはない。
 それでも、今この状況下で派遣された援軍や補給物資は極めて貴重であった。
 戦力と物資を降ろし、輸送船は灰色の雪空へと舞い上がっていく。影が、地上に広がった。巨大な影だ。今浮かび上がった輸送船と比べても、遥かに巨大な影だった。輸送船の陰ではない。はっとして開拓者たちが空を見上げる。
 そこに浮かんでいたのは、八咫烏。
 穂邑の神代にまつわる、その発端となった神船である。


●消耗するもの
 ふんわりとした布団の中に、穂邑はゆっくりと横たえられた。
 穂邑は、その神代によって鬻姫の護大を鎮めた。開拓者たちの集中攻撃はのたうち廻る鬻姫を討ち果たし、その護大を回収することに成功した。結果は上々であるが、しかし。
「やはり、生半可な消耗ではないようですね」
 各務が表情を曇らせる。
 命に別状はないが、やはり消耗が激しいらしい。穂邑は憔悴した様子で、ぐっすりと深い眠りについている。開拓者の多くも夜通しの戦いでその疲労は深刻であるが、穂邑の疲労はそれにも増して深いものであるらしかった。
 鬻姫を前に倒れた穂邑を連れて、開拓者たちは祭壇と隣接する鬼灯の里へと赴いていた。
 山城は半壊し、護大も残されたままだ。激戦が予想されるその場に、疲れきった穂邑を置いておく訳にはいかない。他に他意はなく、ただそれだけのことであったのだ。
 が――
「まずいな」
 真田が小さく首を振る。各務が、顔を上げた。
「どうされました」
「……護大が再び活性化しつつある」
「それは」
 各務は息を呑んだ。
「どうなってやがる」
「おそらくは、鬻姫の……鬻姫の抱えていた護大によるものだろう、とは思いますが……」
「相互に影響しあう、ってことか」
「ええ……」
 この上生成姫に祭壇を差し出すこととなれば、おそらく、護大はそのまま解き放たれよう。
 まるでいたちごっこじゃないか――真田の苛立ちともぼやきともとれる呟きに、各務は小さく首を振る。あるいは神代によって押さえ込めるのかもしれないが、彼は、この場でそれを口に出来るほど冷たくも烈しくもなかった。
 真田が腕を組み、あごに手をやる。
「生成姫は……いや、大アヤカシは、どこまで知っているんだろうな。思い返してみれば、例えば、弓弦童子だったか。あいつも、俺らがまるで知りもしないことについて知ってるように見えた」
「それは、あるでしょうね」
「護大についてもだ。俺はどうも、ただ単に護大を狙っているだけだって気がしねえんだ」
「……」
 思わず、押し黙る。
「時間か」
 立ち上がり、真田は肩に鞘を掛けなおす。
「どちらへ」
「皆を交えて評定だ」
 迎えに来たらしい隊士が。柳生と共に小さく目礼して真田を迎える。
「とにかく、まずは勝たないとな。勝っておいてから、考えるとするさ」


●アヤカシ
「鬻姫が死んだか」
 生成姫の声には、嘲りの色があった。
「長持ちしたほうであろ」
 報告に訪れた部下がちらりとその顔を伺った。
「構わぬ。その為にかの山城へと攻め寄せるよう命じたのじゃ……少々、予想外のこともあったがな」
「『と申されますと……』」
 傍らで夢魔に抱きかかえられている龍笛狂歌であろう。
 夢魔ののどが震え、楽器の音色の如き声がしんと響いた。
「神代よ」
「『護大を鎮めてしまったことにございますか』」
「ふふ、少しばかり、面白いことになるやもしれぬな?」
 生成姫は、その問いに正面から答えることはしなかった。くすくすと小さな笑いを噛み殺し、目を細めている。それが答えだということなのだろう。
 彼女は祭壇からの報告や、鬻姫の最後を聞く度、破片を丁寧にを継ぎ合わせるかのようにその意味を捉え直していった。生成姫は、あるいは亜螺架のように探究心の塊でもなければ、あるいは弓弦童子ほどに享楽的でもなかったかもしれない。が、それだけに、人間社会に深く入り込み、その魂を闇に貶め、喰らい、生きてきた。
 故に、生成姫には二面性があった。いや、正確には、全ての事象に二面的があることを理解していた。離れた位置から、多角的に、事象を捉えることができた。
 それが、生成姫である。
(ここまでの流れは良いようだが、さて……)
 口元を扇に隠し、次なる思案を巡らせる中、小さな鳥が、闇の切れ目よりふわりと飛来した。それは生成姫の肩へと降りたって、その耳元に何事か囁いた。
「そうか。鬼灯の里にのぅ」
 にいと口端が吊り上がった。
 本景の里を過ぎた頃、生成姫率いる敵の本隊は進路を変えた。森の南側を、川沿いに西へと進みつつある。向かう先には、渡鳥山脈に置かれた封印の祭壇がある。
 雪の中を、アヤカシの群れは進む。
 遠い果ての地より、人を滅する為に。

●出陣(3月22日追加)
 祭壇に設けられた仮設の指揮所は、報告と伝令がひっきり無しに入り乱れ、雑然としていた。
「浪志組増員40名到着!」
「石鏡兵の一角は救護所へ廻せ!」
 神楽の都におけるアヤカシの破壊活動は鎮静化され、浪志組の兵力も新たに送られてきた。負傷した隊士を後送したとはいえ、事実上の全戦力に等しい。巫女などの癒し手を中心とする石鏡兵は、点鬼の里に設けられた救護所に集中配備されることとなった。
「朱藩兵100、戦場入りします!」
 朱藩兵は新式の銃を携えての現地入りである。詳細はよく伝えられてはいないが、発射速度に優れる長銃であるという。数の少ない新式隊故に配置が浮いていたのだろう。
 残るは、周辺氏族が新たに送り込んだ雑多な兵が若干。
 これらはまとまった戦力足りえぬ以上、各戦線の後方支援が良いところらしかった。
 それらが現在確保できている戦力の全てである。
「あとは全部開拓者だけでやるってことかぁ」
 朱真が辺りを見回した。
 彼女も前線において、ひっきりなしに敵と打ち結んでいる。生傷は絶えず、髪は泥だらけで肌もがさがさだった。
「穂邑の目が覚めたって?」
「消耗は否めねえが、動くに問題はないだろう」
「……気丈なんだよな」
 真田の言葉に、朱真が頭を掻く。
「穂邑に伝えといてくれ」
「うん?」
「この戦いが終わったら、酒の飲み方を教えてやるって!」
「あの嬢ちゃん呑まねえのか」
「ふふふ」
 朱真は腕組みをし、すくっと胸をそらす。呑める呑まないの問題じゃない、呑み方を指南してやるのだ――胸を逸らした彼女はそう説いて、野戦陣地に舞い戻るべく龍にひらりと跨った。
 雪空の下、天高く拳を突き上げ、声を張り上げる。
「勝って勝利の美酒を味わおうぜ! おいちゃん!」
「歳なんざそう変わらねえだろ!」
「いくぜ、うめ!」
「おい! こらぁ!」
 駿龍が、大きく羽ばたいた。





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