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【天照】トップ | ||||||||||
連動シナリオとは? | ||||||||||
これまでのOP | ||||||||||
【水庭】依頼(開拓者ギルドへ) | ||||||||||
【空庭】依頼(開拓者ギルドへ) | ||||||||||
味方(関係する人物) | ||||||||||
OMC発注 | ||||||||||
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■もくじ |
大アヤカシ「黄泉」の撃破に続き、「山喰」「於裂狐」「芳崖」の三者をも撃退した開拓者たち。開拓者たちの攻撃を前に、山喰、芳崖は撃破され、於裂狐は逃亡。 狗久津山の遺跡では、これまで幾度と無く開拓者たちに妨害を仕掛けてきた古代人「狗奴禍」を撃破し、アヤカシの勢力を大幅に後退させると同時に、護大の心臓を回収することに成功しました。 ところが、戦いの最中に投降してきた護大派のひとり「唐鍼」から、護大の心臓は破壊したところで問題の根本的解決にはならないとの情報がもたらされます。 ●旧世界へ 天儀は、唐鍼の尋問と共に地上世界への道を探すことを決定します。 冥越の地を攻略したことにより、魔の森は大部分がまだ残されてはいるものの、天儀は幾つかの里と狗久津山の遺跡を押さえた状態にありまりました。 ギルドは龍脈を利用した再起動作戦を決定。遺跡に突入した開拓者たちは制御室を確保し、八咫烏の主砲が放たれ、龍脈を通じて流れ込んだ精霊力は遺跡の機能を回復させ、古僵尸らを無害化すると同時に精霊門を復活させます。 こうして、地上に存在する旧世界への道を開いた開拓者たちは、その先に護大が眠るといわれる墓所を発見したのでした。 ●「箱庭」 一方、冥越の瘴気が薄れると共に嵐の壁の一角が弱まり、その先には島(庭園)がひとつ見つかります。 開拓者たちは暫し羽を伸ばしますが、水中に走る通路や謎の遺跡、複雑な自然環境などが発見されたことから、この島が単なる無人島ではないらしいことに気付きます。 打ち捨てられた遺跡の内部には、高度な精霊術を駆使した何らかの研究が行われていた痕跡が見つかり、東の島では一体のからくりと遭遇します。開拓者らと接触したからくりは、驚くべき事実を語り、それは遺跡での探索結果とその推測を強く裏付けるものとなったのです。 島の真の姿、それは「監視者」なる者たちが、新たなる世界を再生する為に作った「箱庭」だったのです。 ●護大派と大アヤカシたち 護大派からの講和を受けても良いとの返答は、武帝や大伴らを討つ為の姦計でした。 彼らは講和会場に招きいれた兵らによる決死攻撃を仕掛けると共に、アヤカシと共謀して里を内外から攻撃します。 無論、開拓者たちは全くの無警戒ではありませんでした。彼らは影武者を立てて護大派を迎えつつ、奇襲に素早く対応した開拓者たちの反撃により、最長老こそ取り逃したものの、護大派の多くを撃破しその一部を捉えることに成功しています。 天荒黒蝕と於裂狐、大アヤカシたちはそれぞれに異なる形で開拓者たちと対峙します。 於裂狐は護大派との共闘の末、周辺のアヤカシたち残党を率いて開拓者たちを襲撃。於裂狐によって辛うじて連携を保つアヤカシらの攻撃を潜り抜け、於裂狐との戦いに望む開拓者たち。 於裂狐は開拓者と干戈を交えた後、護大への想い、そしてその正体についての警句を残し、消滅しました。 一方、開拓者たちを呼びつけた天荒黒蝕は驚くべき申し出をしました。> 彼は護大の想うがままになることが気に入らず、開拓者らと共闘しても良いと提案したのです。強い警戒を抱かざるを得ない開拓者たちでしたが、護大との戦いを前にこれと無理に戦うべきではないと判断。 天荒黒蝕の申し出を受け容れる形で、護大との戦いに際して一時共闘の形を取ることにしました。 ●そして―― 護大と接触する開拓者たち。 穂邑と彼らの前に現れた「護大」との交渉は、結論から言えば失敗しました。 護大は理論的ではない言葉を繰り返すこと著しく、開拓者たちの言葉や干渉に反応こそしましたが、前述の通り理論的な応対は得られませんでした。 護大との間に交渉を成立させることは叶わず、短い問答の後に、護大は開拓者たちの前を去っています。 もちろん、その試みはただ失敗した訳ではありません。護大と接触したことで、護大が自己を認識していないとの疑いや、悪意を以って儀を滅ぼさんとしている訳ではないことは判明しています。 これがより大きな障害となるのか、それとも護大攻略のヒントとなるのか。 これらをいかに活かすかは開拓者たち次第となるでしょう。 |
◆これまでのあらすじ(8月5日) 大アヤカシ「黄泉」の撃破により、東房北部を中心とする魔の森は主を失いました。 黄泉が残した狗久津山へ向かえとの言葉であり、そして朝廷が得ている伝承によれば、三種の神器が揃い、護大の核である心臓を破壊することができれば、護大を完全に撃破できる筈でした。 各国は魔の森を焼き払う為の作戦に着手すると共に、冥越進撃(奪還)作戦の準備を始めます。 一方、冥越に根拠地を持つ大アヤカシである「山喰」「於裂狐」「芳崖」の三者も、天儀と開拓者に反撃し、その先手を打たんと示し合わせ、ここに古代人らが加わって開拓者たちに牙を剥きます。 山喰は配下の眷属たちに東房北部を狙っての襲撃を指示。於裂狐は人間たちの中に潜む手の者に神楽の都を焼くよう命じましたが、これらはいずれも開拓者の手で退けられました。 芳崖は天儀軍迎撃のために多数のアヤカシを呼び寄せて強力な防御網を築き、精霊門を用いたギルドの奇襲も予め見抜かれていたため、開拓者は苦戦を強いられることになりましたが、辛うじて包囲を打破。各地での戦いでも勝利を収めた為、連合軍は着実に軍を進めます。 合戦中盤、山喰を撃破したことで、その配下の兵は霧散。戦いの趨勢は大きく連合軍側に傾きます。 八咫烏に直接奇襲を仕掛けてきた於裂狐は取り逃がしたものの、開拓者たちは続けて芳崖を撃破。狗久津山の遺跡では、これまで幾度と無く開拓者たちに妨害を仕掛けてきた古代人「狗奴禍」を撃破し、護大の心臓を回収することに成功しました。 しかし、古代人である唐鍼から、護大の心臓は破壊したところで問題の根本的解決にはならないのだ、との情報がもたらされました。 そこで天儀は、唐鍼の尋問と共に地上世界への道を探すことを決定します。 冥越の地を攻略したことにより、魔の森は大部分がまだ残されてはいるものの、天儀は幾つかの里と狗久津山の遺跡を押さえた状態にあります。この遺跡の制御を回復させることは、重要な作戦のひとつとなるでしょう。 一方、冥越の瘴気が薄れると共に嵐の壁の一角が弱まり、その先には島(庭園)がひとつ見つかり、開拓者たちは暫し羽を伸ばしますが―― (担当:御神楽) ●護大の正体(8月5日) 「護大の心臓を破壊すれば、瘴気の源を断てるのではなかったのですか?」 「よもや朝廷はここに至ってなお何か隠し立てしているのでは……!」 大伴を問い詰めるギルド職員や開拓者を前に、大伴は小さく首を振った。 「それは違うぞ」 「さすればそれよ」 同席していた豊臣雪家が、扇子をぴしゃりと畳む。 「我々は得ていた情報は不正確であったのだ」 指折り数えるようにして、雪家は話を続ける。 天儀に朝廷の前身を起こした人物――始祖帝は、神代の力を持ち、討ち倒した護大を今は遭都と呼ばれる土地の地下に封じた。その封印をより強固なものとする為、今は御所と呼ばれる宮殿を建設し、やがて歳を経て死んだ。 その始祖帝をして、護大を破壊することは不可能であった。 だが彼は、今我々が三種の神器と呼ぶ三つの神器の名を遺した。 それが「天叢雲剣」「八咫鏡」「八尺瓊勾玉」の三つだ。 「公けには朝廷が所持しているものとされていたものよ」 「しかしそれは妙ではございませんか? 仮にそれがやがては散逸したのであったとしても、かの始祖帝がおわした時代にはあった筈。それなのに破壊せず封じたというのは……」 「……ふ。その時代から既に存在しなかったのだ」 豊臣が笑う。 今からおよそ二千年前、天儀前一千年頃、アヤカシが現れたと伝承には記されており、これが芳崖なる大アヤカシであったと目されている。 正確な刻は不明であるが、始祖帝が死んでから数千年が経っている。 紀元前五百年頃には、始祖帝が起こした王国を中心とする諸氏族連合とアヤカシの間で大規模な合戦が行われたといい、それから更に五百年を下って、天儀には現在の朝廷が成立した。 比較的信用のおける記録が残されているのは、ここからだ。 「始祖帝の御代は遥かな古えよ。正確な記録は残っておらぬ。その時代にさえ、既に古代の知識と術は失われて久しかったのだ」 開拓者たちの一部が、夢語り部の間で見た始祖帝往年の天儀の姿を思い浮かべる。 彼らの暮らしぶりは今と比べても遥かに厳しいものであった。その文明が失われた理由すら解らぬし、また別の間で見た世界は、世界の全てが瘴気に覆われた死の世界であった。 「故に我等は、始祖帝がおわした時代よりも更に古き時代に、各地に眠る遺跡を造りあげし文明が存在していた、ということは確信していた。そうして、その文明は何らかの理由で瘴気によって死に絶え、そして蘇る最中に始祖帝が降臨されたのだと推察してきた」 なればこそ――と雪家は言葉を切る。 例えば、アル=カマルに遺されていた神砂船。 その内部に眠っていたからくりは、八尺瓊勾玉を持っていた。朝廷は実物を所有はしていなかったが、その伝承だけは持っていたのだ。そしてそれは確かに存在していた。故にその伝承と僅かな記録を、朝廷は信じたのである。 そうして三種の神器を求め、また同時に、武帝が持たぬ神代の力を発現させた穂邑を、朝廷は力ずくで抑えようとした。沈み行く大地。その原因が護大の生み出す瘴気であるなら、皇統より失われ死神代を改めてその手中に収め、伝承にある三種の神器を手に入れれば儀の落下を阻止できると考えたのだ。 だが―― 「破壊したところで、どうにもならぬとはのう」 大伴が呟く。 「今一度、護大と世界の関係というものを問い直さねばならぬのやもしれぬ。開けてびっくり玉手箱、という訳には参らぬからのう」 ●水の箱庭 これが、ギルドでの、大伴さまと豊臣さまの会話の様子です―― 翠嵐(iz0044)がふんすと鼻を鳴らす。 「なるほどな……って何でおまえな!」 開拓者の一人が思わず翠嵐の頭をたたいた。 「痛いじゃないですかっ」 「そういう重要な話は、もうちょっと重みを持たせて語れってんだよ!」 頭を抑えながら抗議する翠嵐の服装は、色も艶やかな花柄の水着である。 おまえの言葉はいちいち軽い。重みが足りないと指摘されながらも、彼女は腕を振り回して喚く。 「だって、だって折角海なのに! こんな楽園に着て水着もダメだなんて理屈がありますか! 水着姿で語ったからって、話の内容が歪む訳じゃないでしょう!?」 ここは冥越における戦いの後、その姿を現した新たな島である。 島そのものは小さく、人の気配は無い。ギルドの決定は、連戦が続いてきた開拓者たちの羽休めを兼ねての島の調査であった。 「しかしなー……」 納得いかない様子の開拓者があたりを見回す。 事実、辺りに広がる光景は、まるで天然錦絵に描かれた南国の行楽地そのものである。 白い砂浜、青い海、鮮やかな花畑、降り注ぐ太陽、そして何かよく解らない白くてむにゅむにゅした謎の生き物。 「まあそんなしゃちほこばらないで行きましょうよ、もしかしたら、何か凄いもの見つかるかもしれませんよ!」 (担当:御神楽) ●謎の楽園 不思議な島だった。 まるで楽園か、感情を排するならば自然の縮図と呼んでも良い。 なだらかな丘陵、広がる森、深い密林、険しい山岳、澄んだ湖、咲き乱れる花――その島は、まるでありったけの自然を詰め込んだかのような島だった。 そうした環境に応じてか、生息する生物も不思議な妖精から荒々しいケモノまで、まことに千差万別であった。 魚ひとつとっても、まず淡水魚と海水魚で違うのは当然のことながら、同じ海でも水域毎に漁礁の有無や水温、海流などによって環境に差違が生じており、色鮮やかな魚から、季節毎に長距離を移動する筈の回遊魚、もっと言えば本来外洋に暮らす大型捕鯨類まで存在が確認される。 一方で、開拓者たちは遂に水底に不思議な人工物を発見していた。 「透明な通路……ですか? 水中に?」 ギルドより派遣されていた職員たちが顔を見合わせる。水中を泳いでいた開拓者たちの報告によれば、それはガラスのように透明な素材でできており、まるでそこを歩く為に作られたもののようであったという。 しかも、それが多数。 「というと、元々人が住んでいた、ということでしょうか」 「その可能性は高いな」 「希儀のような先例もあります。同じようなものであると?」 職員の問いに、開拓者は暫し考え込んだ。 確かに希儀を思い出すところはあるが、この儀には一点、大きな違いがある。 希儀はあくまで諸外国と同様にひとつの文明が栄えていた儀であった。滅び去ったとはいえ、人々が確かにそこで「生きていた」証を残す土地であった。 しかしここは違う。この儀は、豊かで多彩な自然が広がり、人工物も発見はされたが、まるで人間が生活していた痕跡が感じられないのである。まるで、この島は人が暮らす為のものではない、とでも言うように。 「何だかこの島って、島そのものに何らかの意志でも込められているみたいだな」 「意志? それってどういう――」 問いかけた職員の頭上に、龍が去来した。 ひょいと飛び降りた開拓者が、砂を巻き上げながら浜に着地する。 「急報だ! 北の密林の中に、どうやら遺跡のようなものが見つかったぜ!」 東側の島を探索中の開拓者が、吊り縄を放り出して駆け出した。 「うおおおッ、何だあいつ!?」 「なんて速度なの!」 森の中から突如姿を現したのは、仰ぎ見るに見事な巨大な鳥。鳥は大声で喚き散らしながら駆け回り、開拓者たちを海中に追い払うと、彼らが釣っていた魚に悠々と飲み込んでいく。 魚を返せ――と言わんばかりに武器を手に襲い掛かる開拓者たち。 鳥と開拓者らの間に繰り広げられる乱闘。その騒ぎに猪が走り鳥が飛び上がり、森がざわめく。 巻き込まれてはごめんだと逃げ出す野生動物たち。 そんな中、一対の双眸だけが、じっとその騒ぎを見つめていた。 ●いにしえのはらから8月14日追記 口の重たかった古代人唐鍼であったが、尋問などの担当を開拓者らと交代して後は、少しずつではあるものの、疑問への答えを口にし始めた。 その詳細は他に譲るものの、尋問記録は整理され、順次関係機関へと送られていく。 唐鍼は言う。我々は護大を奉ずる者。護大派であると。 ならばと問う。護大とは何か――護大とは空と呼ばれる全だ。世界の尽くを滅ぼし、破壊の後に再生を始める存在。護大は全てを兼ね備え、あらゆる対立概念を内包する。故に、全にして渾沌である。 絶対的存在、なのではない。護大とは、絶対そのものであると。 「世界は、滅びを受け容れねばならない」 「なにを……」 「全ては滅び、滅びの先に再生が始まる。それが護大の不朽の愛(アガペー)だ」 思わず喰って掛かりそうになる開拓者を、他の者が押し留める。 「何か手立てはないのか?」 「元より護大を滅することなど不可能だ。ある訳がない」 末端の一員に過ぎない自分に解る筈ないと首を振る唐鍼に、開拓者たちは声を揃えた。それでもいい。可能性は自分たち自身の手で探るから、少しでもいい。知っていることを教えてくれと。押し黙る唐鍼であったが、彼は、やがて小さく口を開いて―― (担当:御神楽) ●龍、鳴動す 砂時計がさらさらと時を積もらせていく。 「遺跡に突入したお嬢ちゃんは大丈夫かな」 ブリッジで腕を組むギルド職員が、心配そうに呟いた。 「ふん、腕っこきの開拓者が十人もついてるんだ。これくらいのこと、何ら心配することはないさ」 彼らが言う『お嬢ちゃん』とはコクリ・コクル(iz0150)のことである。 彼女と、彼女と共に狗久津山の遺跡に突入した開拓者たちは、今頃遺跡の最深部に存在する制御室を確保する為にその剣を振るっている筈だ。 世界には、龍脈と呼ばれる存在が張り巡らされている。それらは儀の気脈とでも呼ぶべきもので、離れた土地同士を確かに繋いでおり、かつて大アヤカシ生成姫を倒した際には、その影響で絶海の孤島が崩落したことも記憶に新しい。 その龍脈が、陰殻はいつらめ神社から狗久津山へと繋がっている筈だという。 遺跡を再生する――いや、叩き起こすと言ったほうがいいだろうか? 龍脈を通じて大量の精霊力を遺跡へと叩き付けることによって再起動を促すのだ。八咫烏の主砲である、その巨大な精霊砲によって。 「ま、あのお嬢ちゃん一人ってんじゃどうしたって心配になるが」 船長が砂時計を睨みながら応じた。 艦橋には大型の時計の他に複数の砂時計が設置されており、それぞれに別々の時を数えていた。うちひとつ、最も砂の少ない時計から、さらりと砂が途切れた。 伝声管に顔を貼り付けていた船長が、声を大に叫ぶ。 「これより、主砲発射態勢を整える!」 「総員、配置につけ!」 「練導機関、精霊力集積を開始」 次の砂時計が時を数え終えた。 「主砲、充填開始!」 「練導機関出力最大。廻せェー!」 次々と飛ぶ指示。砂時計がひとつ、またひとつとその役目を終えるに従って、限界まで精霊力が充填されていき、八咫烏の主砲がほのかに光を浴び始める。十数分に渡って、微妙な調整を加えながら砲へと集められていく精霊力。 練導機関が悲鳴に似た唸り声を上げ、砲に出力を奪われた八咫烏は浮力を維持できず、がたがたと細かな振動と共にゆるやかに高度を下げ始める。 「このままじゃ自重を支えきれません!」 「もう少しだ、耐えろ!」 最後の砂時計が砂を途切れさせると同時に、船員が叫んだ。 「時間です!」 「カウント行くぞ!」 「10、9、8……」 刻まれる言葉。彼が0を数えたとき、据え付けの時計がけたたましい鈴の音を鳴らした。 「ッてェ!」 刹那、空が輝いた。強烈な閃光を放つそれは、天からこぼれた滝の如き様となっていつらめ神社の周辺へと降り注がれる。渦が、螺旋の光を描いて地に吸い込まれていった。 「……」 しんと静まり返る艦橋。 息を呑む船員たち。砲術長が駆け寄り、眼下へ視界を向ける。祈るような静寂が、艦橋を支配していた。まさか失敗したのではないか――ふと意識をよぎるその不安。その不安が、彼らの口から溢れ出そうになった、まさにその時だった。 何かの鼓動が、気を震わせた。 ごうごうと燃えがあるような黄金が、立ち上った。 「何だ!?」 「これは……龍脈が……」 架雀山、石伏山、そして上下大蛇山脈へと、光り輝くものが走った。立ち上る黄金は、まるで龍の鬣を思わせるほどに雄々しく、激しい光を放ちながら精霊力の奔流を誇示していた。 狗久津山は再び目を覚ました。その精霊門は、光を取り戻したのだ。 ●言葉の先 「護大派との交渉を持ちたい」 武帝の言葉に、豊臣雪家は表情を変えずに面を伏せた。 「は……しかし彼ら護大派は、かの唐鍼なる者の言葉が確かならば、とても我等の言葉に耳を貸すとは思われませぬ」 「そうかもしれぬ。だが、彼らはアヤカシではない」 そう前置いてから、武帝は静かに話し始めた。私は私なりに、天儀の未来というものを考えてみた。私の心は、はかつて虚無の中にあった。彼らもまた、そうした虚無に取り付かれているのではないのか――今、護大派に属した若者が我々に協力しようとしてくれている。決して、不可能なことではないと思う。 (まことにお変わりになられた) 雪家は、伏せた面を僅かに綻ばせた。 ●三柱と護大 開拓者らとの交流の後、その態度を軟化させた唐鍼の口からは、特に護大派とその基本的な教義の範疇で様々な情報がもたらされた。 彼らの普段の生活や都市の様子、その教義の内容についてや、護大をどう捉えているのか。そして墓所とそこを守護する三柱の神の存在へと。 「墓所を守護する三柱……」 報告書をまとめながら、翠嵐は資料をじっと見つめる。 瘴気に沈む旧世界に存在する墓所。その最深部には、護大が眠っているのだという。であるならば、これまでに私たちが回収し封印してきた護大とは一体何だったのでしょう――翠嵐は問いかけた。 「護大は本来は姿無き存在。その御姿をこの地上に顕現させるにあたっての仮のものだ」 唐鍼は、正確なことは解らないと前置きした上でそう答えた。 「護大は墓所の奥深くで、長い眠りについている。もちろん、俺は自分で見た訳ではないが」 その墓所の最深部まで到達することができれば、護大に直に接触することはできるかもしれないし、そうではないかもしれない。 あるいは最長老と呼ばれる護大派の指導者らであれば墓所の最深部について、より詳しく知っている筈であるが、天儀をはじめとする儀の人々に対して陰謀を張り巡らすよう指示してきた当の指導者たちである。仮にそうであっても、現状、我々にとっては何の役にも立たないだろう。 「護大、現し身が存在す、其は墓所で眠り、護大に加護を与えん……」 彼は聖典の句を思い出すようにまぶたを閉じた。 「かつて、戦があった。世界を二分する戦だ。護大を奉じる我々の祖先と、それを認めぬ者達との間で起こされた戦乱だ。護大はその戦で負った傷を癒すため、長い長い眠りについた」 そうして、彼らは護大を護る為に墓所を建て、護大の傍に侍っていた三柱の神をそれぞれの塔に封じて後、自らの身体を瘴気に適したものへと改造した後、瘴気に沈んだ世界に残った。 だが、いかに優れた文明が存在していようとも、瘴気の影響から完全に逃れることはできなかった。 瘴気は確実に彼らの種としての生命力を蝕み、数千年の長きに渡って緩やかに衰退の道を歩んできたというのだ。 それでも彼らは待った。 ただひたすらに護大を奉じながら、護大の復活と共に訪れる終末の日だけを。 「定められた滅びの日だけを待ち続けるなんて……」 言いよどむ彼女を制して、唐鍼が目を向ける。 「護大は世界だ。愛であり死であり、法であり自然であり、対立する二者を矛盾させることなくその身に包み込む。滅びは救いとなって、世界は再びひとつに還る。これは世界の定めだ。世界を否定することなどできはしない」 「……今でも、それは変わらないのですか?」 「ああ、変わらない」 それでも、と彼は言葉を続ける。 「お前たちが『壊したくない』と言ったものを、大切に想う気持ちも、少しは解ったつもりだ」 そんな折であった。 ギルドに二つの使いが到着した。 ひとつは護大派との交渉の場を設けるとする朝廷、ひいては武帝の決定。 そしてもう一つは、護大との接触を試みたいという穂邑からの提案であった。 (担当:御神楽) ●龍、鳴動す 砂時計がさらさらと時を積もらせていく。 「遺跡に突入したお嬢ちゃんは大丈夫かな」 ブリッジで腕を組むギルド職員が、心配そうに呟いた。 「ふん、腕っこきの開拓者が十人もついてるんだ。これくらいのこと、何ら心配することはないさ」 彼らが言う『お嬢ちゃん』とはコクリ・コクル(iz0150)のことである。 彼女と、彼女と共に狗久津山の遺跡に突入した開拓者たちは、今頃遺跡の最深部に存在する制御室を確保する為にその剣を振るっている筈だ。 世界には、龍脈と呼ばれる存在が張り巡らされている。それらは儀の気脈とでも呼ぶべきもので、離れた土地同士を確かに繋いでおり、かつて大アヤカシ生成姫を倒した際には、その影響で絶海の孤島が崩落したことも記憶に新しい。 その龍脈が、陰殻はいつらめ神社から狗久津山へと繋がっている筈だという。 遺跡を再生する――いや、叩き起こすと言ったほうがいいだろうか? 龍脈を通じて大量の精霊力を遺跡へと叩き付けることによって再起動を促すのだ。八咫烏の主砲である、その巨大な精霊砲によって。 「ま、あのお嬢ちゃん一人ってんじゃどうしたって心配になるが」 船長が砂時計を睨みながら応じた。 艦橋には大型の時計の他に複数の砂時計が設置されており、それぞれに別々の時を数えていた。うちひとつ、最も砂の少ない時計から、さらりと砂が途切れた。 伝声管に顔を貼り付けていた船長が、声を大に叫ぶ。 「これより、主砲発射態勢を整える!」 「総員、配置につけ!」 「練導機関、精霊力集積を開始」 次の砂時計が時を数え終えた。 「主砲、充填開始!」 「練導機関出力最大。廻せェー!」 次々と飛ぶ指示。砂時計がひとつ、またひとつとその役目を終えるに従って、限界まで精霊力が充填されていき、八咫烏の主砲がほのかに光を浴び始める。十数分に渡って、微妙な調整を加えながら砲へと集められていく精霊力。 練導機関が悲鳴に似た唸り声を上げ、砲に出力を奪われた八咫烏は浮力を維持できず、がたがたと細かな振動と共にゆるやかに高度を下げ始める。 「このままじゃ自重を支えきれません!」 「もう少しだ、耐えろ!」 最後の砂時計が砂を途切れさせると同時に、船員が叫んだ。 「時間です!」 「カウント行くぞ!」 「10、9、8……」 刻まれる言葉。彼が0を数えたとき、据え付けの時計がけたたましい鈴の音を鳴らした。 「ッてェ!」 刹那、空が輝いた。強烈な閃光を放つそれは、天からこぼれた滝の如き様となっていつらめ神社の周辺へと降り注がれる。渦が、螺旋の光を描いて地に吸い込まれていった。 「……」 しんと静まり返る艦橋。 息を呑む船員たち。砲術長が駆け寄り、眼下へ視界を向ける。祈るような静寂が、艦橋を支配していた。まさか失敗したのではないか――ふと意識をよぎるその不安。その不安が、彼らの口から溢れ出そうになった、まさにその時だった。 何かの鼓動が、気を震わせた。 ごうごうと燃えがあるような黄金が、立ち上った。 「何だ!?」 「これは……龍脈が……」 架雀山、石伏山、そして上下大蛇山脈へと、光り輝くものが走った。立ち上る黄金は、まるで龍の鬣を思わせるほどに雄々しく、激しい光を放ちながら精霊力の奔流を誇示していた。 狗久津山は再び目を覚ました。その精霊門は、光を取り戻したのだ。 ●言葉の先 「護大派との交渉を持ちたい」 武帝の言葉に、豊臣雪家は表情を変えずに面を伏せた。 「は……しかし彼ら護大派は、かの唐鍼なる者の言葉が確かならば、とても我等の言葉に耳を貸すとは思われませぬ」 「そうかもしれぬ。だが、彼らはアヤカシではない」 そう前置いてから、武帝は静かに話し始めた。私は私なりに、天儀の未来というものを考えてみた。私の心は、はかつて虚無の中にあった。彼らもまた、そうした虚無に取り付かれているのではないのか――今、護大派に属した若者が我々に協力しようとしてくれている。決して、不可能なことではないと思う。 (まことにお変わりになられた) 雪家は、伏せた面を僅かに綻ばせた。 ●三柱と護大 開拓者らとの交流の後、その態度を軟化させた唐鍼の口からは、特に護大派とその基本的な教義の範疇で様々な情報がもたらされた。 彼らの普段の生活や都市の様子、その教義の内容についてや、護大をどう捉えているのか。そして墓所とそこを守護する三柱の神の存在へと。 「墓所を守護する三柱……」 報告書をまとめながら、翠嵐は資料をじっと見つめる。 瘴気に沈む旧世界に存在する墓所。その最深部には、護大が眠っているのだという。であるならば、これまでに私たちが回収し封印してきた護大とは一体何だったのでしょう――翠嵐は問いかけた。 「護大は本来は姿無き存在。その御姿をこの地上に顕現させるにあたっての仮のものだ」 唐鍼は、正確なことは解らないと前置きした上でそう答えた。 「護大は墓所の奥深くで、長い眠りについている。もちろん、俺は自分で見た訳ではないが」 その墓所の最深部まで到達することができれば、護大に直に接触することはできるかもしれないし、そうではないかもしれない。 あるいは最長老と呼ばれる護大派の指導者らであれば墓所の最深部について、より詳しく知っている筈であるが、天儀をはじめとする儀の人々に対して陰謀を張り巡らすよう指示してきた当の指導者たちである。仮にそうであっても、現状、我々にとっては何の役にも立たないだろう。 「護大、現し身が存在す、其は墓所で眠り、護大に加護を与えん……」 彼は聖典の句を思い出すようにまぶたを閉じた。 「かつて、戦があった。世界を二分する戦だ。護大を奉じる我々の祖先と、それを認めぬ者達との間で起こされた戦乱だ。護大はその戦で負った傷を癒すため、長い長い眠りについた」 そうして、彼らは護大を護る為に墓所を建て、護大の傍に侍っていた三柱の神をそれぞれの塔に封じて後、自らの身体を瘴気に適したものへと改造した後、瘴気に沈んだ世界に残った。 だが、いかに優れた文明が存在していようとも、瘴気の影響から完全に逃れることはできなかった。 瘴気は確実に彼らの種としての生命力を蝕み、数千年の長きに渡って緩やかに衰退の道を歩んできたというのだ。 それでも彼らは待った。 ただひたすらに護大を奉じながら、護大の復活と共に訪れる終末の日だけを。 「定められた滅びの日だけを待ち続けるなんて……」 言いよどむ彼女を制して、唐鍼が目を向ける。 「護大は世界だ。愛であり死であり、法であり自然であり、対立する二者を矛盾させることなくその身に包み込む。滅びは救いとなって、世界は再びひとつに還る。これは世界の定めだ。世界を否定することなどできはしない」 「……今でも、それは変わらないのですか?」 「ああ、変わらない」 それでも、と彼は言葉を続ける。 「お前たちが『壊したくない』と言ったものを、大切に想う気持ちも、少しは解ったつもりだ」 そんな折であった。 ギルドに二つの使いが到着した。 ひとつは護大派との交渉の場を設けるとする朝廷、ひいては武帝の決定。 そしてもう一つは、護大との接触を試みたいという穂邑からの提案であった。 (担当:御神楽) ●墓所幻影 旧世界と呼ばれた、かつての世界。儀ではないもうひとつの大地。 そこは荒涼とした死の世界であった。 大きく広がる砂の砂漠は足を奪い、岩砂漠に育つ僅かな植物も、水も、全てが多量の瘴気を含んでいる。オアシスのように点在する森は、そこに育つ植物を見れば儀における魔の森と同じものと解るだろう。 遠く地平線の向こうには、奇妙な建物の残骸が見え隠れする。それらもまた、遺跡と呼んで良いのだろうか。 天を見上げれば、空は分厚い雲に覆われている。 太陽の光もここまでは届かず、時折もたらされるのは瘴気の雫と、激しく吹きつける瘴気の嵐だけ。 そんな中にぽつりと残された半球形の建物が、護大派らの暮らすドームと呼ばれる都市だ。唐鍼によれば、もう、ここが最後の生き残りと言っても差し支えないのだという。そしてそこに並んで存在するのが、三つの丸い足場とその真ん中にある、まるで地上に向かって掘り進められたかのような三角錐の建造物。 墓所――ここではないどこかで、風が吹いた。 水辺に浮かんでいた少女が、ぱちりと目を開く。空は星の軌跡が巨大な円を描き、水面はただひたすらに静かだった。ここは世界の果てだ。全ての地平線であり、星のうまれるところだった。 頬を撫でる風に、少女は眠たげにまぶたを閉じた。 ●折衝 冥越の十々戸里に、作られた小さな塔が建てられた。 高さ五メートルほどのその塔の周囲には陰陽師らが集まり、唐鍼が伝えた差配に従って術式を展開させていく。 「この地は瘴気の濃度が比較的濃くはありますが、上手く行くかどうか……」 彼らが展開していたのは、風信術のいわば瘴気版である。旧世界――地上に住まう護大派らに接触する為、唐鍼に術式を提供してもらい、陰陽師らの技術に合わせて調整したものである。 術士長が印を結んだ。空気が振動するような音と共に、ざらざらと音が響く。 「もし……聞こえますか」 『……覚え…ない術の波長…、ど…の…ドームの者だ』 朝廷の勅使がぐっと息を呑む。 「我々は天儀を統べる帝の使者である。陛下は貴殿らとの和議を望んでおおせられる」 そこからの交渉は、多くは語る必要も無いだろう。 術の状態は悪かったが、辛うじて用は為されていた。術を通じて彼らはお互いに身元を確認しあい、訝しがる護大派を前に静かなやり取りが重ねられた。数日に渡ってそれが続いた中、朝廷の勅使がこれが武帝の強い希望であると伝えると、やがて護大派は、呟くようにして伝えてきたのだ。 和平交渉に応じる用意がある、と。 ことの次第について奏上を済ませた大伴と豊臣は、その足でギルドへと向かい、対応を協議した。 「ご老公の見立てでは?」 「……なんとも断じ難いところじゃ」 交渉は、まずは予備交渉と決した。 会場として指定されたのは、かくいう十々戸里である。護大派よりは随伴含めて使節が三十人。和平を締結する上での条件は、天儀が護大と瘴気を受け容れること――無論、呑める条件ではないが、この交渉はまず第一歩であり、交渉とはお互いに食い違う条件をいかに妥協するかを言う。そういう意味では偽りも無かろう。 このように、場所の選定、彼らの態度と通達など、これらはまず常道に則ったものであるのだが。 「故に、ちと気にかかる。整い過ぎておるように思う」 「ふむ……確かに」 大伴の言う通りかもしれなかった。護大派のこれまでの手段は、いうなればすべて詭道であったのだ。故に今回も偽りであろうと言うほど単純な話ではなく、翻して考えるに、今回の彼らの応対は常道に則り過ぎている。整い過ぎているのだ。 条件が問題外という暇傷は見えるのだが、全体を通しての隙が見当たらない。 そこが妙だ。 目立つ暇傷があるというのに、箱そのものは隙間無く閉じられているのである。 豊臣が、ふいに首を傾げた。 「さて。となると……『餌』が必要ですか。獲物を釣り上げる為の餌と釣り針が」 その口元が薄らと笑みを浮かべた。 「最長老さま、準備は滞りなく進んでおります」 「そうか……愚かな者たちだな」 最長老と呼ばれた男が、ゆっくりと振り返った。 頭には二本の角がねじれている、最長老と呼ばれるには若々しい姿の男性であった。もっとも、彼ら古代人の年齢と外見が乖離していることは唐鍼で解っていることだったが。 「兵の手配は滞りなく……於裂狐さまにも連絡はつきましてございます」 数名の部下らしき者達が並んでいる。 皆一様に顔を妙な布覆いで隠した、不気味な集団だった。 「我等が意と会談について伝えましたるところ、たいへんお喜びになられまして……」 「会場の図面につきましても、密偵よりこれに」 一人ずつ、一歩前に出て順番に報告を済ませていく。 最長老はそれをじっと聞いていたが、やがて小さく笑い、告げた。 「宜しい。では、私も出席するとしよう」 ざわめきが起こった。 「最長老様御自ら?」 「おやめ下さい。我等にお任せくださればそれで十分でしょう」 「奴らの戯言をまともに取り合う必要はございませぬ」 部下らの進言を、彼の手が制した。 「よい」 「は、しかし」 「奴らに、私が出向くことを伝え、帝か神代の娘の出席を要求せよ。奴らとて相応の人物をよこさざるを得ぬ筈だ」 その言葉に彼らは小さく頷いた。 最長老は変わらず微笑んでいたが、やがて、事も無げに呟いた。 「少しでも、お喜びいただける贄を並べねばな」 ●うつろいゆくもの(9月10日追加) 数日後、開拓者たちは穂邑の回復を待って改めて武帝と面会した。 結論からいえば、先の接触によってかかる問題が解決したとは言えない。 それでも、そこから得られたものは決して小さくなかった。 開拓者たち自身が自らの眼で見、耳で聞いたものは、既に【報告書】にしたためられている。身体の回復した今、気になるのは依り代となっていた穂邑自身がどのように感じていたかである。 「ええっと……」 どこから話したものか悩む穂邑。 神官らが早く話すよう慌てて目で促すが、話をまとめ難そうなのを感じてか、武帝は先んじて質問を投げかけた。 「単刀直入に聞こう。儀は墜ちるか」 「……」 御簾の裏より投げかけられた問いに、穂邑が身体を強張らせる。 「おちます」 ようやくの思いで搾り出したその言葉に、空気が沈黙する。 「護大は全てを無に還そうとしています……」 「それが護大の意志、ということなのか」 「はい……いえ、でも、違うんです」 「違う?」 「その、それは、意志と言うには少し違う気がして。もっと自然で、当然のことみたいな……何て言えば正確なのかは、解らないのですが……」 必死に言葉を探る穂邑。 「護大の依り代になってみても、護大の思考のようなものは全く感じなかったのです。神霊の依り代となっていた時の感覚に似ていましたけれど、でも、神霊には執着というか、想いのようなものはありました。護大にはそれもありませんでした。 護大が全てを無に還そうとしているのは確かだと思います。 けれどそれは、例えば私たちが眠くなったら自然と眠るような、そんな、無意識の意志とでもいうような感じがして……」 もう少し正確な事が解らなかったのか、と神官らが問う。 穂邑は小さく首を振った。 「よい」 武帝が制する。 「護大自身にも説明できぬことであれば、言葉によって翻すことは、叶わぬだろう……護大を討つ他に道は無いようだ」 「けれど……」 言い淀む穂邑。 武帝は御簾を翻して、穂邑の前に膝をつく。 「辛い役目を押し付けた。そなたの言いたいことは解る……だが、天儀の運命が掛かっている。それこそ、護大派が言うように滅びを受け容れる訳にはいかぬのだ。それが我ら人の限界かもしれないとしても、だ」 (担当:御神楽) ●我が名は天狗 飛空船の一角に陣取る天狗らは、まんじりと黙り込んでいた。 「……」 開拓者たちが酒を囲み、ちらちらと天狗のほうを見やる。 「なぁ」 「何だよ」 ぼそぼそと声を掛けるサムライに、砲術士が首を傾げる。 「何か話しかけたほうがいいのかな」 「やめとけやめとけ。さっき話しかけた女の子が、涙目で船倉に駆け込んでったばかりだ」 「うーん、いや、それはそうかもしんないけどさ」 サムライが徳利を手に立ち上がる。 「一時的なもんかもしれないけど、これから共同戦線はろうって間柄なんだ、やっぱこれはよくないよ」 「バカ、やめとけ、おい」 小声で呼び戻そうとする彼をよそに、サムライは徳利片手に天狗の輪に近づいていった。 「や、どうだい、あんたらも酒くらいやらないのか?」 「……」 黙っていた天狗らが、一斉に顔を上げ、サムライの顔を睨みつける。 ぎろりと睨みつける眼光は鋭く、その様は、一声掛かれば今すぐにでも共同戦線を解かんばかりに思えた。 「そんな怖い顔しないで、一杯やらないか」 「失せろ」 ちっと舌打ちして、天狗が手で追い払う。 負けじと杯に酒を注ぎ差し出す彼を睨む鴉天狗が、がらがらと喉を鳴らした。 「失せろと言ったのが聞こえないのか」 「我等は『餌』と馴れ合う気はないぞ」 「取って喰われたくなければ去ねい!」 口々に凄む天狗たちの様子に、彼は少しムッとした様子で徳利を突き出す。 「これ、陽州の極上品なんだぜ?」 「くどい! 言葉が聞こえぬなら――」 狼天狗が錫杖を振り上げ立ち上がった。殺気立つ気配。握り締める拳に力を込め、その徳利目掛けて振り下ろそうとしたまさにその時。錫杖が宙を舞った。 「ぎあっ」 もんどりうって転倒する狼天狗。 他の天狗らの顔色がさっと青くなる。 何事かと首を傾げるサムライの手から、ひょいと杯を摘みあげる影があった。 「ダメだよ、仲良くしなきゃあ。ねえ?」 飄々とした、気の抜けた声。聞き覚えのある者ならば一発でそれと解るだろう。大アヤカシ「天荒黒蝕」が、杯をついと飲み干す。 「なるほど良い酒だね」 「……」 居並ぶ天狗も、開拓者も等しく息を呑む。 「けど大将サンよ、そちらの部下さんはどうも不満らしいぜ?」 砲術士が、床に腰掛けたままじいっと天荒黒蝕を見つける。 天荒黒蝕がくるりと振り返り、にやりと笑った。 「そうだとも。これでも中々なだめるのに苦労してるんだよ?」 「大アヤカシが部下のご機嫌なんぞ取るものか」 「いやあ。僕さ、部下の自主性尊重するほうだから」 「そうかい……それなら、部下をなだめてくれてることに礼の一つも言わなきゃならんな」 男が立ち上がり、自分の酒を天荒黒蝕に突き出す。 「礼はいいよ。だけどさ」 杯に酒を受ける天荒黒蝕。 「そんな訳だから、よく楽しませてくれよ? 君たちが面白くないと、僕だって味方した甲斐がないんだからさぁ……」 にいっと笑う口元に、悪意が浮かんでいる。 顔はにこにこと笑顔に見えるが、目元が笑っていない。そのことを隠す気さえ無いらしい。なるほど天狗だ。傲慢で愉悦的。加えてこの大アヤカシは享楽家ときている。 (こいつは油断ならんぞ) 彼は、ぐっと息を呑んだ。 ●狂気の果て 上を見上げれば、薄暗い太陽が仄かに輝いていた。 都市に人の気配はある。しかし人々は皆静かであり、そこは、穏やかではあれども、生活空間と呼ぶにはあまりに活気を欠いている。まるで修道院のように静まり返っていた。 「人口太陽の光量が落ちております」 部下の報告に、最長老が笑う。 「構わぬ。落ちるがままにせよ」 そこは、都市の深部に位置する神殿だった。 「それよりも迎撃の準備はどうか」 「は……アヤカシとの連絡は滞りなく進んでおります」 その背後にはもの言わぬ衛兵が静かに佇んでいた。アヤカシであろうと思しきそれが、一歩足を進めて、資料の束を差し出す。差し出された資料を机の上に積み上げて、最長老が小さく頷いた。 「死霊兵の配置転換はどうなっているか」 「既に八割がた終えております」 「ふむ……ならばよい」 「術士らも装備を整えつつあり……」 並ぶ部下らがそれぞれに報告する。 彼ら護大派が扱う術は、陰陽師のそれと似ている部分がある。瘴気を力の源としている点などがそうであるが、護大派のそれは更に一歩を踏み出したもので、アヤカシが扱うものと同じ術まで使用する。瘴気との高い親和性を持つが故に可能な芸当であり、それらは数千年の長きに渡って脈々と受け継がれてきたものである。 それら術士の配置と展開について自信を見せる部下たちである、が―― 「足らぬな」 「足らぬ……と申されますと?」 「此度の戦においては、あらゆる術式の使用を許可する」 「な、なんと……」 「それほどまでの手を用いて、連中を排さんとするのですか?」 問い返す男に、最長老が頷く。 「一戦を交えてみたが、彼奴らの力は予想以上である。私の推察となるが、報告にあった以上と見てよい。全ては等しく終焉を迎えるのだ」 最長老は誰に語るとでもなく口にする。 「故に、この戦において禁術の別は無意味である。覚悟せよ。滅びの時が始まるのだ……」 「は、ははっ」 うやうやしくこうべを垂れる部下。 最長老は背後を振り返った。 背後、祭壇の左右には、座禅を組んだ姿勢のまま干からび乾いた、かつて人だったと思しき者たちがもの言わずに佇んでいる。 かつて、この世界を『あるべき姿』に正そうとした者たちがいた。その者たちは護大を奉じて世界を二分した。それも今は、人口五千にも満たない。総本山であったここ墓所でさえ人口二千前後といったところだろう。 干からびたミイラたちは、かつて指導者の地位にあった長老たちである。 かつては、ここに世界中から長老とその末裔が集ったのであろう。 (その長老も、もはや私ひとりか……もっとも、私が継いだ時には、既に四名を数えるのみであったが) 視線を更に奥へと転じた。 護大が、この祭壇の更に奥深くに、深き眠りについている。 彼は確信していた。護大は、長き眠りから目覚めようとしている。それは全てを渾沌に巻き込み、世界を滅びへといざなうだろう。我等護大派はその尖兵なのであり、ただひたすらに、その為だけに数千年の歴史を重ねてきた。 世界の愛を忘れ、母なる存在を省みぬ愚か者どもに、世界の真の姿を説いてやらねばならぬ。 それこそが、我々に課せられた崇高なる使命なのである――と。 その使命はやがて完遂される。護大の覚醒と世界が空へと還り、渾沌に至ったとき、彼ら護大派もまたその世界では到底生きていけなくなるであろう。世界は零に回帰し、護大の子らたるアヤカシが世に満ち、新たなる世界が始まるのだ。 「死符を配するのだ」 ぽつりと、最長老が呟く。 「……」 息を呑む部下が、最長老の背をじっと見つめる。 「最長老さま。死符は……」 「我が命が聞こえなかったか?」 「いえっ、し、しかし」 うろたえ食い下がる彼の前で、最長老がフードを翻す。 「安心せよ。誰一人として置き去りにはせぬ」 最長老の口元が薄らと歪んだ。 ●墓所上空 雷を伴う黒い雲。その間を縫う様に進む八咫烏の甲板に立ち、天元 征四郎(iz0001)は見え辛い視界に目を凝らすように目を細めた。 「……首の後ろがチリチリするな……空気が震えている、か?」 「雷の所為でしょうか?」 「いや、そう言うものではない」 征四郎と同じく甲板に立つ穂邑(iz0002)が不思議そうに呟く。それに苦笑を滲ませて応えると、彼は何かを思案するように視線を動かした。 (……悪寒、か……?) 安全とは言い難い航海であることは理解している。だが此処まで感じる悪寒とは何だろう。 「警戒するに越した事は無いか……」 そう呟いた時、傍で甲板の下を覗く様に身を乗り出した穂邑から声が上がった。 「雲が切れてきましたよ――うわぁっ!」 感嘆の声を零す彼女につられて目が動く。 そうして捉えたのは雷雲の先、薄雲に覆われるようにして広がる巨大な遺跡の姿だ。 「……これが、墓所……」 想像の範囲を越える墓の大きさに息を呑む。それも、唐鍼の言葉が確かならばこれは墓の上に立てられた守護所、いわば墓標か何かに過ぎないというのだ。 三角形の墓を備え、三本の柱を天に伸ばす墓。 天儀に居ては到底お目に掛かれない姿に、八咫烏に乗り込んでいた開拓者等も次々と姿を見せては歓声を上げて行く。 だがこの歓声はすぐ別のモノへと変じた。 「二時の方向、下方!」 「敵の群れ、幅四丸」 天狗アヤカシが上空で叫んだ。 「アヤカシだ! 飛行アヤカシが多数接近中!」 観測員が声を張り上げる。天狗アヤカシが瘴気の空を飛んでいる。だが今いう「敵」はこの天狗たちではない。近づきつつあるのはまた別のアヤカシ集団だ。 八咫烏全体を揺らす声に征四郎は自らの刀に手を伸ばした。 「……悪寒の正体はこれか」 呟き、視界を眼下に投げる。 其処に見えたのは遺跡から飛び出してくる無数のアヤカシの姿。空を目指す黒い点が、ひとつの龍のような姿で此方に向かって来ている。 「急げ! 急いで戦闘態勢を整えろ!」 「龍を出せる奴はこっちだ! 飛べる奴等もこっちに来いッ!」 飛び交う怒号に否応無しにも戦闘の気配が強まって行く。 「俺は行くが……」 お前はどうする? そう投げ掛けられた視線に穂邑は自らの手を胸の前で抱き締める。 彼女は自分に問いかけた。私は皆の役に立てればそれでいいと、ここまでただがむしゃらに奔ってきた。それが自分にできることなら。それがこの力の役目ならばと。今、私に何ができるだろうかと考えたとき、その答えは、彼女には見つからなかった。 護大という存在を前にして、彼女は、明快な答えを示す術が見つからなかった。 自分に対してさえも。 だけど「どうすればいいか」という答えは無くっても、「どうしたいか」という想いは、今、この胸の中に確かに存在している。 (立ち止まりたくない!) 心の中で叫んだ。 そうして表情を引き締めると、ひとつ間を置き「行きます」と足を踏み出した。 ●???? 何かが、目を覚ました。 水面に浮かんでいたそれは、ぼんやりと空を見上げて、ぱちくりとまばたく。 繭がうごめく。火の玉は輝きを増し、風たちは塔を狭しと駆け巡る。 アヤカシたちは吼え猛った。塔の中を遠吠えがこだまする。 影は、塔を練り歩く。廊下に灯りを点すと人影が壁より現れる。 断片の記憶。私――どこかで聞いた気がする。 そうだ、私から聞いたのだ。私のことを私と言うらしい。護大――護大と呼ばれる存在。何がそう呼んだのだろう。私の筈であったのだけど……思い出してみよう。私は空で、空は全で、全は無で、無は空で、空は私だ。ぐるりぐるりと全ては巡る。 目をこすりながら起き上がって、大きく背伸びをした。 私が、私を揺り起こそうとしている。 ならば私は私によって私を知ることになる。起きよう。もうすぐ朝だ。 (執筆:朝臣あむ、御神楽) (監修:御神楽) ●別の道 降伏を容れた護大派は、非戦闘員らを中心におよそ二百人程度であった。 それ以外の多くは、戦いの中で討たれるか、自らの死をもって「滅び」を迎えて世を去った。残された者は僅かに一割ほどであり、残党との散発的な交戦もなくならぬまま、彼ら捕虜らの間にも不穏な空気が漂っていた。 「……ま、まるで口を聞いちゃくれねえ」 開拓者がたじろみ、距離を取る。 「警戒心はまだ強いか」 「どうだろう、唐鍼に何か声を掛けてもらうってのは」 唐鍼は静かに首を振った。 「曲がりなりにも俺は『裏切り者』だ。降伏を容れた者たちであろうと、俺の言葉を素直に受けることは難しいだろう。それよりも、さっき振舞ってやったような料理とかのほうが良いと思うぞ」 「しかしなぁ」 「千の言葉や理論よりも、一杯の白湯のほうが心を溶かすことがある。俺は儀でそれを学んだつもりだ」 開拓者数名が顔を見合わせる。 「唐鍼が言っていた食料ってこれか?」 ヴィユノーク(ic1422)が背嚢に荷物を一杯に詰め込んで戻ってきた。 中身をばさりとあたりにぶちまけると、完全に密封された不思議な金属製容器や、術式の施された小袋が散らばる。頷いた唐鍼が容器を開くと、中には鈍い色をした野菜らしきものが詰まっていた。 イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)が指で摘み上げる。 「ふうん、これがそうか」 「味見はしないほうがいい。おまえたちには毒だ」 「毒? 瘴気か?」 彼女の問いに、唐鍼は頷く。 旧世界は瘴気の世界だ。育つのは、こうした植物ばかりである。護大派の人々はアヤカシを仲間と見、原アヤカシ種などを手元に置くことはしても、無論、これらを食べることはしない。彼らは魔の植物を作物として、これらだけを食して生きてきたのだ。 ●命の輝き ――――我々生命の到達点を見せよ、命の輝きを示せ。 ホノカサキと思しき人影が、ゆらりと一歩を踏み出す。 「くっ、させるかよ!」 再び動き始めたホノカサキ目掛け、開拓者の一人が刀を手に飛び掛った。 すれ違いざまに『流し斬り』でその胴を薙ぐ。辺りに赤い血がぱっと飛び散った。ホノカサキはぐらりと身体を二つに折り、ふらふらとした足取りで辛うじて踏みとどまる。 「だが、効いてるっ」 地を蹴り、即座に取って返す開拓者。 「それ以上だめ! 退いて!」 星芒(ib9755)が叫んだ。 彼女はかつて、洞窟で地蔵よりのヒントを聞いた。それが確かならば、同じ技は二度と通用しない筈だ。 ホノカサキは迫る開拓者を前にゆらりと振り返る。 緩慢な動きで手のひらを開くと、そこに光が集まり、輝きと共に剣が出現した。開拓者が刀の刃を返す。だがそれより遥かに素早い動きで、ホノカサキが身を屈めた。先ほどまでの緩慢な動きが、まるで幻であるかのように。 次の瞬間、その胴を薙がれていたのは開拓者であった。 彼の刀はホノカサキの頭上を走り、身を屈めて走り抜けていたホノカサキが、彼の背後でゆらりと背を伸ばす。 「今のは俺の!?」 自らが放った流し斬りに間違いない。 「バカな、いったいどういう……」 問いかけたまさにその時だった。あたりに、重苦しい弔鐘の音色が響き渡った。空気が震え、その音色は開拓者たちの精神を直接抉りに掛かった。身体からじっくりと力を奪われていくのが解る。 「オーノー! これはまさか!」 ヴァン・ホーテン(ia9999)が後ずさる。 ホノカサキは歌声を響かせながら一歩、また一歩と開拓者たちに歩み寄る。その剣を握る構えは、開拓者のそれであった。 「技が効かない、ってだけでは済まないみたいね!」 「一旦エスケープするしかありませんネー!」 星芒の言葉に、ヴァンが答えた。 彼らは負傷した開拓者たちを抱えると、植物に覆われた図書館のような最上階を慌てて離脱した。閉じられる門。ホノカサキはそれ以上追ってくる様子もなかったが、暫く門を見つめていたかと思うと、閉じられ行く門に向かって告げた。 『また来るがいい』 ●天を穿つ 青空が渦を巻いて剣の中へ吸い込まれていく。 カンナビコの消滅と共に、周囲の青空はやがて掻き消え、後には何ら変哲のない遺跡の一室だけが残されていた。 「おかえり!」 目を覚ました時、御凪 縁(ib7863)達の笑顔があった。先に避難していた仲間が見える。塔の最上階だった。扉のあった場所には素朴な祭壇があり、壊れた陶器の人形が転がっている。巫女達は心置きなく癒しの技を味方へ施していた。 「で、どうやって倒したんだ? へえー、みょうちくりんなのが居るもんだな」 話を聞いた縁はふと思った。 (こいつら神連中を倒したら、志体持ちってもんがなくなるんじゃねぇか? ま、それならそれでいいのかもしんねぇが、瘴気の元もなくなるだろうしな) 「なんだこれ」 ヒビキ(ib9576)の呟きに、周囲の開拓者たちが振り返った。 「どうしたんだ?」 「見てくれ」 彼が掲げた天叢雲剣には不思議な輝きが宿っていた。 その輝きは徐々に弱まっていき、やがて、吸い込まれるようにして消え去る。だが、カンナビコを討つ前からこの剣を握っていた彼には解る。以前と今とでは、剣から感じる力に確かな違いがある。 だがそれは新たな力や、変化と言うべきものではない。 本来二つに分かれていたものがひとつとなったような、本来の姿を取り戻したかのような感覚だった。 カンナビコが討たれたのと時を同じくして。 はっと、穂邑が顔を上げた。 首都の無明では、中央に位置する神殿の捜索が行われていた。護大に繋がる手がかりを探る彼らは、神殿の奥へ奥へと歩を進め、祭壇を囲むように並ぶミイラの列を見つけたばかりであった。 「……」 穂邑が辺りをきょろきょろと見回した。 誰かが、心に触れた気がした。 「何か感じるのか、穂邑?」 心配そうな様子で顔を覗き込まれ、穂邑はゆっくりと頷く。 「この感じは護大……だと思います」 だがそれは、これまでに無いほど強烈で、鮮明な印象を伴っていた。 肌を、悪寒が這い回った。 何者か――いや、護大の手が、自分をまさぐっている。それは暗闇を徘徊する亡者の手であるかのようだった。護大は私を探しているが、見つけられないでいるのだ。思わず私はここだと囁きそうになるのを、穂邑はぐっとこらえた。 穂邑の顔が青ざめていく。 今、護大に私を知られてはいけない。手を掴まれたら最後、連れ去られて、きっと、二度と戻れない。 何故だかは解らない。だが確かにそう感じた。 「大丈夫か? おい!?」 穂邑の尋常ならざる様子に、開拓者たちが慌てて駆け寄った。 身体をまさぐる手はするり、するりと通り過ぎていく。影はぐるぐると渦巻きながら穂邑の身体をすり抜けて、どこか虚空へと溶けたように感じた。 私は――なんだ―― 消え行く声が脳をくすぐった。 「……ハッ、ハッ」 緊張から解き放たれて、穂邑はぺたりと座り込んだ。 肩が上下して冷や汗が背筋を伝い、心臓は激しく脈打って、神代がぼんやりと輝きを増して行く。 「大丈夫……です」 「とてもそうは見えん」 「後方から、吟遊詩人を呼んで……」 「大丈夫ですっ!」 穂邑の強い言葉に、場が静まり返る。 「今、確かに護大を感じたんです。これまでよりもずっと鮮明に。ですけど……何かが違うんです。護大は『私』を探していたんです」 穂邑のことをか、との問いに、穂邑は首を振る。 「解りません。変な感じで、言葉にするのも難しくって……ただ『私』なんです。自分自身とでも言うような……」 (執筆:御神楽) ●幻影 その時天元は、一人の護大派を倒したところだった。 「諦めろ。その身体ではそれ以上戦えない」 「おのれ」 足の骨を折った護大派が、壁にもたれかかりながら立ち上がる。 「今おんもとに……」 「くっ」 自爆――その様子を察した天元が刀を振るった。 刀の一閃が護大派の首を切り裂いた。短い悲鳴が上がる。噴出す血と瘴気が天元の頬を塗らした。 刀を鞘へとしまい、動かなくなった護大派の遺体へと歩み寄る。一歩、二歩と進んだその足が、ふと止まった。 「……どうした?」 開拓者が天元の妙な気配に振り返って、あっと声を上げた。 都市の奥、神殿の上空に巨大な人影が姿を現していた。禍々しい色をしたそれは、瘴気と共にとぐろを巻きながら姿を現し、奇妙に身体を歪ませながら立ち上がり、そのまま煙のように姿を消した。 「何だ今のは」 思わず、息を呑んだ。 穂邑の願いで、八咫烏内部の指揮所には大伴らギルドの幹部ら数名が顔を揃えていた。他には、各所への伝令を兼ねた開拓者たちに、天狗からも、天荒黒蝕が一人だけ顔を見せている。 緊張の面持ちを見せる穂邑を前に、大伴が微笑みかけながら問いかける。 「して、重要な話とは何かの?」 「先ほど、再び護大と接触しました」 幹部らがざわめき立った。 思わず身を乗り出して矢継ぎ早の質問を投げかける彼らを制し、大伴は、焦らず順を追って話すよう穂邑に促した。穂邑は小さい深呼吸をひとつついでおいてから、ゆっくりと話し始める。 「先ほど、神殿内部で墓所について調査をしていた時でした……」 穂邑はひとつひとつ、言葉を数えるようにして話を続ける。 護大の気配のこと、それがより鮮明に、強烈に働きかけてきたこと。そしてそれに触れた時に、己の中に立ち上ってきた根源的な畏れ。 「これも、カンナビコを討ったのとちょうど同時刻か」 「……これも、というのは?」 「都市の側でも、奇妙な人影を見ている」 職員が、手元の資料から一枚の練感紙を取り出した。 「写真術式機のものです」 偶然機材を持ち合わせていた開拓者が撮影したものだという。 そこには、都市で見られたあの巨大な人影の姿が写し出されていた。 「カンナビコと天の塔は、墓所の守護者のひとつじゃ。おそらく、これらは全て護大に関わるものである、と断定して良いじゃろう。穂邑殿、神殿で見た人影とは、これと同じものであったかな?」 「……」 穂邑が押し黙り、怪訝な表情で顔を上げた。 「違います」 居並ぶ人々がざわつく。 「では、これは護大と関係がないのか」 「いいえ、そうじゃないんです。これは確かに護大だと思います。この人影から感じるものも同じなんです。ただ、私が見た姿は、これじゃありませんでした」 揺れる髪や肌に色はなく、何かを探すその腕は、か細かった。 それから、霞が掛かっていたもう一つのイメージ。影の中に瑞々しく揺れる、かすれた白。 白い瞳。 色を持たない何か―― 「少女」 ぽつりと呟く。 少女の姿であった。この巨人とは似ても似つかぬ。 「馬鹿な!」 誰かが声を荒げた。 「いや、待て」 またひとり、別の開拓者が立ち上がる。 「泰で『フェンケゥアン』を討った時のことを覚えているか。あの時俺たちは、少女らしき人影の後ろ姿を見ている。そうだな?」 「ああ、私も覚えている」 何人かの開拓者が頷く。 「穂邑の見た護大の影が、少女の姿をしていたっての、十分に信じるに値するぜ」 「それじゃあ、あの都市で見た影は何だったって言うんだ?」 「だからさ」 飄々とした声が響いた。 「そちらも護大なんじゃないかな」 天荒黒蝕だ。 「穂邑ちゃんだって、そちらも護大だと感じたんだろう? だったら、両方とも護大だという前提に立って考えようよ」 彼は口端を持ち上げながら言葉を続ける。 「君たちも、僕ら大アヤカシが取り込んでいる『護大の欠片』のことは知っているだろう? あれの大きさを思い出してみなよ。この巨人のものと考えたほうが、自然だと思うよ」 翠嵐がおずおずと手を挙げる。 「それに、護大の欠片は、かつて護大の実体と戦った結果に飛び散ったものではないかとの報告が、これまでも開拓者の皆さんから折に触れ届いているのは事実です。護大には、実体とは別に本体があるんじゃないかって」 「ならばあの巨人は実体の影、穂邑の見た姿が本体の影だというのか?」 「おそらくは……」 穂邑の答えに、しんと場が静まる。 「全くぞくぞくするね。どんな怪物が眠っているかと思っていたら、本体はそんな姿だったなんて。こいつは愉快だ。実体側だけであれだけのプレッシャーを感じさせるんだ。本体を相手どってどんなことになることやら」 まるで他人事、といった様子で天荒黒蝕が笑う。 「貴様!」 ギルド幹部が机を叩く。 「僕はいい加減なことを言ったかい? 実体も本体も、いずれも撃破しなければ現状は変えられないよ? 君たちにとったら、そのことが確認できただけさ。でなければ数千年前の繰り返しで――」 「待ってください!」 天荒黒蝕の享楽的な声に、割り込む穂邑。 にやりと笑みを浮かべた天荒黒蝕が、穂邑をじいっと見やる。 「僕の言葉に割り込んでまで、何を言いたい?」 天荒黒蝕の重圧に一瞬たじろぐも、逃げ出したくなる心をぐっとこらえて、穂邑は天荒黒蝕を見つめ返した。 その背後に、神殿で見た、護大の白い瞳が重なる。 「私は、もう一度護大と話がしてみたいんです」 自らの手を、ぎゅっと握り締める。 「護大の影はより鮮明になってきています。塔とその守護者を全て倒した時、きっと、また接触できる筈です」 「……正気かい?」 天荒黒蝕が呆れた様子で首を振る。 「護大との交渉がはなしにもならなかったのは、君たち自身が経験したことだろう。あんなものを相手にどう交渉をする気だい? 失敗して君が失われたら、本体を撃破できなくなるじゃないか。僕たちにとっちゃ、君たち人間がどれだけ死のうが苦しもうが知ったことじゃないけど、それじゃあ僕は面白くないんだ。だから忠告してあげるけどね、君たちの表現で言うならば、あれは世界を滅ぼす気だよ? 現に、古代文明は呆気なく滅んだ。後に残ったのは、護大派の都市みたいな、面白みの欠片もないような墓標ばっかりだ。それとも数千年『お昼寝』してるうちに、護大が『良い子』になったとでも言うのかい?」 「でも! 護大は何かを探していました。それが何だったのかはとても不確かで、自分自身とでも言うか……ただ、それでも、何かを探していたことだけは確かなんです。 護大が仮に、護大派の皆さんが言ったように世界そのものであったり、あるいは天荒黒蝕さんが言うように世界を滅ぼすだけの純粋な存在であったならば、一体何を求めるって言うんですか!? 私はこのまま護大をやっつけてしまうのは嫌なんです!」 「……何て駄々っ子だッ!」 天荒黒蝕が叫ぶ。 ざわめく瘴気に、密室の空気が逆立つ。 「それまでじゃ!」 凛とした声が、逆立つ空気に立ちはだかる。 大伴定家が口元を真一文字に結んでがばと立ち上がる。 「天荒黒蝕殿、貴殿の言うことはあい解った。しかし、まずはその殺気を収められよ」 「……ふう」 「そして穂邑」 大伴はいつもの柔和な表情に戻り、まるで孫に接するように問いかける。 「お主の言いたいことはよう解った……しかし、この老人の考えるところは、やんぬるかな、天荒黒蝕殿と同じじゃ。 この老体は無為に年を重ねてきた訳ではない。この歳になるまで、多くの敵と争い、友と別れ、仲間さえ討ち、若人の心に拭えぬ影まで作ってきた。それでもなおこの歳まで生き永らえてきたのは、この双肩に背負う荷があったからじゃ」 「大伴さま……」 「良いかな。我等の肩には、天儀の民、いや、この世界そのものが圧し掛かっておるのだ。その事を思えば、ここで不確実な道を取る訳にはいかぬ。それが、これまで生きてきたわしの結論じゃ。しかしわしは、決して、わしの結論を押し付ける気はない。であるから、今一度問うぞ。 真に、己の為すべきことを見極めよ。そして己自身の心に問うのじゃ。それでよいのかと」 「……はいっ」 穂邑が小さく頷く。 大伴は、ふうと一息つくと、辺りで固唾を呑んで見守っていた開拓者たちをぐるりと見回した。彼はひとりひとりをじっと見やるようにして彼らを見回して、静かに言葉を続ける。 「この戦には世界の行く末が、未来が掛かっておる。迷いや後悔があってはならん。故に、今一度みなにも度問おう。護大と戦うべきか否かをだ。 わしの意見は、既に伝えた通りじゃ。しかしどのような結論を下そうとも、わしは責任を持って己が責を果たそう。故にみなにも約束してもらいたい。合議が決した後は、迷いは振り切ってもらう。一心新たにし、共に力を合わせて戦おうぞ!」 (執筆:御神楽) ●護大会議 護大をどうするか。 その会議は長く続いた。 「ただ、恐らく当時、護大派との戦いがあったにせよ、世界派は護大を完全に消滅させようとして結局できなかったんだろ?」 不破 颯(ib0495)があっけらかんと言う。 その点については、逆を言えば、古代の人々も対話が可能であればとっくにやっていたのではないか、とアーシャ・エルダー(ib0054)が指摘する。護大の説得が為されていたかどうか確かなことは解らない。この点ばかりは、追求しても明確にはならないだろう。 以心 伝助(ia9077)が立ち上がって発言した。 「護大の実体を討つ事で一応の解決になる事は過去が証明していやす。本体は未知数っすけど、どちらか選べと言うなら、より可能性の高い方を選ぶっす……生きる為に」 絞るようにして呟く。 彼にはシノビとしての覚悟と経験がある。その言葉はけして軽くはない。 ただ、不破の懸念としての本意はまた別にある。 「あとは、護大が一種の「現象」であるならば、消滅させる方がリスク高いんじゃないかってさぁ」 「それでも、なのです。今まで戦ってきた意味を失わないため、そして、世の終焉が護大の存在と結びつくなら……全ての起点となっている護大を消滅させましょう」 秋霜夜(ia0979)が拳に力を込める。 「全てが無に帰るにしても、その選択は護大ではなく、人が選んだ者としたいのです」 啼沢 籠女(ib9684)は情報が手に入れた上で破壊を決める可能性に言及しつつ、淡々と告げた。 「同じように選ぶことが出来るのであれば、一度信じてはどうだろう」 「実際、相手には我々に対する悪意はおろか、明確な意志さえもないのかも知れない」 完全に消滅させるより他にない、と断言することは難しいと思う、というフランヴェル・ギーベリ(ib5897)の疑問に、リシル・サラーブ(ic0543)が言葉を続ける。 「意思も自我もなく、ただ向かった先が破滅であったのだとすれば……認識を与えることができれば、道はあるのではないでしょうか。そして、恐らくは護大もその鍵を求めている……そうですよね? 穂邑さん」 頷いた穂邑が、目を伏せた。 当時の様子をひとつずつ思い出すようにして、彼女は言葉を選ぶ。 「……以前接触した時も、護大に、悪意というべきものは感じられれませんでした」 その点については、何名かの開拓者が確かだと答える。 「護大はただ私たちの言葉を反芻したり、奏でた調べにリズムを取るだけだったんです。護大は到底、自己というものを明確に持っているようには思えませんでした」 その言葉に続けて、霧咲 水奏(ia9145)が首を傾げた 「確かに、護大がただ悪しきものか否かは難しいでしょう。しかし、儀の民を苦しめ、雲海の下の世界を破滅へ向かわせたことは事実」 じっくりと、一言ずつを選ぶようにして言葉を続ける。 「今は説得できたとしても、残しておけばいつか同じことを繰り返すでしょう」 「おいら、理性や言葉があるアヤカシと離したり、一緒に定食を食べたり……好きになったこともあるよ。でも、最後は倒すしかなかった」 小伝良 虎太郎(ia0375)が目を伏せる。 「護大って瘴気を出すんでしょ? ……なら、最後はそうなっちゃうんじゃないかな」 「だから、護大に「生きる」ことが何かを教えるんです」 フェルル=グライフ(ia4572)が立ち上がった。 「相反する性質を内包しているのは、それは人自身や人と人の関係そのものです。護大が未だ赤子なら、生きる事を共に考えられる。私は愛する人、子供達、友、大勢の方々と優しく暮らせる世界の形を護大に伝えたい」 煉谷耀(ib3229)が静かに答えた。 「赤子……か。だが、儀に住まう全ての命の代弁者たる自覚はあるか。俺達の選択は即ち儀の選択だ。より不確実な道を選ぶ重責を、真に感じているのか?」 静かに、あえて泥をかぶる覚悟の、鋭い問いが飛ぶ。 リーシェル・ボーマン(ic0407)が、それを受けて背筋を正した。 「確かに私たちの背後には儀に住まう命が背負われている。だが、背負う荷は今の儀の民だけで良いのか?」 どういうことか、と誰かが聞いて、リーシェルが頷いた。 「恨みや穢れは簡単に癒えるものではなく、長く人を蝕むモノだ。護大も然り。そう長く在り、蝕み続けたのではないのかと……根源の輪廻を断ち切らねばならないのではないか?」 そして彼らは結論を選んだ…。 ●うごめく悪意 「いやな雲行きだね」 天荒黒蝕が呟いた。 「……ハ?」 唐突な呟きに思わず問い返す部下。 「これはどうも、面白くない流れだ」 「と、申されますと……」 「護大のことさ」 天荒黒蝕は忌々しげに嗤う。 彼の望みは、果てなき渾沌だった。その為には護大がどうにも邪魔らしい上に、何もかも意のままというのが癪だった彼は、開拓者らと手を組むことを選んだ。が、その開拓者たちは護大との対話を試みるのだという。 対話なぞ、上手く行く筈が無いとは思うのだが、万が一という話がある。彼はそれが気にいらないらしかった。 部下がおそれながらと申し出る。 「無用な戦力を浪費せず済むならば、ひとつの手かとは存じますが……」 しかしその申し出に、彼は頭を振る。 「目的を達成できるなら、ね?」 そう、望みはあくまで渾沌とした状況がこの先も続くこと。 もしだ。もし仮に護大との対話が成功したとしよう。彼はそんなことはありえまいと考えているが、実行者はあの開拓者たちだ。これまでも、彼らの予測を超えて「まさか」を引き起こしてきた者たちだ。 ありえない話ではない。 仮に護大を説得できてしまったとして、世界はどうなるだろうか。 混乱の果てに至る結果ならばまだ我慢もしようが、例えば護大が、彼らの言葉に耳を貸して瘴気瘴気をコントロールでもし始めたらどうなる? 自分は他人を手駒にするのが好きだし、相手が予測を超えた動きをするのも面白い。しかし、他人に自分のことを決められるのは我慢がならない。 (何より、安定した環境で安穏と過ごすのはまっぴらゴメンだ) 均衡がどうこうという話じゃない。今は呉越同舟しているが、だからと言って、彼らとこの先も仲良く折り合いをつけて暮らす、なんてつもりは自分には無いのだ。 「天荒黒蝕さま!」 思案を張り巡らす彼の元へ、伝令が現れる。 「地上に混成の野良どもが接近中。彼奴等より出陣の要請が掛かってございます!」 「……出陣だ。差配はまあ、任せる」 「ハッ」 「それとね」 頭を垂れて飛び立とうとした天狗を、天荒黒蝕が呼び止める。 「大伴翁に、話しがあるって伝えておいてくれるかい。これから、そっちへお邪魔するからって」 その唇が、薄らと持ち上がった。 ●残る塔 ホノカサキと一戦を交えた結果報告が八咫烏の指揮所へと持ち込まれて後、ギルド職員らは天の塔とカンナビコより得られた情報を取りまとめ、残る二柱に関する予測を準備していた。 天を司るカンナビコを撃破する上で、三種の神器のひとつである「天叢雲剣」は重要な働きを示した。 三種の神器はそれぞれにいわくがある。 例えば、カンナビコ撃破にあたっても役立った天叢雲剣は天候さえも操る、自然界の精霊剣とうたわれるものだ。 「八咫鏡」は何ら姿を映さぬ黒曜石のような鏡であるが、護大の心臓の瘴気を収縮させる力を発揮したのみならず、そこに護大の本体であったと思しき人影を写している。「八尺瓊勾玉」は人と彼らを繋ぐと伝わる、共鳴を引き起こす謎多き神器である。 「これが天叢雲剣……」 強力な精霊力の気配に、翠嵐は思わず息をのんだ。 「草薙の剣さんがカンナビコに対応していたとなりますと〜」 アッ=ラティーフがアマガツヒの模型を手に取る。 天叢雲剣とカンナビコの関係を鑑みれば、やはり、アマガツヒに対応するのは八咫鏡であろう。となれば、残る八尺瓊勾玉がホノカサキと対応するであろうことまでは、容易に想像がついた。 問題は、これをどう使うかなのだ。 「こればかりは、開拓者さんたちの現地での判断に委ねるしかありませんね」 「ぶっつけ本番ですね〜」 うんうんと頷いていた彼女が、ふいに首を傾げた。 「……」 「どうかしました?」 不思議そうな顔で問う翠嵐に、彼女は反対側へと首を傾げて、 「これ、ぶっつけ本番で壊したり失くしちゃったりしたらどうしましょう……?」 「……や、やめてください。想像したくもないですよ!?」 「瘴気感染を引き起こして先行する、か。悪くないな」 唐鍼の提案に、彼はからからと笑った。 「天の塔では、カンナビコの眷属らは瘴気に対して強い攻撃性を示した。俺たち護大派だって完全に瘴気の塊という訳ではないが、幾らかは誤魔化しが効くとは思う」 唐鍼の提案はこうだ。 彼と陰陽師らの一部は、予め瘴気感染を自らの身体に引き起こしつつ、瘴気を伴って地の塔を偵察するのだ。もし塔内部の眷属がこちらに気付かないか見過ごすかすれば、本隊に先駆けて先行し、内部の詳細な情報を後続に伝えることができる。 もちろん、リスクは大きい。 瘴気は元々人体に有害だ。 瘴気感染は抵抗力の低下を招く。たとえ、体内に充満した瘴気を攻撃力に転化できる陰陽師といえども、である。 「偵察には俺も参加するつもりだ。注意して注意しすぎる、なんてことは無いだろう。よろしく頼む」 ●墓所へ 薄暗い床の底に、大きな扉が開かれていた。 アーマーさえも侵入可能な大型の通路が、地下深くへと続いている。 「ここが墓所なのか?」 「正確には、護大のねぐらに向かう地下、みたいね」 開拓者らが奥を覗き込む。 儀などでも見慣れた遺跡と似た構造の地下通路には、宝珠らしき灯りがはめ込まれている。ただ、墓所内部に精霊力の強い気配は無い。この宝珠は瘴気から灯りを生み出すものなのだろうか。 「視界は問題なさそうだが……む」 数名の開拓者らが一人を抱きかかえて慌てて駆け戻ってくる。 「どうだった?」 「これはひとつのダンジョンだな」 開拓者が、肩を支えていた仲間を床にそっと降ろし、地下を指さす。 「何層くらいあるのか解らないが、内部には死霊兵が待ち構えてやがる。悠長に探検してるって訳にはいかないみたいだ」 「それだけではありません」 捕虜となっていた護大派が口を開く。 投降を受け入れた者たちのひとりで、多少は事情に通じているらしく、彼は少し躊躇しながらも、内部構造について知っていることを話した。 「墓所を守護には死霊兵を中心に、黒の幽鬼や白阿傍鬼も配置されています」 黒の幽鬼は幽霊系の中級アヤカシで、短距離の瞬間転移なども用いる、奇襲を得意とするアヤカシである。一方の白阿傍鬼は白いミノタウロスとでも呼ぶべき姿をしており、怪力自慢なばかりでなく、呪詛を操る強敵である。 「数と配置は?」 「申し訳ないが、我々もそこまでは……構造も、第一階層くらいしか解らない」 「なるほど、開かずの間だったってことか」 と、ふいに大きな機械音が背後より迫ってきた。 オリジナルアーマー「彩雲」である。 通路では多少狭苦しいが、部屋に出れば彩雲が十分活動できるだけのスペースもありそうだ。ここまで運んできたギルド職員が、彼らの前で彩雲から飛び降り、開拓者らに起動用の宝珠を託した。 「いよいよ、ですね……」 深呼吸と共に、穂邑は小さく足を踏み出した。 (執筆:御神楽) ●天を衝くもの 天荒黒蝕を退けた八咫烏の指揮所。 緊張の糸が切れた開拓者たちが、ため息と共に壁にもたれかかる。 「こんな狭い場所でやりあう羽目にならなくてよかったよ」 「新しい世界が退屈だったら、その時は、俺達が全力で相手してやればいいんだよ」 腕をぶんぶんと振り回す羽喰 琥珀(ib3263)。大アヤカシたる天荒黒蝕が望む渾沌と、彼の言う「退屈させない」の意図には多少ならず隔たりがあるようにも感じられる。天荒黒蝕が興味を引かれたのはもっと別のことであるらしかった。 「いずれ訪れる渾沌、ですか……」 人がいる限り平穏は訪れぬ――黒葉(ic0141)は自らの言葉を思い返し首を振る。考えてみれば、何とも不穏な言葉を紡いだものだった。 「ま、何にせよ今はいいさ。背後から刺されちゃたまらないものねえ」 呂宇子(ib9059)が冷や汗を拭う。 前線では多少の混乱はあったが、既に指揮伝達系統は回復している。 彼らはアヤカシらの群れをじりじりと押し返しており、群れから逸れた大物を確実に仕留め、戦場での優勢を確立しつつあった。駆け込んでくる伝令の多くは良い報せを持ち込み、指揮所の人々を沸かせていた。 そして遂に、彼らが待ちわびていた報せがもたらされる。 「伝令ッ! 地の塔より連絡です。攻略部隊は最上階にてアマガツヒを討ったとのこと! 詳細は追って!」 「遂にか!」 わっと喚声があがる。 カンナビコ、ホノカサキに続き遂に最後の一柱アマガツヒを撃破した。 廊下で手当てを受けていた開拓者たちも、その吉報に心を軽くし、拳を掌によしと打ちつける。 しかし―― 「……なんや?」 どんと腹に響くものがあった。 何かが渦巻いている――異様な気配に、芦屋 璃凛(ia0303)は駆け出した。廊下を突っ切り、階段を一足に飛び越え、八咫烏の甲板へと飛び出した。 そして見た。 地上より湧き上がるようにして姿を現す、その巨人を。 リスティア・サヴィン(ib0242)は、その時穂邑の下へ向かう途上にあった。 「……?」 ふと、視界の隅に妙なものを見かけて、彼女は思わず足を止めた。 荒れ果てた荒野より、さかしまに水が湧き上がったように見えたのだ。それはどろりと濁った色をしていて、単なる水というよりは、赤潮が起こった海水のような、得体の知れない物体であった。 (アヤカシ?) 咄嗟に身構える。 その一滴に続いて、それは次々に湧き上がってくる。 「……違う!?」 はっとして飛び退いた。 気がつくとそれは彼女の足元や、周囲から次々に浮かび上がってきていた。ここは危険だ――咄嗟に判断して全速力でその場を後にするリスティア。その背後で、それは徐々に結合し巨大な姿を形作っていく。 それは柱のように天へと伸び、ぐるぐると渦巻きながら少しずつ複雑な形を作り上げていく。 人影だ。 腕の先には細く伸びた指があり、腰から伸びた二本の足は足首から先が無いままに地と繋がっている。背からは身体の一部が枝のように伸び広がり、顔には輝く円があるばかりで、その表情はようとして知れず、胸の奥には明滅する奇妙な輝きが見て取れた。 リスティアだけではない。 開拓者たちは無論、妖精もケモノもアヤカシもその区別なく、皆一様にその姿を見上げていた。 戦場の喧騒すらもぴたりとなりをひそめ、静寂が世界を支配する。 「これが」 誰に呟くとでもなくうめく。 「護大……」 地の塔と人の塔、それぞれを後にして合流していた開拓者たちは、忽然とあらわれたその巨体に圧倒されていた。 「こいつが、護大の実体か?」 開拓者から問われて、唐鍼は首を振った。 「解らん。自分たちだって、伝承で聞いているだけだ」 そうは答えたが、彼らは皆、本能的にこれが護大であると察していた。 だが妙だ。これが、かつて一度は討たれた護大の実体であるとするならば、この姿は―― 「護大の欠片と違う」 誰かが、ぽつりと疑問を口にする。 護大の欠片はより鮮明に、眼球や骨までも備えていた。だが、ここに出現した護大は人の姿こそしているものの、ただ人のような形をしているだけに過ぎない。身体は半ば液体のようであり、心の臓が胸中には輝き、その顔は無貌であった。 「おそらくは、だが……」 唐鍼が口を開く。 「これは『途中』なんじゃないか……」 「途中?」 彼ら開拓者たちは、護大の墓所を守護していた三柱を討った。それは文字通り、墓所を守護していたのではないか。一度は斃れたその身体を、現世に現れる為の器を、不完全な、未だ生まれ落ちるには至らぬ護大の身体をだ。 「胎児だとでも言うのですか」 弥十花緑(ib9750)が息を呑む。 ホノカサキを討つ為に用いた勾玉を思い起こす。勾玉はあるいは胎児の形代であるという。ホノカサキは練力の塊となって勾玉の中へと消えた。剣、鏡、勾玉、三柱はいずれも、討ったとはいえど最後はそれらの中へと吸い込まれて消えた。まるで役目を終えたと言わんばかりにだ。 後送中の勾玉へちらりと視線を転じる。 それらが本当に生まれる前の護大を守護していたのだとしたら、何故、護大の身体が未だ不完全なままに、姿を消すのだ。 最後まで、まさしく全て尽き果て消滅するまで『侵入者』である自分たち開拓者と争わなかったのだ。 三柱を討った末に自分たちに遺されたものは何なんだ―― 「とにかくこの場を離れよう」 はっとして、誰かが大声を上げた。 考えるのは後だ。後送中の神器を抱えたまま、ここでぼんやりしている訳にはいかない。彼らは頷きあって、未だ動きを見せぬ護大を背にその場を走り去った。 (執筆:御神楽) ●渦巻く暗雲 眼突鴉が上空より飛来する。 「ちっ」 魔術師であろう開拓者が舌打ち、龍の手綱から手を離して印を結んだ。練力は少しでも惜しい。この程度の敵が相手ならば、フローズ程度で十分だろう――彼は咄嗟にそう判断し呪文を詠唱する。 「凍えろ!」 閃光が走った。身体の一部が凍結する、というような話ではない。 輝いた閃光は冷気が炸裂して生じたのだ。眼突鴉は一瞬で粉々に砕け散り、跡形も無く消え去った。 「なんだこれは……!?」 おかしい。力も抑えていたし、自分のフローズにこんな破壊力は無い筈だ。 それに心なしか練力の消耗も大きい気がする。 「やるやないか!」 近場でアヤカシらへ矢を射掛けていた朝陽(ia5564)が声を上げた。だが、魔術師の怪訝そうな表情と様子に、何やら妙な気配を感じて素早く龍を寄せた。 「どないしたんや?」 「妙だ。術の破壊力がおかしい。でかすぎる。それに消耗も激しい……?」 「どういう事や。力の加減でもミスったんか」 周囲を見回してみれば、他の空域でも強烈な術がそこかしこで炸裂しているように見える。まさかと首を傾げたところへ襲い掛かる似餓蜂に、彼は即座に瞬速の矢を放ってこれを射落とした。 「こっちはどうってことあらへんぞ。影響は精霊術だからか?」 「らしいな! 破壊力はあってもいいが! これじゃ身体が持たん!」 ファイアーボールが巨大な火球となって敵を呑み込む。強力な魔法を詠唱したように疲労がどっと身体にのしかかってくる。 その時だ。ぴたりと動きを止めたアヤカシらが、一斉に後退して行く。 それは、護大の巨体がその姿を現したのと時を同じくしていた。 ●無貌の軍団 地に落ちた雫より人の姿が浮かび上がる。 それらに顔は無く、ただただ黒い人影が鎧やボロ布を身に纏い立ち上がった。 言葉は無い。だがそれらは自らの役目を心得ているらしかった。ふわりと地を滑るように移動したそれらが、戦いの最中にあるアヤカシの群れの中へと滑り込んでいく。 野良アヤカシの一匹が、その奇妙な人影に気付いた。 『……?』 敵か味方を判別しかねた妖狐へ、人影がくるりと振り返る。掲げられた手の先より光が集中すると、その中より光が現れる。 鼓動が走った。 アヤカシらの動きが止まる。 人影は無言で杖を掲げ振るうと、これまで無秩序に戦っていたアヤカシらが整然と動き始め、するすると後退していく。 「なんだ? 新手か!?」 開拓者が敵を切り払い、その人影を凝視する。 その手に掲げられた杖が、どんと地を打った。荒地の砂中より、ぼこりと這い出るものがあった。 骸骨戦士や屍鬼らが得物を手に、うめき声ひとつ上げずに立ち上がる。 見れば、そこかしこで同様の風景が繰り広げられている。立ち上がったそれらは、これまで戦場にいた野良アヤカシと合流し、次々と整列していく。 妖狐や剣狼は地を蹴って左右側面へと駆け、中央にはカスルゴーレムや不死蟲のような強力で大型の陸上アヤカシが鎮座し、その隣には骸骨戦士や屍鬼らが一糸乱れぬ隊列を組んで武器を身構え、その数を延々と増していく。 上空のアヤカシたちは大怪球の周囲を他の空戦アヤカシが取り巻き、開拓者らを威嚇する。 瘴気の渦が精霊力と反応して雷雲の如く轟く下、新たな軍団が生まれようとしていた。 ●神の唸り 護大の巨体が天に向かって伸びる。 その顔に円形の輝きが浮かび上がり、身体からは枝が天や四方へと伸びていく。 護大の巨神の周囲に滴り落ちた身体の一部からは、次々と異形のものらが姿を現した。キメラのような奇怪な姿をした眷族の一部には無貌の人影がまたがり、黒真珠のように美しい球体はふわりと周囲を遊弋し始める。 それらの中央で人の形を構成し終えた護大が、ゆらりと顔なき顔を上げた。 「まじかよ……」 その存在感に圧倒され、言葉を失う。 護大からは大量の瘴気のみならず精霊力までも拡散され、周囲へ広がっていく。それらは互いに激しく反発しあいながら渦巻き、墓所の周辺に異様な気配を漂わせ始める。 むせ返るような濃密な瘴気の只中にあって、瑣末な精霊術さえも驚異的な力をもって猛威を振るうのだ。瘴気と精霊力は分離され、拡散された瘴気はやがて、地を這うようにして護大の実体へと吸い込まれていく。 陰陽の力が荒れ狂う。 あらゆる力が急速に循環を始めている。加速度的な循環の中、護大の身体が熱を帯び、心臓のような光球が輝きを増していく。 『オォォォォ……』 空気を直に震わすような、低い唸り声が大地の果てまで響き渡ったその時だ。上空に渦を巻く暗雲が閃光を放つと、大地目掛け落雷さながら光の筋が走った。 「何だ!?」 強烈な光に船体を掠められて、飛空船が大きく振動した。 船長が手すりに捕まって辛うじて姿勢を保つ。 「機関室より伝令。宝珠が安定せず、出力が――ぐわっ!?」 副官が報告を復唱しようとした時、流れ星がその船体を穿った。その星は暗雲の切れ目に輝いたかと思うと、幾筋もの流星となって次々と降り注ぐ。 「船が割れる!? いかん、離脱しろ! 船は捨てて――」 閃光と共に流星が直撃した。炸裂した光が宝珠機関を打ち砕くと共に、飛空船の船体をばらばらに砕き、一撃で叩き折る。破片を撒き散らしながら、船体の残骸が地へと落ちていった。 天地を貫く光条と流星が、開拓者たちへと襲い掛かる。 「くそ、距離を取らんとやられる!」 鷲獅鳥がけたたましくいななく。開拓者は手綱をひいて光の雨を抜けながら、全速力で巨神より距離を取る。護大より伸びる枝がゆらりと行く手を遮り、その身体に触れようと追いすがる。 彼は鷲獅鳥の加速力でもって、その場を一気に振り切るより他無かった。 『オォォ……オォォォォ……』 背後で、再び巨神の唸り声が響いた。 ●一撃を穿つ 大伴が腕を組んでじっと押し黙っている。 彼ら開拓者たちもまた、護大の圧倒的な存在感に戸惑いと驚きを隠せない。 「巨神を斃す」 大伴の言葉に、しんと静まり返る指揮所。 護大の実体がその都度構成されるものであるならば、まさしくあれはこの世に現れる為の実体ではあっても、護大そのものではない。いわばあれは、始まりではなく結果なのだ。完全に決着を付けるためには、本体そのものと接触しなければ他に手はない。 本体との接触は、穂邑と、彼女と行動を共にする開拓者たちが必ずや果たしてくれる筈だ。 「はいっ、必ず……!」 穂邑がぐっと頷いた。 「……果たして上手く行くのでしょうか」 ふと疑問を呟くギルド職員に、大伴は小さく首を振った。 「信じよう。わしらは、みなを信じて、みなの帰ってくる場所を守らねばならぬ」 ●天狗風 天狗が空を飛び、天荒黒蝕が甲板のへりへと腰掛ける。 「このまま混沌の時代が終わるのをぉ、待っちゃうんです?」 声を掛けたのは、シュラハトリア・M(ia0352)だ。 「さてね? だけど、人間がいる限り混沌が無くなることなんてない、とまで大見得を切られちゃあねえ」 肩をすくめる天荒黒蝕。 「私もこのままっていうのはぁ、面白くなかったんですけどねぇ」 「……いいことを教えてあげよう。僕だってこのままってつもりはないよ。保証が無ければっていうのは確かに僕らしくない。これが終わったら、平地に乱を起こしてやるさ」 立ち上がった天荒黒蝕がひらりと甲板を飛び降りる。 「何かやるならまた誘ってくださいねぇ」 身の丈はいかほどか。ひょいと下を覗き込んで声を掛けるシュラハトリアの前で、青年天狗は、ばさりと翼を広げた、巨大な一匹の獣と化していた。竜巻のような風をまとい、獣は八咫烏の隣へごうと舞い上がる。 『考えておいてあげるよ』 ●護大の名が示すもの 「護大の名を示すことを考えると、より大きなものを護る存在を示す可能性はありませんか?」 十野間 空(ib0346)の問いに翠嵐が首を振る。 「うーん……『護大』という名は、いうなら我々の祖先が奉じたものですからね」 つまりその名には、古代文明が知りえる範囲での意味しか込められようがない。そしてその古代の人々が護大に見ていたものと実際の護大との間には、埋め難い溝が存在していた。おそらくは、その可能性は薄いだろう。 「ならば、瘴気と精霊力の調和による空から逃れる術を探っている、という可能性はどうでしょうか」 「むむむ……」 難しい顔をして頭を抱える翠嵐を前に、十野間が続ける。 「護大は空だと言いますが、その護大が、何故空を瘴気と精霊力に分離し、瘴気で構成された実体をもって出現するのです?」 とここで銀鏡(ic0007)が口を差し挟んだ。 「ふむ。アマガツヒと戦っていたときのことじゃ」 彼ら開拓者は、アマガツヒの核の位置を鏡で探り、これを破壊してアマガツヒを撃破した。その際のことだが、砕け散った純粋な瘴気は八咫鏡の中へ吸い込まれて消えた。八咫鏡が何ら写すことが無いのは以前から変わらないが、鏡が持つ熱はより強くなっている。 これまでも、八咫鏡は姿無きものをこそ写し、あるいは瘴気をその中へ取り込み、狗久津山での心臓の欠片のように安定させてきた。 いわば本来の鏡とは全く逆の機能を示してきたと言ってよい。 「不定形で本来姿を持たぬ瘴気という存在に、これはむしろ姿を与えてきておる」 「それも、鏡に精霊力を注ぎ込んだことでアマガツヒの核は写ったんだ」 ケイウス=アルカーム(ib7387)が言葉を続ける。 八咫鏡に精霊力を注いでアマガツヒを写すことで、真の姿――この場合は核が映し出されたのだ。省みるに、護大はどうか。 「護大の本体はこの世に姿を持たないと言いますし、この鏡には、かつて護大の本体も姿を映しました。そもそも、空は空のままで姿や形を維持できないのでは?」 であればあの巨神は、極めて危ういバランスの上に形を保っている筈なのだ。 「ただ核破壊するだけでは、瘴気があふれ出すだけだろうな……となれば、必要なのは、八咫鏡での封じ込めか」 カジャ・ハイダル(ia9018)が指摘する。 かつて狗久津山で回収された護大の心臓を、収縮させて押さえ込んだことは、既に一度証明済みだ。となれば、今まさにその姿を現した護大の実体の核にも、効果を期待できるかもしれない。 「そこを、ぶった切るか?」 ルオウ(ia2445)が笑った。 天の塔におけるカンナビコとの戦いで用いた「天叢雲剣」へと、ちらと眼を向けた。 あるいは天の塔で天候を制御した剣ならば、周囲に渦巻いている精霊力の奔流を武器とすることもできるだろう。 「その点は、もう少し慎重に考える必要があるでしょうね」 瘴欠片を作り出し、Kyrie(ib5916)が答える。 彼は、当のカンナビコに生じた傷に、瘴欠片を放ってその修復を妨害することに成功している。瘴気と精霊力は互いに反発し衝突する。しかし瘴気と精霊力の和が消して空となるならば、空であろう核に精霊力をぶつけるだけでは駄目ではないかと思える。 膨大な精霊力と瘴気は、鏡と剣で確保できる。 だが必要となるのは、それらをひとつにして空へと転化する力であり、空と化した存在を再び陰陽に分離させる力だ。瘴気と精霊力という両極にある神器ではなく、それらを制御する為の力が。 本来不変の調和を覆す、はじまりにして終わりとなるための力が。 八咫烏の宝珠機関が唸りを上げる。 一度距離を取った彼らは船団を再編し、一部を天の塔で敵と対峙中の味方へ廻し、八咫烏を中心とする部隊は巨神を射程に捉えるべく動き始めた。 地上へ、墓所へ、巨人へ、開拓者たちはそれぞれの戦場に向かって一斉に散っていった。 ●飛べ! 「於裂狐は、護大に母を感じたと言っていたな」 「けどさ。それが胎児だって言うのはどういうことなんだ」 「親だってかつては赤子だった。人はやがて親となって子を為す。生は輪廻して繋がっていく。そういうことだろう?」 開拓者の言葉に唐鍼が答える。首を傾げて笑う開拓者。 「そんなものかねえ」 彼らの前には、投降してきた護大派の数名が地図を確認している。 極僅かだが、協力を申し出てきた者たちだった。もちろん彼らとて、全てを知っている訳ではない。それでも、古代語の解読や道案内など、少しでもできることをと動いてくれているらしかった。 「護大はあらゆる存在を同時に内包する。それらもまた、渾然となりうる。おそらくは、だが」 「……やれるのか?」 天元が問う。問うたのは、気持ちの整理はついているのか、という意味だろう。彼をはじめ護大派は、護大をこそ絶対的な唯一の存在として信仰して時代を重ねてきた。それが他より見てどれだけ歪なものに写ろうと、不正確であったろうと、彼らにはそれが全てだったのだ。 そうして信仰してきた存在と今こうして対峙してみれば、彼は、自らの足元から崩れ落ちるものがあるのを自覚せずにはおれない。 「たぶん、俺は逃げていたんだろうな」 「逃げる?」 振り返った護大派たちも、じっと言葉を待っている。 「ああ。護大が創られたのだから、これが世界なんだと、世界を変えようとはしない言い訳にしていた気がする。自らの心で、もっと真摯に向き合わなければならなかったんだと思う」 「……子供って、手が掛かるんですよ?」 リーディア(ia9818)が微笑んだ。 ここまでの接触で、開拓者たちは確信している。 あれは子供のようなものであると。まだ不確かで、その存在は決定されていないのだ。 ジャクリーン・アマルナ(ic1047)が首を振る。ならば、護大が何者であるかは、今、自分たちが教え、あるいは導いて気付かせなければならない。 剣の柄に手をやって、フェルル=グライフ(ia4572)が地図に記された人の塔を指し示す。 「ホノカサキが言っていました。他者と環境が無ければ変化は起こらないと」 『忘れるな……一個のまま完結する存在は……ない……』 「私たちに最後に伝えた言葉に、意味があったとするなら……」 思い起こせば、それら三柱はいずれも塔を守護してはいたが、何かを起こす存在ではなかった。眠る護大の周囲でひたすらに待ち続けていただけなのだ。あるいは地上の世界を、そうして繋ぎ止めていたのではないかとさえ思える。 「何か大切なものを引き継いだ気がする」 レイラン(ia9966)も呟く。 アマガツヒの恐るべき姿を思い起こせば、今でも寒気が走る。それでも、あの時確かに何かを託されたのではないかと思えるのだ。三柱はそれぞれ消滅したのではなく、開拓者たちの携えた神器の中へと消えたのであるから。 「そういうことさ」 ヘイズ(ib6536)が肩をばんと叩く。 「だからさ、教えてやるのさ。護大にこの世界の事をな!」 ●墓所、最深部 開けた空間が姿を現した。 「ここが墓所の最深部か……」 息を呑む開拓者たち。そこには何もなかった。ただ謎の杭が四方に打たれているのみだ。 瘴索結界を初めとする感知系スキルを用いて慎重に調査する開拓者たち。だが、瘴気も精霊力もそこには存在していない。 「どうだ、穂邑は何か解るか?」 「解りません。けれど、感じます……」 神代の紋様がぼうっと輝きを増す。 「いる……います!」 翡翠色の勾玉が激しく共鳴し、直接響きかけてくる。 じっとりと滲む汗。開拓者たちは部屋全体を包む異様な気配にぐっと息を呑む。 「いるって、護大がか!?」 「静かに!」 問うサムライを、陰陽師がぴしゃりと叱る。 神代はますます激しく輝き、勾玉から放たれる共鳴音は開拓者らの魂そのものを揺さぶる。視界が歪む。激しい耳鳴りと威圧感に自らの意識がおかしくなっているんじゃないか――そう疑いもした。だが違う。本当に空間が歪んでいるのだ。 共鳴し震える勾玉が、飛んだ。 慌ててそれを掴もうとするが、目を潰すような激しい光の中にあって、勾玉を掴むことができない。 光そのものの圧力に、手を伸ばした開拓者はずるずると押し下げられる。 「勾玉が……!」 穂邑が手を伸ばす。 その指先がそっと触れた瞬間、弾けるような閃光がきらめいた。 空間の歪みは裂け目となって、部屋の四隅に打たれた杭目掛けて四角く広がる。穂邑の身体がその四角い裂け目の中に消える。 「……」 先ほどまでの閃光が嘘のように静まり返った部屋。広がった避け目は安定した状態で、ただ静かに口を広げている。 そこに穂邑の姿はないが、不思議と、誰もが直感していた。 穂邑はこの先の世界にいる。 一足先に飛び込んだだけだと。勾玉が放った光に当てられたからかもしれないし、ここが特別な空間だからかもしれない。あるいは、これまで開拓者たちが仲間同士で築いてきた絆が、そのことを教えているのかもしれない。 入り口はただただ静かに、黒い空間を広げて次なる者を待ち受けている。 ここから先は、未だかつて、人の踏み入れたことのない世界だ。 ●夢と記憶 穂邑は、山中を歩いていた。 背後には理穴からの使節団が続いている。彼女は小さな背で、他の大人たちと共にその行く先を先導している。 向かう先は石鏡国の都。 最近はこの辺りにもアヤカシが出没すると聞いていて彼女は不安だったが、いざ歩いてみれば空は明るく、人の往来も途絶えた感じはせず、そんな不安はどこかへ飛んで行ってしまっていた。 以前もこんな経験をどこかでしたような気がする―― 彼女はふと考えたが、道端の茶屋に寝転がっていた、まるで武闘家か修行僧のような汚い風体の陰陽師に意識を取られて、それっきり、その事を考えはしなかった。 (執筆:御神楽) |